本編である「金烏玉兎」が非常に専門的であったためか、注釈書や由来書の方が広く一般に流布された。そのような書物の中で、元々はバラバラに成立していた安倍晴明伝説が集約されて、波乱万丈の物語が熟成されていった。

晴明の宿命のライバルとしては芦屋道満が有名だ。箱の中身を当てる術比べで、先に正解である「大柑子十六個」を道満に言い当てられた晴明は、直ちに術をもって「鼠十六匹」に変身させ、勝負を制する。
時代が下り熟成された物語の中では、道満は晴明の「魂の兄弟」として登場する。
(以下は、史実ではない物語の世界の出来事)
晴明の前世である阿倍仲麻呂は「金烏玉兎」を得るために唐に渡り、志半ばで倒れるのだが、渡唐前に兄に安倍家の後事を頼んでいた。ところが兄は裏切って安倍家乗っ取りを企むが、結局失敗に終わり、安倍家自体も没落していく。
生まれ変わった晴明は、様々な試練を超えて大陰陽師として成長していくが、同じく転生した兄も芦屋道満として術を磨いていた。
前世の因縁に引きずられるように両者は再び対峙する。道満は晴明の手元にある「金烏玉兎」を我が物にしようと画策し、やがて二人はお互いの存在をかけて術を比べる。
勝負は晴明に軍配が上がり、宿命を悟った道満は晴明の弟子となり、世の平和のために尽くすようになる……
宿命のライバルは実は「魂の兄弟」であり、対決後は和合してともに世のために尽くすというのは、非常に完成された物語の定型だ。今でも多くの作品世界がこのパターンを踏襲している。