ここ数年、90年代によく読んでいた著者、著作を再び手にとる機会が増えている。
一つには、2010年代今現在の世相が、90年代にかなり似ているのではないかという、個人的な感覚がある。
もう一つは、90年代の若者であった私がかなり背伸びし、つま先立ちで読んでいた本の内容が、ようやく地に足のついた理解レベルに達してきたような気がすることもある。
90年代当時、私が最も傾倒していた書き手の一人が、今回紹介する突破者・宮崎学である。
ちょうど著作が文庫化されているのを書店で見かけ、再読した。
●「談合文化 日本を支えてきたもの」宮崎学 (祥伝社黄金文庫)
「談合」という言葉からプラスイメージを感じる人は少ないだろう。
ヤクザ紛いの悪徳土建業者が共謀し、公共事業の受注価格を不当に吊り上げて暴利を貪っている。
排除されるべき前近代的な陋習であり、法的に規制して透明化、健全化することは絶対的に正しい。
そんなイメージが一般的であろうし、かくいう私も何の疑問もなくそのように理解していた。
そして実際に2000年代初頭から始まる小泉構造改革の一環として公共事業の抑制、談合行為の法規制が進み、一般競争入札が徹底されて十数年が過ぎた。
その間、地方の土建業界では何が起こったか?
全体に縮小した公共事業の受注を求めて中央のゼネコンの地方進出が激しくなり、過当競争でダンピングが横行するようになった。
地方経済を下支えしてきた各地の土建業は疲弊し、それまで地元の一員として協力を惜しまなかった災害復旧にも支障を来すようになり、品質、安全性、職人の技術継承もいまや崩壊の危機にある。
小泉改革の弱肉強食の負の側面が、もろに牙を剥いた形になっている。
談合とは本当に排除すべきものだったのか?
そもそも「談合」という言葉の語源が中世のムラの自治的な話し合いを指しており、土建業界の談合もその流れを汲んで、地元を構成する一員としての責任を果たすための互助的、自治的な機能を持っていたのではないか?
官製談合のような明らかな汚職と、業界の自治的談合は分けて考えるべきだったのではないか?
これからの地方再生には、そうした「談合文化」の復活にこそ活路が残されているのではないか?
このように、報道などで無批判に流布される「定説」に対し、アウトローの立場から一時停止をかけ、その根本から実例を挙げて反証していく痛快さが、宮崎学の真骨頂だ。
宮崎学は敗戦直後の昭和20年、京都伏見の解体屋稼業ヤクザの親分の家に生まれた。
ちょうど私の親の世代に当たる。
長じて早稲田大学に進学してからは学生運動に身を投じ、共産党のゲバルト部隊を率いる。
その後、トップ屋などを遍歴し、京都に帰って解体業を継ぐようになる。
ヤクザでありながら住民運動や組合活動にも手を貸す変わり種であったが、京都はもともと戦前からアウトローと左翼活動家の距離が近い土地柄でもあった。
著者が世間的に最も注目を集めたのは、グリコ森永事件の最重要参考人「キツネ目の男」として容疑をかけられたことだろう。実際、あの有名な似顔絵は、宮崎学本人をモデルに描かれたという説もある。
警察との徹底抗戦の結果、アリバイは崩されず逮捕には至らなかったのだが、稼業は大きなダメージを受け、後に倒産。
バブル当時は地上げなども手掛け、96年、その特異な半生を綴った「突破者」で作家デビュー。
私はその最初の一冊から熱狂的なファンになり、現在までに著作の9割以上は購読しているはずだ。
以下に、私の思う宮崎学の主著を紹介しておこう。
●「突破者〈上下〉―戦後史の陰を駆け抜けた50年」宮崎学(新潮文庫)
作家は処女作に全てがある、とはよく言われることだが、宮崎学の場合もやはりこの一冊がもっとも面白い。
「アウトロー作家」というよりは、本物のアウトローがシノギの一つとして作家活動をしているスタンスがなんとも痛快で、後に多くの著作で展開される問題意識の全てがこの一冊に濃縮されている。
宮崎学の著作未読であれば、この作品からがお勧め。
●「突破者 外伝――私が生きた70年と戦後共同体」宮崎学(祥伝社)
処女作「突破者」の世界を、20年近く経った今の年齢で改めて振りかえる一冊。
最初の一冊は自伝でありながら血沸き肉躍る活劇だったが、最近作はまた違ったアプローチになってきている。
出自である伏見の最下層社会に対する視線は限りなく優しく、民俗学の領域とも重なる。
かなり落ち着いたトーンで、著者の同世代に対しては「まだやれることがあるだろう」と語り、下の世代に対しては「もっと自由に好き勝手をやれ」と呟くような、なんとなく「死に仕度」を思わせる雰囲気があるが、気のせいであってほしい。
●「近代の奈落」宮崎学(幻冬舎アウトロー文庫)
明治以降の部落解放運動についてのルポ。
取材の過程で自身のルーツとも向き合う。
●「近代ヤクザ肯定論 山口組の90年」宮崎学(ちくま文庫)
紹介済み
当ブログでは他にナニワのマルクス・青木雄二との対談本を紹介したことがある。
年末年始の読書に、ガツンとした歯応えを求める人に捧げる。

2014年12月27日
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