2013年10月15日

石山合戦のキーマン 教如上人 3

 石山合戦を信長の視点から描いた作品は数多いが、本願寺側の視点のものはなかなかない。
 物語、フィクションではなく、研究書の類ならば一向一揆や寺内町の評価をしたものが見つかるが、エンターテインメントの分野では数少ない。
 現代の戦国モノ人気は、信長人気に負う所が大きい。
 そうした需要の中では、信長に頑強に抵抗した本願寺・一向一揆側は「狂信的なカルト集団」のように描かれてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
 
 歴史小説の大家の作品では、津本陽「雑賀六字の城」という、信長が行った紀州雑賀総力攻めを扱った作品がある。
非常に面白い作品だが、石山合戦の1エピソードをクローズアップしたような作品なので、ややローカルな印象がある。


●「雑賀六字の城」津本陽(文春文庫)

 この小説はマンガ化もされていて、雑誌連載では既に完結。こちらも良作だ。


●「雑賀六字の城信長を撃った男 1」原作:津本陽 漫画:おおのじゅんじ(SPコミックス)

 同じ著者で顕如上人を主軸に据えた「火焔浄土」という作品もあるが、石山合戦の事実関係を、小説の体裁をとりながら淡々と並べたような感じで、自分でも調べものをするときの参考にはなるのだが、エンターテインメントとしては正直あまり面白い本ではない。


●「火焔浄土―顕如上人伝」津本陽(角川文庫)

 最近のマンガでは「センゴク」シリーズがかなり良かった。
 シリーズを通じては信長を主軸に据えてあるのだが、敵対する勢力についても、きちんとそれぞれの立場が描かれている。
 とくに「センゴク天正記」で描かれる顕如上人や雑賀衆は、主役クラスの信長とは違う価値観を叩きつける存在として、非常に魅力的に描かれている。
 あえて難を言えばこの作品、作者の興味の持ち方にかなり濃淡があって、凄まじくきめ細かに描かれる人物・事象がある一方で、歴史上かなり重要な人物・事象があっさりパスされてしまうことも多々ある。
 ライブ感覚重視の週刊連載マンガなので、ある程度ムラが生じるのは仕方がないのかもしれないが、期待して連載を追っていたファンとしては、思い入れのある人物やエピソードがあっさり流されると、ちぃっと残念な気がする。
 石山合戦に関して言えば、第一次、第二次の木津川合戦などの水軍の描写が抜け落ちていることや、教如上人が本願寺退去のあたりで少ししか登場しないことなどだ。

 石山合戦を本願寺側からの視点で描き、顕如・教如の親子関係にも触れ、雑賀孫一も登場する作品となると、私の知る限り、ほぼ一作にしぼられる。
 以下の一冊である。
(もし他にお勧め作品があれば、ぜひ情報をお寄せください!)


●「本願寺顕如 信長が宿敵」鈴木輝一郎

 顕如の視点から見た、石山合戦の物語である。
 物語の近景として高密度で描かれる主要な登場人物は、以下の通り主人公・顕如の家族に限られる。

 顕如
 教如
 きた(顕如の妻)

 加えて、以下の人物が中景として脇を固める。

 雑賀孫一
 羽柴秀吉
 足利義昭

 そして遠景として織田信長や明智光秀が、物語の折々に顔を出す。
 物語の中でキャラクターが判別できるくらいに描かれているのはこの程度。描く人物を絞りこみ、一冊の分量に程よくまとめ上げられた秀作だと思う。

 ねらいのよくわかる作品でもある。
 作中の信長は、現代でいうところの「新自由主義」のイメージが重ねられており、対する顕如や足利義昭は「既得権者、守旧派」のイメージを持たされている。
 旧来の慣習を平然と無視し、ただ経済と軍事を強化して天下に覇を唱えようとする、不気味な「改革者」織田信長。
 作中では繰り返し、「改革される側」の痛みを背負う顕如の独白として「新しいものは良いものなのか? 古いものは本当に悪いのか?」と問い直される。
 加えて、顕如の内面は巨大な一向一揆勢を率いるカリスマとしての表の顔と、家族関係に手こずる普通の男としての顔のギャップを通して描かれている。
 巨大組織のリーダーとはいえ、人の親になり切れないうちに若くして生まれた長男は、成長するにつれ何を考えているか分からなくなる。
 妻は夫が仕事で背負った大き過ぎる責任を少しも思いやってくれず、ただ家族関係における不足だけをあげつらってやまない。
 弱肉強食が露わなギスギスした世相の中、懸命に職責を果たそうとしながら、家族関係にも悩む人間・顕如。
 今の50代〜60代男性を主要な読者と設定すれば、主人公・顕如に感情移入できる需要が一定量見込める、上手い切り口であると思う。

