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2017年10月11日

90年代の手記「月物語」5

 顔がじりじり熱くなって目が覚めた。
 もうすっかり日が昇っていた。
 近くのテントの前でナンを焼いていた人に、「すいません、今何時かわかります?」と聞いたが、笑って首を振るだけだった。
 月の祭はこの日で最後。
 ライブなどの予定はなく、みんなで祭の余韻を楽しむ『後の祭』という日程だそうだ。

 僕は波打ち際で、四人ぐらいいた子供達と遊んだりして、ゆっくりすごした。
 ちょっとびっくりしたのは、子供の中の一人に「なんでヒゲがないんや? 女か?」と聞かれたことだった。
 その子の周りでは、成人男性はみんな髭を生やしているらしい。
 素晴らしい環境に育っているようだ。
 子供の中の一人はラッキーと呼ばれていて、後で聞いたらどんとのお子さんだった。
 ラッキーは波打ち際で竹の棒を拾って、「これ三線」と言いながら弾く真似をして見せてくれた。
 さすがだと思った。

 海辺ではどっかの神社の人や「超古代史」を研究している人達が、車座になって「しんぽじゅーむ」とやらを開いていた。
 オカルト好きの僕は、普段なら食いつくのだけれど、睡眠不足の状態で聞いているのは不可能な内容だった。

 昨夜とは正反対に、昼間の浜は人が少なかった。
 アジアの猥雑な市場のようだったビーチはすっかり片付き、「日常」に戻っていた。
 波の音と明るい空と子供の遊ぶ声。
 このまま滅びたいほど平和だった。

 子供たちと遊んでいた流れで、のんびりしていたどんととも、少しだけ雑談させてもらった。
 昨夜のライブやその海岸の風景など、なんということもない話題だったが、どこの誰とも知らない人間に構えずに付き合ってくれたのが嬉しかった。
 ライブでの派手なパフォーマンスと、普段のもの静かな佇まいの差が、祭の夜と昼との違いにシンクロしているようにも感じた。
 ハンモックで眠っている赤ちゃんの掌をしげしげと眺めて、「ちっちゃいなぁ、何で動いてんねやろう」とつぶやいていたどんとの姿が、今も忘れられない。

 そうこうしているうちに日が傾いてきた。
 時間の経つのが、本当にはやかった。
「そろそろ帰るわ」
 僕はモヒカン男に声をかけた。
「面白かった。またなんかあったら呼んで」
 モヒカン男がバス停まで見送ってくれた。
 途中、古い灯台を曲がるところで、どんととすれちがった。
「お帰りですか?」
 微笑みながら声をかけてもらった。

 バスの待ち時間があったので、最後に少しモヒカン男と話した。
「昨日、変な女がおって困ったわ。全然知らんのになんか体ひっつけてくるねん。ああいう子、ちょっと怖いなあ」
「なんや、あれ知らん子やったんか? スタッフかなんかかと思たわ」
 そんなどうでもいいようなことを話して時間をつぶした。
 バスが来た。
 僕は乗り込みながら「ほな、また」と言った。
 モヒカン男も軽く手を上げた。
「ほな」

     *     *     *

 90年代半ば、「月の祭」直後に書いた手記の内容は、だいたい以上のようなものである。
 これを描いた時点では、その後「続き」があることなど、想像もしていなかった。
 不思議な巡り合わせの中で、私は「古い友人」とも再会することになった。

 祭の影-1
 祭の影-2
 どんと3
 どんと4
 どんと5

 そして「月物語」は、いまでもなんとなく、続いているのである。
(「月物語」の章、了)
posted by 九郎 at 22:00| Comment(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする
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