2017年04月21日

本をさがして19

 90年代後半の私は、様々な神仏、宗教のことを知りたくて本を渉猟するうちに、ある大河小説に行き着いた。
 世間的にはさほど知られていないが、知る人ぞ知る伝説的なその作品、タイトルは「大地の母」という。
 近代日本の新宗教の中で最大級の影響を及ぼした教団「大本」の歴史、そしてそれを率いた「三千世界の大化物」出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)の前半生を描いた実録小説である。
 著者は、王仁三郎の実孫、出口和明(やすあき)。
 前回記事で紹介した「巨人出口王仁三郎」の著者、出口京太郎の、年上の従兄弟にあたる。
 大正十年の第一次弾圧、昭和十年の第二次弾圧に挟まれた昭和五年、王仁三郎の三女の長男として生まれた。
 王仁三郎にとっては「初めての男の子の孫」だった。
 大本開祖・出口なお以降の出口家は、基本的に女系で継承されている。
 実際、生まれる子も女の子が多く、とくに王仁三郎と妻である二代教主・澄の子の中では、男の子は幼くして亡くなった。
 そんな事情もあって、和明は王仁三郎にとくに可愛がられたという。
 単に可愛がられたというだけでなく、和明を「十和田湖の龍神の再生」であるとし、自分の神業の後を継ぐ身霊であると書き残している。
 幼い頃の「大好きなおじいちゃん」の思い出を大切に抱きながらも、物心つくと同時に弾圧の嵐に巻き込まれ、和明の心は屈折していく。
 青年期を迎えれば、祖父の残した「預言」も、背負いきれない重荷となってのしかかる。
 学生時代以降は、意識的に教団外に身を置き、祖父の思い出から逃げるように暮らしていたという。
 昭和三十八年、第二回オール読物推理小説新人賞受賞。
 ペンネームは「野上竜」、「兇徒」というタイトルの、新興宗教団体を舞台にした作品だったという。
 同時受賞は後にベストセラー作家になる西村京太郎。
 その頃になっても、まだ王仁三郎に対する葛藤は残っていたという。
 大好きだった亡き祖父の大きな期待と、あまりにかけ離れた今の自分。
 自分に何かできるとすれば、それは文章を書くことしかない。
 しかし、王仁三郎のような桁外れの人物を、果たして描けるのだろうか。
 以下に、当時の心情を綴った和明自身の表現を引用してみよう。

「書かねばならぬという思いと描けるはずがないという思いが常に交錯し、私をさいなんだ。心の中の鬼が『書け、書け』と私をむち打つ。そうだ、王仁三郎は書けなくても、出口澄なら書けるかもしれない。素朴でいつくしみ深く、幼い時からの苦難の歩みにも寸分そこなわれぬ天性の明るさ、おおらかさ、女傑というよりも豪傑といった方が似つかわしく、思想も単純明快、行動範囲も広くない。祖母ならなんとかなりそうだ。」
(「第三次大本事件の真相」より)


 昭和四十三年、そんな動機から小説「大地の母」は執筆開始された。
 先の引用の通り、当初は大本二代教主・出口澄の伝記として書き起こされた。
 タイトルの「大地の母」も、教団内外の澄の人柄を慕う人々から呼びならわされた尊称に由来している。
 最初は教団内の機関紙に連載されていたが、毎日新聞社から全十二巻の大河小説として刊行されることになった。
 ボリュームの増大と共に王仁三郎の生涯ともまともに切り結ぶことになり、三年かけて開祖・出口なおの昇天までが描かれ、第一次完結となった。
 90年代には加筆・再構成された「完全版」が文庫サイズで刊行され、私が手に取ったのはそれだった。

 小説「大地の母」は、凄まじく面白い小説だった。
 私がこれまで楽しんだエンターテインメント作品の中でオールタイムベストを作るなら、必ず上位に食い込む作品である。
 世間的に知られてはいないが、「玄人向け」と言おうか、宗教という要素をテーマに持つ作家で熟読している人は多いのではないかと思う。
 我が敬愛するSF作家・平井和正も、知る限り一度も名は挙げていないが、この作品は必ず読んでいるはずだという「確信」が私にはある。
 大本の事、出口王仁三郎のことについては、当ブログでもカテゴリ「節分」で、断片的に触れたことがあるが、主として「大地の母」の記述を参照している。

 神話のヨミカエ2「艮の金神」
 神話のヨミカエ3「スサノオ」

 また、王仁三郎テーマの別ブログも開設している。

 小説があまりに面白かったので、私は97年、作家に長いファンレターを書いた。
 そのことがきっかけで、大本の地元である亀岡や綾部の皆さんとの交流が始まった顛末は、以前記事にしたことがある。

 ある夏の記憶:出口和明「大地の母」のこと

 70年代の第一次完結以降も、「大地の母」続編執筆の準備はずっと続けられていたのだが、2002年、出口和明は昇天。
 王仁三郎の全生涯を描く小説としては、ついに未完に終わった。
 小説ではないが、その後の王仁三郎の生涯、二度の弾圧から晩年に至るまでを概観した著作は、何冊か刊行されている。
 名義が「十和田龍」のものもあるが、どれも出口和明著である。


●「出口なお 王仁三郎の予言・確言」出口和明(みいづ舎)
●「出口王仁三郎 入蒙秘話」出口和明(みいづ舎)
●「第三次大本事件の真相」十和田龍(自由国民社)

 出口王仁三郎という特異で桁外れのキャラクターの実像は、実は戦後の大本教団内ですら埋没しつつあったのだが、出口和明という不世出の作家の登場により、広く一般に紹介されるようになった。
 王仁三郎の「十和田湖の龍神の再生」の預言は、祖父を思慕する孫の切なる想いから、奇しくも成就することになったのだ。

 出口和明の著作、現在かなりネット公開が進んでいる。
 興味のある人は、ご子息の出口恒さんのサイトを参照すると良いだろう。
 私が愛してやまない「大地の母」も、pdfファイルで無料配布されている。
 スマホ等のサイズの小さな液晶画面むけの編集で、ルビが入っていない点が難といえば難だが、日常的に本を読む習慣のある人は問題なく読めるだろう。
 個人で作成されているようなので一部編集の乱れも見受けられるが、ともかく読みはじめてみるには使い勝手が良いと思う。
 ただ、全十二巻の大長編なので、本来ならばあまり電子書籍むけの作品ではない。
 まずは無料のpdfでお試しの後、気に入ったら紙の本でじっくり読むのが良いと思う。



 とにかく、小説として無類に面白い名作中の名作。
 私の90年代後半の「本をさがす旅」の、最大の収穫と言っても過言ではない。
 神仏与太話ブログ「縁日草子」が、最大級にお勧めする大河小説である。
(続く)
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする
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