先月末、長らく単行本になっていなかったマンガ作品が、連載終了後10年の時を経て初刊行された。
相原コージ/竹熊健太郎「サルまん2.0」である。
●「サルまん2.0~サルでも描けるまんが教室2.0~」相原コージ/竹熊健太郎(小学館クリエイティブ)
本作は1989年からスピリッツ連載の人気マンガ「サルでも描けるまんが教室」(愛称「サルまん」)の続編にあたり、2007年に「IKKI」誌に掲載されていた。
残念ながら8回の短期連載に終り、総ページ数の少なさから、今まで単行本化の機会に恵まれなかったのである。
1989年から92年にかけて執筆された最初の「サルまん」は、藤子不二雄A「まんが道」から近年のヒット作「バクマン。」へと連なる「マンガ家マンガ」の系譜上にありながらも、極めて変則的な作品だった。
まず、作者の相原・竹熊コンビが、普通で言うところの「マンガ家と原作者」とは違っていた。
基本的には竹熊がブレイン、主な作画を相原が担当していたが、内容については編集者も加えたミーティングの中で練り上げられていたようで、竹熊が文章で埋めたり、作画を担当したのコマやページもかなり多かった。
そうした役割分担における変則と同時に、作品自体も番場蛮の魔球並みにアクロバットな構図を持っており、掲載誌スピリッツの中にもう一つ別編集の「雑誌内雑誌」が存在しているような感覚だった。
具体的には、以下のような構図である。
1、実在の作者としての相原・竹熊(当時26歳、29歳)
2、作中に「解説者」として登場する相原・竹熊(従来の相原コージの絵柄)
3、メインキャラとしての相原・竹熊(劇画「野望の王国」を模した絵柄)
こうした三層構造のメタ・フィクションになっていたのだ。
読者の立場では主に3層目、マンガによる日本征服の野望に燃える19歳の相原、22歳の竹熊コンビの活躍を追いながら、1〜2層目の実作者の階層まで視野に入れながら読み進めていくことになる。
連載開始当初は「まんがの描き方」の体裁を借りながら、世の売れるマンガの類型についての蘊蓄、分析、批評を、過剰な劇画の筆致で強引にギャグに持っていく展開が面白かった。
このマンガ批評路線のネタが一巡した旧単行本の一巻分だけでも十分に傑作だったと思うのだが、「週刊誌連載」というシステムの持つ魔力は、作品に更にドライブをかけていく。
連載中盤からは、雑誌デビューを果たした作中メインキャラの相原・竹熊コンビの作品が「連載内連載」としてスタートすることで、構造は更に複雑怪奇になる。
上記の三層に、新たな「四層目」が加えられたのだ。
4、連載内連載「とんち番長」開始
この段階に入ってから、現実の相原・竹熊両名から作中メインキャラの相原・竹熊コンビまで、1層目から3層目までの苦闘は完全に同期した。
ネームも作画も作業量が激増、絵に描いたような自転車操業の狂乱にどっぷりつかった分、作品はスリリングになっていった。
連載内連載で模索される「とんち番長」の次なる展開、作中の相原・竹熊の苦悩と共に、実作者である相原・竹熊両名の追い詰められぶりが垣間見えて、毎週掲載誌のページを開く手に、何とも言えぬ期待と緊張がこもっていたのを覚えている。
そして作品内の出来事ではあるけれども「とんち番長」はアニメ化もされるヒット作となり、虚構とシンクロするように現実の「サルまん」も、単行本が豪華版で出されるほどのヒットになっていった。
ここまで描いてしまったからには、週刊マンガ作品・作者の、「ヒットしたその後」まで描き切らねば嘘になる。
作品のヒットという「光」ある所には、必ず「闇」が生じるのだ。
作中の相原・竹熊は、ついに「とんち番長」の「本来のラスト」までたどりつく。
それは少年マンガのラストバトルとしては真に正しく、「父殺し」の神話の構図を踏襲した素晴らしいもので、不覚にも「とんち番長」が作品内のネタであることを忘れてしまうほどに感動的なものだった。
しかし、作中の相原・竹熊が血と汗と涙と共に記した「完」の文字は、ヒット作を簡単には終わらせたくない編集によって削除されてしまう。
豪邸のローンに縛られた相原・竹熊は、絶大な権力を持つ編集の意のままに、続きを描かざるを得なくなる。
無理矢理引き伸ばされた作品は、迷走し、路線変更を繰り返しながら、人気低落の泥沼にはまり込んでいく。
作中の相原・竹熊コンビは次第に心身のバランスを崩し、やがて……
サクセスの後の「闇」まで描き切ったからこそ、「ファースト・サルまん」は不朽の傑作になったのである。
第一作については、2000年代に入ってから愛蔵版が刊行されているが、現在やや入手困難。
●「サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 上下巻」相原コージ/竹熊健太郎(BIG SPIRITS COMICS)
90年代の最初の単行本を古書で探した方が早いかもしれず、これはこれで連載当時の「マンガ出版全盛期」の空気が伝わってくるだろう。
●「サルでも描けるまんが教室―青春コミックス 全三巻」相原コージ/竹熊健太郎(Big spirits comics)
この第一作の大ファンだった私は、連載終了後も二人の作者、相原コージと竹熊健太郎の作品は追い続けていた。
時代の機運にも恵まれ、実力の最大値で作品を描き上げた作者の、「その後の苦闘」というものも感じながらも、90年代以降の二人の活動は追い続ける価値のあるものだったと思う。
代表作「サルまん」以降の相原・竹熊の作品で特に好きなものを以下に紹介しておこう。
●「ムジナ 全9巻完結」相原コージ(ヤングサンデーコミックス)
●「相原コージのなにがオモシロイの?」相原コージ(週刊ビックコミックスピリッツ増刊号)
●「私とハルマゲドン」竹熊健太郎(ちくま文庫)
●「篦棒な人々ー戦後サブカルチャー偉人伝」竹熊健太郎(河出文庫)
そして時を経た2007年、ネットが完全に一般化し、今に続くSNS文化の走りであるブログ全盛期、「サルまん」の続編は執筆開始された。
残念ながら作者・作品をとりまく諸条件が第一作のようには嚙み合わず、作者自ら打ち切りを申し出るという前代未聞の空中分解を遂げたのだが、今回初単行本化された機会に読み返してみると十分に面白く、「もったいない」という感想を強く持った。
私も作中でほんの一コマだけ「参加」させてもらったこともあり、よけいにそう思うのかもしれない。
これからという時に中断された「サルまん2.0」だが、あれから10年、作中で断片的に描かれた「竹熊の野望」は、実はネット上で形を成しつつある。
編集家・竹熊健太郎が主宰するWEB雑誌「電脳マヴォ」、そしてtwitterでの活動こそ、竹熊自身の表現によれば「サルまん3.0」なのだ。
近年の竹熊健太郎の活動については、これまでにも何度か紹介してきた。
マンガ表現の近未来「電脳マヴォ」
雑誌掲載マンガの制約から解放され、作中キャラの狂気と野望も飲み込んだ竹熊健太郎の活動に、今後ますます注目なのである。
2017年07月16日
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