2016年05月07日

イラストの真髄

 まだまだ書きたりない「生ョ範義展 The Illustraor in 明石」関連記事。
 まずは、検索にヒットしやすくなる(?)表記で、召喚の呪文から。

 生頼範義 生頼範義 生頼範義
 生頼範義 生頼範義 生頼範義

 おおらい のりよし おおらい のりよし
 おおらい のりよし おおらい のりよし

 二回目の鑑賞から10日あまり、ずっと展示のことを反芻していた。
 展覧会初日の一回目の鑑賞は、ただただ圧倒されていた。
 一点ごとの密度が異様に濃い原画が約160点。
 十分に鑑賞するにはそれなりの時間や「間」が必要だし、観る方のコンディションも大切だ。
 同日内の再入場はOKなので、間に一度休憩を挟むのがお勧め。
 会場の文化博物館は、明石駅からさほど離れていないし、明石城公園にも隣接しているので、一息入れて散策するのに不自由はない。

 会場に入ってすぐに目につくのは、生ョイラストが使用された出版物多数を、塔のごとく集めて展示した「生ョタワー」で、まずこれだけでも一見の価値がある。
 イラストの仕事は文字情報が入って印刷物になった時点で「完成」なので、このタワー自体がすでに「作品」の現物展示なのだ。
 膨大な数の本を眺めていると、70年代から90年代にかけて本を読んでいた人なら、懐かしい作品を多数見出だすことになるだろう。
「このイラストも生ョ範義だったのか!」
 という再発見もたくさんあるはずだ。
 一般に、イラスト原画と印刷物ではサイズも色合いも違うし、何よりも文字が入っていない分の印象が全く違う。
 それでも生ョイラストは「コストの安い小サイズカラー印刷」という制約の中では、かなり原画の雰囲気の再現度は高いと感じる。
 もちろんそれは、印刷で出やすい色使いであったり、サイズが小さくなっても伝わりやすい構図上の工夫があるからで、原画と見比べることでその技術の一端は垣間見える。
 だからタワーは単なるおまけ展示ではなくて、必見ポイントなのだ。

 タワーのすぐ横の第一展示室には、SFアドベンチャー誌の表紙絵シリーズが多数展示されている。
 個人的にこのシリーズは、生ョ範義のイラスト技術の真髄が全て込められていると思っている。
 モチーフはもっとも得意とするジャンルのひとつである女性像。
 制作時期は技術的なピークに上り詰める80年代。
 マンガの世界も含めて、絵描きの作品は技術的な昇り調子にある時期が一番スリリングだ。
 雑誌の表紙絵なので、画面中央に女性が入り、上部と左右に余白部分を作るという構図は動かせない。
 しかも月刊誌である。
 他の仕事もこなしながら、毎月描かなければならない。
 そんながんじがらめの制約の中、91人のパワフルな「魔女」達が、それぞれに別の強烈な個性を備えて、確かに画面の中に生きている。
 この条件下で91枚の「別の絵、別の女性」を描いたというだけでも人間離れしている。
 しかも出来上がった作品群が、コンスタントにハイレベル。
 まさにイラスト魔神だ。
 そんなシリーズの原画が至近距離で眺められ、何点かは制作前に描かれたデッサンも合わせて展示されている。
 この展自室については個人使用目的なら撮影OK。
 老いも若きも、絵を描く人間にとって、極上の見取り稽古になる展示室だと思う。
 とくにCGに親しんだ年若いイラストファンは、こういうアナログ絵の極みを一度体感しておいた方がいい。
 もともと印刷向けのイラストとはいえ、原画の伝える情報量は桁違いで、とくにパーツごとの絵の具の濃度や塗り重ねの使い分けは、原画を見なければ絶対にわからない。
 レイヤーや色調補整、各種効果がなくても、絵の具と筆と定規などのシンプルな画材だけで、人間の手はここまでの作品を生み出せるのかという驚き、感動があるはずだ。
 極上の原画を体感し、手描きもやってみた上で、あくまで数あるツールの一つとしてCGも使えばいいと思う。
 このところすっかりCGの機能に頼って、アナログを面倒に感じがちになってしまった自戒を込めて、そう思う。
 
 生ョ範義の原画に触れてみてあらためて感じたのは、これだけイラスト技術の真髄を極めながら、それでも「画家」としての意識もあわせ持っていたのだなということだ。
 画家の作品は原画であり、イラストレーターやマンガ家の作品は印刷が前提だ。
 だからイラストやマンガの場合、印刷した状態がベストになるように、原画や原稿はあくまで「版下」として制作するタイプの人もいる。
 生ョ範義の場合は、文字情報が入る「余白」にあたる部分にも、控えめながら「表現」が施されており、原画の時点でも一枚の絵として成立している。
 両者はどちらが上ということではない。
 生ョ範義はタイプとして、画家の感覚も持ち続けていたということだろう。

 絵画とイラストの高いレベルでの両立が、生ョ範義の強烈な個性の基底にあると感じる。
(つづく)
posted by 九郎 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 生頼範義 | 更新情報をチェックする
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