2007年05月12日

仮面と直面

 直面は「ひためん」と読む。
 仮面無しの素顔を「直面」と、ことさらに表現するのは興味深い。
 素顔ではあるけれども、衣装を身に付け、神話のキャラクターになっている。その意味では神の仮面をかぶっており、人間としての「素の顔」ではないのだろう。

 私の観る機会のあった備中神楽では、同じ場面の中に仮面をかぶったキャラクターと、直面のキャラクターが混在する場合があった。
 演目「国譲り」においては、日本の国土を譲り渡す側の国津神たちは仮面をかぶっており、天津神側のフナツヌシノミコト、タケミカヅチノミコトの二神は直面だ。
 備中神楽は国津神たちがきわめて魅力的に活躍する神楽なのだが、記紀神話のセオリーに従って、アマテラスを中心とした天津神を正統としいる。だからフナツヌシ、タケミカヅチの二神と、国津神タケミナカタが戦うシーンでは、鬼のような仮面をかぶったタケミナカタを、凛々しい直面の天津神コンビが正義の味方としてやっつける構図になっている。
 観る者にとっては、より人間に近い直面姿に感情移入しやすいのはもちろんだが、その場を主導しているのは、仮面をかぶったタケミナカタの圧倒的な存在感や面白さだ。

 最後の演目「大蛇退治」のラストシーンでは、さらに突き詰めた形で「仮面と直面」の対決を見ることが出来る。

kagura-02.jpg


 登場するのはスサノオとヤマタノオロチ。
 スサノオはこのラストシーンに至るまでは、大型の仮面をかぶった超人的な存在として演じられるのだが、大蛇退治の戦闘シーンだけは直面に変わる。それまでの大柄なイメージは一瞬にして切り替わり、「国譲り」の天津神二神に近い、俊敏な戦闘神に変化する。
 対するヤマタノオロチは、獅子頭にも似た異様な四本の蛇頭を頂き、長大な蛇腹を所狭しとのたうたせる怪物だ。十畳敷きの神楽舞台はグルグルと回転する蛇体に埋め尽くされ、ピューピューと響く大蛇の息吹が空気を振るわせる。そこには大蛇を演じているはずの、四人の生身の神楽太夫の面影すら見えない。
 人の面影すら無い「全身仮面」の怪物と、神から一歩人間に歩み寄った直面の英雄の、息もつかせぬ激しいバトルが繰り広げられる。十畳敷きに竹と荒縄・和紙による舞台が、破壊されずに無事であることが奇跡のように思える。
 そして最後には、スサノオのヤマタノオロチ退治が成就される。
 スサノオが、ヤマタノオロチの首を刈り、高々と差し上げる。
 直面が仮面を調伏し、幕の後ろに消え去ることで、特殊な神話の空間は消滅する。
 後には、何の変哲も無い「素」の畳敷きの空間が残っている。
posted by 九郎 at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする
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