絵描きにも色々いる。
自画像ばかり描き続けた画家もいれば、風景画一筋の画家もいる。
色々ありすぎて紹介しつくすことはムリだけれども、たいていの絵描きはそれぞれに追及するテーマを持っている。
そのテーマに即した表現を求めて、画風などの形式は変遷する場合もある。
私の場合は、やっぱり「神仏与太話」がメインテーマだ。
心惹かれる神仏の物語を絵と文章で紹介するのが好きで、これはたぶん一生飽きない。
誰かに聞かれたときにわかりやすく自己紹介するため「絵描き」と称しているけれども、もう少し正確に表現するなら「絵解き」ではないかと思っている。
日本の中世から近世にかけて、各種マンダラの入った厨子を背負い、辻や市でそれを広げて功徳を語り、札などを売ったりする「絵解き」と呼ばれる人々がいた。
彼らは旅芸人でもあり、遊行乞食でもあった。
中世の「絵解き」は自分で絵は描かず、専門の絵師に描いてもらった絵図を前に語り芸を披露していただろう。
なぜ絵描きを自称する私が、絵師の方ではなく「語り」担当の絵解きの方に惹かれるかと言うと、描きたいものの重点が画像そのものより「物語」の方にあるからだ。
専門外の音遊びを試作し続けているのも、語り芸への理解を深めるためだ。
私の絵には物語が必要で、一枚絵というよりは連作、または大きな画面の中に時間経過や展開のあるものが良い。
だからマンダラには関心があるし、もっと言えば、詞書のある絵草子や絵巻のような形が一番しっくりくる。
現代美術の中の絵画は、そうした言葉や物語の世界から離れ、もっと純度を高めて色や形の要素を極める方向性が多い。
絵に物語の要素が必要な私は、絵描きとしてはちょっと古いタイプということになるかもしれない。
絵も語りも自分でやりたいというのは、見方によっては古代の呪術師あたりまでさかのぼる古臭さとも言える。
絵描きというものは、借り物ではない自分自身の表現を志すならば、結局自分が一番やりたいことをやるしかない。
それが世に受け入れられるかどうかということは、それはそれで大事なことだけれども、やっぱり二の次なのだ。
2016年09月13日
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