絵を描いたり物を作ったりすることは、それ自体とても楽しいことだ。
指導に当たっては、なるべくストレス少なくその楽しさを味わってもらうために、技術面や設備面でのサポートをすることになる。
一般向けの講座では、普段あまり絵を描いたりしない人や、物作りがちょっと苦手という人も対象になるので、かなり手取り足取り、至れり尽くせりの指導になることもある。
何よりも、失敗のリスクを避けて作品を完成までこぎつけ、成功体験を持ってもらうことが大前提になるのだ。
eテレの各種講座をイメージすると、「一般向けの指導」の在り方がわかりやすいだろう。
ただし、美術系志望者に指導する場合は、少々事情が違ってくる。
楽しみとして絵を描いたり物を作ったりすることは誰にでもできるけれども、それを稼業にしようと志すなら、ある種の選別は必要になってくる。
美術系志望の進路相談を受ける時、私は目の前で何か描かせてみることが多い。
画材やモデルはなんでもいい。
鉛筆一本、紙一枚あれば良く、それで好きなものを好きなように描いてもらう。
見せてもらう時間は数分あれば十分で、必ずしも絵を完成させてもらう必要はない。
本当を言えば、紙の上に線を数本描いてもらった時点で、もうだいたいのことは分かっているが、念のためにしばらくは時間をかける。
目の前で描かせて生徒の何を見ているかというと、「普段から描いているかどうか」だ。
将来的に美術系の職を得ようとするような人間は、習う前から描いていなければいけないというのが、私の持論だ。
描くのはなんでも構わず、写実デッサンでなくても良い。
マンガやイラストが好きなら、そのような絵を自分で毎日描いているか?
ファッションやインテリアなどのデザインが好きなら、日常的に情報に触れ、自分でも描いているか?
物作りが好きなら、自分でイメージスケッチなどをするのは不可欠になるだろう。
ことさらに習う前から自分で情報収集し、自分でも描いてみる。
そういうことが、毎日、一日中でも続けていられるかどうか?
つまるところ美術系の「適性」とは、そういうことだと考えている。
目の前で何か描いてもらうと、その生徒が何らかのジャンルについて関心を持ち、情報に触れ、自分でも描いているかどうかということは、ほとんど瞬間的に判別できる。
中には「君、そもそも絵をほとんど描いたことがないでしょう?」という生徒が、美術系の進路相談に迷い込むこともある。
話を聞いてみると、「勉強もあまりできないし、何となく絵は好きだから」という答えが返ってきたりする。
「なぜ今まで自分で描かなかったのか」と聞くと、不思議そうに「これから習うために相談に来た」と答える。
そういう受け身な姿勢では、美術を稼業として生きていくのは無理だ。
仮に教わって描けるようになったとしても、それですぐ食っていけるわけではないのだ。
それはスタートラインに過ぎず、身に付けた技術や表現を換金するルートを、それぞれが自分一人で切り開き、試行錯誤しなければならない。
自分が表現できる環境を守るために、制作時間だけは確保できる別の職を持つ表現者だってたくさんいるのだ。
描くことや物を作ること自体が好きで、それなしでは生きていけないのでなければ耐えられない。
甘いことを言っても本人のためにならないので、受け身な姿勢が見えた場合は「美術系志望はあきらめて、普通に勉強しなさい」とアドバイスすることにしている。
そう言われてあきらめるなら、そこまでにしておいた方が無難。
カチンときてがむしゃらに描き始めるなら、それはそれで道は開けるだろう。
身近に美術志望の子弟がいるなら、「習う前から自分で描いているかどうか」という点に注意して話をするのが良いだろう。
なんとなく普通に勉強することから逃避したくて、消極的に美術系志望を口にしているようなら、早めにあきらめさせた方がいい。
自分の関心のあるジャンルについて、習う以前に自分で情報収集し、独自に制作した作品やラクガキノートがたくさん積み上げられている状態なら、そのまま見守ってあげても良いと思う。
そういう子がもし受験のために画塾に通いたいと言うなら、経済的に許されるなら背中を押してあげても良いだろう。
真面目に勉強し、堅実な職についても、いつそれが失われるかわからないのが現代ニッポンである。
覚悟のある子には、思うようにさせた方がいい。
そもそも、そういう子は止めても無駄だ(笑)
2016年10月07日
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