2014年02月10日

スピリチュアル嫌い

 この十カ月近く、ゆるめの糖質制限をやってきたせいで、食べ物についての関心の持ち方がかなり変化した。
 以前ものすごく好きで、たまに食べに行くのを楽しみにしていたメニューに、とある喫茶店のホットサンドがある。

 わしにホットサンドを食わせんかい!

 トーストにあふれるほどのポテトサラダとハムとチーズがサンドされているもので、以前の炭水化物大好物人間だった私には、たまらない一品だった。
 現在は炭水化物を含めた糖質に、食べる前からちょっと抑制が働くようになっているため、昔ほど食欲はわかない。
 今でも食べたら美味しいと思うだろうけれども、炭水化物たっぷりメニューは自分の意識の中で「かなりハメを外した嗜好品」のような位置づけに変わったので、そんなに頻繁に食べようとは思わないのだ。
 甘いものも相変わらず好きだが、糖質を減らす食生活が基本になると、「甘さ」に対する感度が前より上がり、同じものを食べてもより甘く感じるようになった。
 自然と「甘さひかえめ」のものを選ぶようになり、とくにジュース類の多くは甘ったるすぎて、進んで飲みたいとは思わなくなった。
 余所で出していただいた場合には、ありがたくいただくけれども、普段の飲み物はお茶など無糖のものが中心だ。
 コーヒーをブラックで飲むことに慣れてしまうと、もう砂糖を入れようとは思わなくなるのと同じような嗜好の変化が、食べ物全般に起きているような感じがする。

 そんな調子なので、いくつか行きつけの喫茶店の類が入れ替わった。
 私がとぐろを巻く場所の条件は、以下の二点。
・お値段ひかえめでコーヒーが飲め、軽食がそこそこ美味しい。(今ならこれに「炭水化物ひかえめで」という条件が加わる)
・それなりに時間を取って、本を読んだり書き物をしたりするのを許容してくれる。
 これだけ満たしてもらえれば、混雑時は避けるなど、なるべくお店の邪魔にならないように空気読みつつ、常連にさせていただいている。
 ただ、単価の安い客の分際で文句を言って申し訳ないのだが、せっかくとぐろを巻いている甘美なひと時なのに、心の底から来店したことを悔やむ場合がある。
 わしにホットサンドを食わせんかい!でも述べたような、マルチの商談に出くわしてしまった場合である。
 これはお店の責任では全くなく、居合わせた客の問題だけれども……

 私は個人的にマルチ商法のやり口が大嫌いなので、勧誘する方もされる方も含め、一切関わりを持ちたくない。
 精神衛生上非常に悪いので、できれば同じ空間で呼吸をしたくないし、視界にも入ってきてほしくないと願っている。
 マルチの中でもとくに気に食わないのが、健康食品や浄水器、アロマ・石鹸等のグッズの類で、そういう商品を扱う奴らは高い確率で次のような効能を詐称する。
 一つは原発事故を受けてはびこり始めた放射能対策(?)、もう一つはスピリチュアルな「癒し」関連のものである。
 
 神仏与太話などと銘打ったブログを運営しておきながらこんなことを書くと「おまえが言うな!」と呆れられるかもしれないが、私は率直に言って「スピリチュアル」とかいうやつが嫌いだ。

(ここで言う「スピリチュアル」とは、書店の一画で「宗教」の隣に並んでいるような、一昔前であれば「精神世界」という分類になっていた一群の書籍や著者のことを指す)

 あまり関心のない人には似たり寄ったりに見えるだろうけれども、当ブログを管理するにあたっては、「スピリチュアル」な内容にならないよう、極力注意を払っている。
 どこまでいっても素人の「神仏与太話ブログ」の分をわきまえ、神仏について自分が見聞したり、読書から得た知識を紹介するにとどめているつもりなのだ。
 間違っても上から目線で「生きるヒント」を説いたり、安易に癒したり癒されたりなどという卑しい内容にならないよう気をつけている。
 amazonで本やその他の商品の広告を貼る場合にも、自分で熟読したり、実際購入して使ってみたりして、責任を果たせる範囲で紹介してきた。
 アクセス数のさほど多くないマイナーなブログであるけれども、自動広告の設定にすれば多少の収入にはなるのはわかっているのだが、今までやらずにきた。
 それは、キーワードマッチで自動的に記事中の単語を拾われると、スピリチュアル関連の書籍の広告が入りまくることが目に見えていたからだ。
 自分のブログがそうした納得できない本の広告で「汚される」ことに、私は感覚的に耐えられないのである。