 作中で息子・教如は、完全な「戦士」として描かれている。
 兄貴分的存在の孫一に手ほどきを受け、鉄砲は超一流スナイパーの技量を誇り、まだあまり顔を知られていないことを利用して石山合戦中は各地を転戦し、血なまぐさい戦場を駆け巡る。
 やがて顕如の手にも負えない「怪物」に成長し、父を放逐することに成功する……
 作中の教如をこのように紹介すると、一見荒唐無稽な脚色と感じるかもしれないが、石山合戦時の教如の事跡はあまり分かっていないこともあり、意外と史実とは矛盾しない。
 歴史的にあり得た可能性の中から最も戦闘的な教如像を選択すれば、この作品のようになるだろう。

 人物設定に独自の大きな脚色が行われているのは、むしろ顕如の妻・きたの方だろう。
 作中ではほとんど「家庭の主婦」のように描かれているが、史実としての顕如の妻・如春尼は、石山合戦の過程において、政治的にもかなり積極的に動いている。
 そもそも如春尼は三条西公頼の三女で、上の姉二人はそれぞれ細川晴元と武田信玄に嫁いでおり、外交的な役割を当然のように期待される立場にあった。
 作中の家族関係にしか興味のなさそうな妻の姿とは、あまり重ならないが、このあたりは作者が主人公・顕如を現代の読み手にも感情移入できるように描くため、敢えて行った脚色だろう。

 孫一についても、「孤独な教如の兄貴分」という役柄を与えられているせいか、かなり若く設定されている。
 世に「雑賀孫一(孫市)」として知られる人物には諸説あることは確かだが、史実として少なくとも石山合戦で信長を手こずらせたことが明確な鈴木孫一重秀は、信長と同世代か少し年上だ。
 作中の「孫一」は、史実としての鈴木孫一の子供の世代あたりに設定されており、「雑賀衆内に孫一と呼ばれる者が複数いた」という(私が調べた限りではあまり納得していない)説が採用されている。
 作品内では顕如・教如親子両方と会話が成立する相談役として上手く描写されているので、フィクションとしては申し分ない。
 若いながら、感情のバランスのとれた名脇役といった風情を漂わせており、読者に愛されそうなキャラクターに仕上がっている。

 本願寺側視線の作品だが、作中の信長は、極めて「等身大」に、長所も短所も冷静に描かれている。
 苛烈な性格のため、自国内をまとめるまでに長い年月を要した信長。
局地戦の指揮はあまり得意ではなく、代わりに物量で圧倒する戦略を取らざるをえなかったこと、そしてその必要から経済政略を重視し、新しい戦の形を創出した描写など、かなり実像に近いのではないかと思わせる。
 しかしながら、こうした「等身大の信長」像は、一般に人気の高い「戦国の世にに突如として現れた天才」としての信長像と比較すると、かなり批判的に描いているという印象が生まれるだろう。
 そのあたりに、この作品があまり世に知られていないことの原因があるかもしれない。
 信長ファンという、歴史モノの最大顧客層を逃している可能性が高いからだ。

 ともかく、石山合戦関連では一読の価値のある小説だ。
 本願寺の信仰生活が、どのように一向一揆の強さにつながっていたのか、かなり詳しく描かれているだけでも稀有な作品である。
 普通なら「狂信的なカルト」として安易に処理されてしまいがちな要素だが、この作品内ではきちんと日常の折本を使った勤行が門徒の識字率の高さにつながり、そのことが門徒宗の結束や経済活動の強さに直結している描写など、見過ごされがちな面もしっかり描写されている。

 物語は石山合戦の開戦から終結、顕如の大坂退去までが描かれている。
 宿敵に対しては敗北、息子に対しては離反という形を突きつけられた顕如だが、そこには惨めな敗北感はなく、むしろ不思議な清々しさすら漂っている。
 とくに息子・教如との関係では、この結末はある意味「親離れ、子離れ」であったのだろう。
 自分の用意した器に、自分の息子が収まりきらないと分かったとき、追い出してやること、または追い出されてやることも、親の仕事の一つなのだ。

 石山合戦のキーマンである教如上人が、これほどまでに活躍する作品は、私の知る限りこの本以外にはない。
posted by 九郎 at 00:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 管理人様

失礼いたします。

拙僧的には、西日本の瀬戸内海経済の観点から、石山本願寺の状況を、正しく吟味したような内容の作品に出会いたいと思っております。

信長との対立についても、信長の無神論的態度だけでは説明が付かない、戦略経済的側面があったためです。
Posted by tenjin95 at 2013年10月16日 06:18
tenjin95さん、コメントありがとうございます。

信長が大坂本願寺を寺内町ごと欲しがっていたことは記録に残っておりますので、やはり石山合戦の最大の要因は、経済で間違いないと思います。

瀬戸内海の流通ということになると、水軍や海賊、倭寇といったテーマを扱った作品から探す手もありますね。

また何か本を見つけたら記事にします。
Posted by 九郎 at 2013年10月16日 23:24
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