2017年07月21日

ビデオ普及以前のコミカライズ

 日本でビデオ録画機が普及したのは80年代に入ってからだったと記憶している。
 私の体感では、80〜81年のガンプラブーム最盛期にはまだ周囲でビデオ機器は見かけなかったので、その後の普及だったはずだ。
 80年代以前、TV番組は放送されたその時に視聴するしかなかった。
 ラジカセ等の録音機器は既に普及していたので、音声を録音して残すということはあったし、今より再放送は頻繁にあったけれども、基本的には「一期一会」で視るものだった。
 録画や映像配信、ビデオソフトが溢れるほど存在する現在とは、全く感覚が違っていたのだ。
 録画して視聴するという鑑賞法が無かった時代には、とくに子供向け番組の「コミカライズ」の果たす役割は大きかった。
 TVより平易な表現で再構成されたマンガを、自分のペースで繰り返し読むことができるので、設定が理解しやすく、キャラクターを真似て描くときの見本にもなる。
 単行本でまとめて読むと、一話ごとのエピソードの連なりから構成される「大きな物語」を楽しむこともできる。
 手元に「マンガ本」といういつでも開けるモノがあることで、毎週の放映時間に受動的に視聴するだけでなく、積極的に作品に入り込むことが可能になるのだ。
 とくに「ウルトラマン」や「仮面ライダー」は、シリーズ化することで各エピソードや各番組を超えた「サーガ」を形成するようになり、シリーズ横断で平易に読ませるコミカライズ作品は新たな魅力を発揮した。
 この両シリーズにはコミカライズ作品がとくに多数制作されたが、70年代当時私が好きで読んでいたのは、以下の作品だ。


●「ザ・ウルトラマン」内山まもる
 ウルトラマンシリーズは漫画原作の存在しないTVオリジナルだが、コミカライズ作品は数多い。
 楳図かずおの「ウルトラマン」や、桑田次郎の「ウルトラセブン」、石川賢の「ウルトラマンタロウ」等、名のあるマンガ家による特徴的な作品もあった。
 中でも子供時代の私がハマっていたのがこの内山まもる版で、当時の児童向けマンガとしては異例なリアルタッチに強く引きつけられた。
 今見返すと意外なほど線が少ないのがまた凄い。
 少ない描線でリアルに見せるのは、本物の画力が無いと不可能なのだ。
 本来、無表情なウルトラマン達が、この手練れのマンガ家の手にかかれば、デザイン的には無表情なままに、巧みに感情表現して見える。
 ある意味これは「能」レベルに達しているのではないかと感じるのである。


●「仮面ライダー」山田ゴロ
 仮面ライダーはTV番組とほぼ同時に「原作者」石森章太郎によるマンガ版(厳密に言うと「原作」ではない)も執筆された。
 話がややこしいのだが、この石森版とは別にTV版の仮面ライダーを下敷きにしたコミカライズ版も、いくつか存在した。
 私が好きだった山田ゴロ版は、71年のライダー第一作から75年のストロンガーで一旦シリーズが終了した後の78年から執筆された作品である。
 そもそもは79年から再開された新しい仮面ライダー(スカイライダー)へとつなげるための「前触れ」的な雑誌連載として企画されたようだ。
 仮面ライダー1号、2号、V3、ライダーマン、X、アマゾン、ストロンガーまでの流れを、独自のエピソードも交えながらダイジェストで要領よく描き、続くスカイライダー、スーパー1の世界観に巧みに接続させている。
 それぞれのライダーに充てられたページ数は少ないが、TV版の設定を踏襲しながら、石森版に描かれる「改造人間の悲しみ」というテーマもきちんと盛り込み、かつ低年齢層に無理なく読みこなせる描写になっている。
 これはまさに「離れ業」である。
 とくにライダーマンについては、他のどのバージョンよりもこの山田ゴロ版が最も描写が充実している。
 ストロンガー編で7人ライダーが初めて集結し、最後の決戦に臨む際の盛り上がりは、私を含めた当時の子供たちの間で「語り草」になっている。


 80年代に入ってビデオ機器普及した後も、「低年齢向けに再構成されたコミカライズ作品」は制作され続けた。
 ガンダム以降のリアルロボット路線は作品自体が一話完結ではなくなり、ドラマが複雑になりがちだった。
 何度か見逃しても話がつながり、低年齢層にもあらすじが追えるようにする役割は、コミカライズ作品が担ってきたのだ。
 録画機器の発達やビデオソフトの充実、映像配信の普及した今も、低年齢層からの需要は変わらず存在するのである。
(続く)
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする
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