 もちろん「スピリチュアル」のジャンルだからと言って、100パーセント全てが悪い内容であるわけではない。
 幾人か、「この人の言うことであればOK」と納得できるものもある。
 たとえば美輪明宏さんの発言や著書などは、ご本人の壮絶な人生や卓越した「芸」の重みがしっかりあるので、考え方に自分と違うところがあっても、さほど違和感なく受け取ることができる。
 しかし名前は挙げないけれども美輪さんと一緒にスピリチュアル番組に出演していた「相方」の方は、いかなる意味でも当ブログではお勧めしない。
 書店の「スピリチュアル」な本棚に並ぶ本のうち、許容できるものがごくわずかなので、大雑把に言うと「私はスピリチュアル嫌い」ということになるのだ。

 ネット上でもスピリチュアルなブログは数多い。
 人様のやることなので、自分と無関係であるならば、別にそれは構わない。
 しかし、たまに私の望まない形で関わりを持たされてしまうことがある。
 画像や文章を、無断転用されている場合である。

 当ブログの著作権についての考え方は、こちら
 
 予断を持って人を評価することは避けるべきだが、私の経験した範囲では、スピリチュアルブログを運営している皆さんの中には、相当数、画像や文章のパクリに対する認識の甘い人が存在する。
 私は、自分がそうならないように注意を払いながら作成した絵や文章が、適当に切り貼りされてスピリチュアルな記事の中に埋め込まれてしまうことに、耐えがたい苦痛を感じる。
 たとえ悪気がなかったとしても、私にとってそれは面と向かって侮辱されたに等しい。
 だから無断転用を発見した場合は、当該する画像や文章の速やかな削除または差し替えを求める。
 その際、無断転用の状態さえ解消されれば十分なので、こちらから謝罪を求めることはないし、記事自体の削除なども求めたことはない。
 こちらのブログのコメント欄でもたまに当事者になったブログの管理人から連絡をいただくことがあるが、そういう皆さんは考え方の違いはあれ、ごく真っ当な感覚をお持ちだと思う。

 ところが、ネット上で導師面をしてあれこれ発言している輩に限って、無断転用を指摘すると、画像をこちらのコメントごと素知らぬ顔で「証拠隠滅」し、恥じない奴がいる。
 そう言う奴がまた高確率で、アロマだの石鹸だの健康食品だのというマルチ商品のネット販売員になっていたり、有料でカウンセリングもどきを行っていたりするものだから始末が悪い。
 別に謝ってほしいわけではないが、他人さまに対して「心の在り方」を説く者ならば、それなりの挨拶のしようがあると思うのだ。
 バカバカしいのでそれ以上深追いはしないが、他の記事でもパクった画像や文章を元に説教垂れている様を、生温かく観察させてもらっている。

 もう一度書いておく。
 他人には似たようなものに見えるかもしれないけれども、私はスピリチュアルが好きではない。
 商売でスピリチュアル・カウンセラーや、マルチ商品のネット販売をやってる奴は最悪だ。
 個人の自由があるから、そういうのが好きな人同士でやってもらうのはかまわないが、私の方からは一切関与したくない。

 だから、画像の無断使用などで、おかしな縁を作らないでくださいね。
 夜露死苦!
posted by 九郎 at 21:21| Comment(4) | TrackBack(0) | ブログ・マップ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 管理人様

スピリチュアルは、今となっては霊感商法に悪用され、その本来の意義が狙っていた領域では無くて、別様の領域で用いられるようになりました。よって、拙僧も嫌いです。

まだ、「霊性」とかの方が意味が分かります。
Posted by tenjin95 at 2014年02月11日 21:48
tenjin95さん、コメントありがとうございます。

霊感商法やマルチ商法は、ノウハウを握っているそれ専門の集団があって、表の顔になる宗教や個人経営者を次々に使い捨てている実態があるようです。
ネットで癒しグッズを販売しているような人の中には、本人は自覚しないまま悪徳商法の走狗にされてしまっているケースもけっこうあります。
また、もう少し頭の整理をしてから記事にしようと思っていますが、スピリチュアルでよく語られる「生まれ変わり」の捉え方に、ちょっと違和感を持っています。
Posted by 九郎 at 2014年02月12日 09:46
> 管理人様

拙僧の知り合いに、この辺、悪用や誤用が激しいので、学術的にスピリチュアルという用語の領域を定めようとする営みをしている研究者がいます。

その方の営みが上手く行くことを願いつつ、しかし、この用語が一気に流行した理由は何かあるのだろうと思っておりますので、その情感的源泉を検討したいとは考えております。
Posted by tenjin95 at 2014年02月12日 15:47
tenjin95さん、お返事が遅くなってしまいました。

記事本文中に以下の一文を加えました。

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(ここで言う「スピリチュアル」とは、書店の一画で「宗教」の隣に並んでいるような、一昔前であれば「精神世界」という分類になっていた一群の書籍や著者のことを指す)
Posted by 九郎 at 2014年02月16日 01:57
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