人の能力が生まれつきによるか、修練によるかということには、様々な議論がある。
少年マンガなんかではよく「天才型」と「努力型」のキャラクターがライバル関係になったりするが、実際はそう単純に対比できるものではない。
基本的には「遺伝形質」と「獲得形質」の違いを頭に置けば良いだろう。
人の能力をハードとソフトに分けて考えれば、遺伝形質はハードであり、獲得形質はソフトに比定できるだろう。
ハードにあたる身体に関する部分は生まれつきの要素が大きく、ソフトにあたる各種認識能力の部分は、個人の成育歴や修練によるところが大きい。
絵を描いたり物を作ったりする能力はソフトによるところが大きいので、遺伝的な意味での「生まれつき」はあまり関係ない。
世の中には手先の器用な家系があるようにも見えるが、それは「遺伝」というより「環境」による。
絵や物作りが好きな親の家に生まれれば、子供は自然とそうした情報に接するし、親の姿を見て自分でも興味を持ってやり始める。
それは「物作りの文化」とでも呼ぶべきもので、そういう「気風」のある家に生まれたというだけのことだ。
一見「生まれつきの才能」と見えても、実は成育歴の中で自然に培われた能力である場合が多い。
前に述べた空間認識能力もその一例であるし、同様のことは美術だけでなく学習全般に言える。
義務教育で習う程度の内容なら、遺伝的な要素は一切関係ない。
物作りと同じく、各家庭に伝わる「お勉強の文化」というべきものもあるのだ。
これは、よく言われる経済的な意味での教育格差とは無関係で、とくに裕福でなくても基礎的な学習習慣を伝える家は一定数存在する。
子供は親を選べないので、家庭環境も「生まれつき」の内ではないかという考え方もあろうが、少なくとも遺伝ではないということは間違いない。
文化は「家」の枠を超えて伝達可能なので、環境に恵まれなくても、個人のやる気次第で十分カバーできる。
以上は、それなりの年月を美術や学習の指導をやってきての実感である。
ただ、「人並みにできるようになる」というレベルにとどまらず、「表現しよう」とか、「稼業にしよう」とことになると、思春期以降の個人の努力の範囲を超える局面も出てくる。
絵を描くとか物を作るということで言えば、それが心から好きで、呼吸するように自然に続けていられるということしか、表現の核にはなり得ない。
私自身で言えば、「色彩」に関しては作品の主要なテーマにはならないし、できない。
色の感性は、ファッションやインテリアなど、日常生活を心地よく楽しむ文化に対する関心と隣接していると考えている。
私の成育歴からはごっそり抜けている部分だ。
子供の頃からプラモ少年で、物の「形」については並々ならぬ関心を持ってきたが、「色」については、形を活かすための補助としての関心しかなかった。
中高生の頃は六年一貫の中堅受験校で、当時ですら時代に取り残されたバンカラな校風に浸りきっており、およそファッションなどとは縁遠い日々を過ごした。
進学してからも美術系であり、演劇にかぶれた学生生活。
当時は既にバブルがはじけていたが、まだ世の中に金は残っていた。
少しバイトすれば遊ぶのに不自由はなく、一般学生はそれなりに青春を謳歌していた。
しかし私はと言えば、散らかった作業場と汚れた作業着が日常で、世の風潮に関わらず、いくらでも浮世離れしていられた。
衣食住など最低限で良く、むしろその方が居心地よく、楽しかった。
今でも身なりなどには極めて無頓着で、一年の内半年以上をTシャツとジーンズで過ごし、寒くなってくるとホームセンターに駆け込んで防寒作業着を物色する体たらく。
こんな調子では、日常生活を楽しみ、微妙な色彩を楽しむ感性が培われるはずがないのである。
たぶん世の中には、そうした日常生活を楽しむ文化もあるのだろうけれども、私はそこには恵まれなかった(笑)
その代わり、「物作り」と「お勉強」の文化は伝授されて、ここまで生きてこれたのだから、幸せに思わなければならない。
元プロ野球選手の松井秀喜は「努力できることが才能である」という信条を持っていたという。
生真面目な松井らしい、真っ当で素晴らしい言葉だが、少し意地悪に見ると、生まれつきフィジカルに恵まれていた松井だからこそ「努力」に集中できたのだろうとも思う。
そして松井家に伝わっていたであろう、努力を重んじる実直な文化も見逃せない。
私なりに理解するなら、ごく自然に努力を楽しめる気風のある家に生まれ、フィジカルの適性とよく合致した野球というモチーフに出会えた松井は、ものすごく幸運だったということだと思う。
美術という分野は、スポーツほどには遺伝的要素に左右されないが、成育歴の中で培われた「どんな努力なら楽しめるか」という感性は、表現の根幹に関わるのだ。
このことは、以前にアップした教わる前から描いているか?という記事ともつながってくる。
2016年10月19日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック