いつの日かこのマンダラをモチーフに、大きなサイズで描いてみたい。
そんな強い欲をそそられる対象を、これまでに二つ紹介してきた。
三つ目のフェイバリットは、実在のものではない。
ある物語の中だけに存在する、架空のマンダラである。
夢枕貘「キマイラ・シリーズ」の中に登場する「外法曼陀羅」がそれだ。
先に挙げた二つのフェイバリットは、日本の真言密教でも最重要視される金剛胎蔵両界だった。
そんな定番中の定番と並べてエンタメ小説の中の虚構を挙げることには、奇異な印象を持たれるかもしれない。
まあ、バカにされるのも覚悟の上である(笑)
夢枕獏については、これまでにもけっこう記事にしてきた。
夢枕獏1
夢枕獏2
夢枕獏3
夢枕獏の西域幻想
外法曼陀羅
焚火の夜
問題の「外法曼陀羅」については、五つ目の記事ですでに書いたことがある。
キマイラ・シリーズには物語の核心となる一つの絵図が設定されている。「外法絵」とか「外法曼陀羅」と表現されている絵図で、「人が獣になる」ための「外法」が図示されているとされている。その絵図はとあるチベットの密教寺院の隠し部屋に存在し、描いたのはその「外法」を自身で試みた天才絵師であり、他に何枚かその写しが存在するらしいことが、これまでの既刊分の物語の中で判明していた。
その架空の曼陀羅に関する描写が、キマイラという物語の前半のクライマックスになっており、高校生の頃の私は、はじめて読んだその凄まじい描写に衝撃を受け、「いつの日かこの曼陀羅を自分で描いてみたい」と夢想したものだ。
●「キマイラ6 胎蔵変/金剛変」夢枕獏(ソノラマノベルス)
それからはるかに時は流れ、私も「若気の至り」という言葉を正しく理解できる年齢になった(笑)
インド、日本、チベット等の密教図像や、その教義について、高校生の頃より多少は理解できるようになった今となっては、キマイラ作中の「外法曼陀羅」を、文字に書かれた描写そのままに図像で再現することは、ほぼ不可能であることはわかった。
詳しくは書かないけれども、いくつかの点で「これをチベット密教図像の作法に従って描くのは無理」と、判断せざるを得なくなったのだ。
そもそも、作中の文章表現そのものが、明確な図像を想定したものというよりは、「外法曼陀羅」というモチーフの持つ「力」とか「勢い」を描くことを主目的としていると思われ、実際に「描く」ための解説にはなっていないのだ。
巻が進むと、同じ「外法絵」についての描写でも、微妙に違ってきていると思える箇所もある。
その改変部分には、元々の描写より、ややチベット密教図像のセオリーに近づけている印象があった。
著者の中で設定に何らかの変更があったのかもしれないし、あるいは同じ図像ではなく、バージョン違いだという暗示なのかもしれない。
チベット寺院の隠し部屋にこもり、自らの狂気を吐きだすように曼陀羅を描く。
そんな描写をそのまま実行することは、今生の私にはもう不可能なことはよく理解している。
しかし、まだ「自分なりの表現で外法曼陀羅に挑む」ということ自体は諦めていなかったりする。
私はけっこう執念深いのだ(笑)
以前描いたスケッチから、もう一歩進めてみる。
キマイラの作品世界に存在する「外法曼陀羅」の、中尊周辺に描かれた眷属神の一体。
そんなノリで楽しんでいただければ幸いである。
とりあえず、ここまでは来た。
高校生の頃、「この外法曼陀羅を実際描くにはどうしたらいいか?」という問いを抱いて以来、遡って密教図像のことを延々と調べ続け、描き続けてきた。
フィクションから今の私というリアルが生まれた。
何合目かは分からず、生きているうちに頂に達することができるかどうかも定かではないが、それなりの標高には達しつつある気もするのである。
2015年04月29日
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