2015年05月09日

違和感の分析

 GWも過ぎ、「おりがみ 兜」で検索して来る人もガタッと減った。
 一段落した感じなので、そろそろ書いておこうか。。。

 今年も何度か、作例の折り方について問い合わせがあった。
 自分でアップした記事について「問い合わせ」があれば、こちらもそれなりに誠意をもって対応はする。
 けれども、おりがみ作品の記事について、「折り方公開して」とか「なんだ公開してないの?」とかいう主旨のコメントが寄せられると、ちょっと違和感を持つ。
 率直に言えば、なんでそんなコメントを見ず知らずの他人のブログに書けるのか、私にはその感覚が理解できない。

 折り方をネットで無料公開している他人様に対しては、私自身もその労力と善意に深く感謝しつつ、参考にさせてもらっている。
 折り方のネット公開の手法としては、折り図を作成してアップするか、折る過程を撮影して動画でアップするのが主流だと思うが、どちらにしてもかなりの手間である。
 おりがみをする人間にとっては欠けがえのない宝物のようなオリジナルの折り方を、多大な労力を傾けてまでネット公開してくださる皆さんには感謝と賛辞を惜しまない。
 しかし、公開していることには公開しているだけの理由が、それぞれの作者さんにもあることだろうとは思う。
 公開、非公開、それぞれに理由があってのことだろうと考えるのは当たり前のことで、わざわざ非公開の折り方について作者さんに直接聞くというのは失礼にあたる、と私なら考える。

 私はおりがみについては「少々詳しい一般人」というスタンスだから聞きやすいのかもしれない。
 酒の席で歌の上手い人に「ちょっと一発なんか歌ってみてよ」と頼むのはありだろうから、それに近い感じでコメントを寄せられているのかもしれないが、そういうのは内輪だからこそ許されることではないかと思うのだ。
 そしていくら親しい間柄でも、それで食っているプロに対して、本業をサービスで披露してくれと気安く頼む勇気は、私にはない。
 以前、学生時代の先輩でおりがみ作家もやっている方のブログを拝読していると、あまりにも安易に折り方を質問してくるブログ読者に対して、「なぜ自分で工夫して折ってみようとしないのか」という苦言を呈する記事がアップされていたことがあった。
 記事にするくらいだから、けっこうな頻度でそのような問い合わせがあったのだろうなと推察する。

 おりがみに限らず、「ネットでの無料公開」という状態に慣れすぎて、ちょっと感覚が麻痺してしまっている部分があるのではないだろうか。
 私も他の分野では同様の無神経さを持ってしまっている可能性は極めて高い。
 自戒しなければならない。
posted by 九郎 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 紙(カミ) | 更新情報をチェックする
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