絵は線から生まれる。
歴史的に見ても最も古い絵は簡単な線で描かれているし、原始的な絵と分かちがたい象形文字も線によって刻まれている。
個人レベルの発達で考えても、乳幼児の絵は線でのなぐりがきに始まり、線で一定領域を囲むことで絵が生まれる。
以後は輪郭線で様々なものを描き分け、着色する場合は線で囲んだ領域内をそれぞれの色に塗り分ける手法がとられるようになる。
線で囲み、塗り分けるという行為は、人間にとってごく自然な表現だ。
人間が自他を区別したり、個別の物をそれぞれに認識する知覚の在り方とも、密接に関連している。
しかし、「写実表現」に踏み込むなら、話は違ってくる。
専門的に写実を習得する場合、まず最初に学ぶのは「ものに輪郭線はない」ということだ。
輪郭線があるかのように認識される箇所には、実際には絵にかくような「実線」は引かれていない。
あるのは隣接する色や面の「境い目」だけだ。
だから写実絵画の基本である鉛筆や木炭によるデッサンでは、輪郭線で囲むのではなく、立体的な面の明暗の差を、様々な階調のグレーで塗り分けることを叩き込まれる。
一見輪郭線っぽく見える境界線は、立体感を追及する中で明暗の差として徐々に探り当てられていく。
領域を「線」で区切るという感覚は一旦解体され、立体的な「面」の集まりで世界を認識し直すことで「絵描きの眼」を練り上げる訓練を積む。
二次元の画面の中に、あたかも三次元空間があるかのような錯覚を起こさせるのが「写実」だ。
この「線」と「面」という感覚の違いは、単に手法やセンスの違いであって、両者に優劣はない。
ごく大雑把に言うと、漫画やイラスト、デザインの分野では「線」で区切るセンス、絵画や彫刻の分野では「面」で構成するセンスが重みを持つと感じる。
絵の中でも、伝統的な日本画の世界は「線」が強く、洋画の写実表現では「面」が強いと思う。
写実的、立体的な「面」のセンスは、どんなジャンルの絵描きでも、基礎体力として持っているに越したことはない。
しかし、この「線」と「面」というセンスの違いは、絵を描く時の手順を全く変えてしまう。
感覚的には、真逆といっても良いほどの違いがあるのだ。
将来的に「線」のセンスが必要とされるジャンルを志すなら、「面」のセンスが強い写実デッサンを学ぶ際には注意が必要だ。

2016年10月09日
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