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2017年12月04日

マンガ「拳児」

 書店でたまにチェックしている雑誌に、月刊「秘伝」がある。
 日本の古武術や中国拳法等の、いわゆる「格闘技」化されていない武術がメインテーマで、主に実際「やる側」の読者を想定した雑誌だ。
 私自身は今現在、武道や格闘技を実践しているわけではないけれども、興味や憧れは昔からあったので、ぼちぼち読書は続けている。
 情報収集の一環として雑誌「秘伝」もたまに手に取っていて、十二月号で面白い人気投票をやっていた。
 武道や格闘技をテーマとしたマンガの人気投票である。
 現在発売中の雑誌なので詳しい結果はそちらを見てもらうとして、トップ3がいずれも「実際にあり得るリアルな武術描写」を売りとする作品であるという結果が、いかにも「武術をやる側の読者」を多く抱えるこの雑誌らしかったのだ。
 同じ主旨の人気投票を広く一般向けの雑誌でやれば、TVアニメ化されていたり、現在連載中の人気作品がやはり強いはずだ。
 しかし今回第一位に輝いたのは、四半世紀前の、しかもアニメ化されていないやや地味な少年マンガ作品「拳児」だったのだ。


●「拳児」原作:松田隆智 マンガ:藤原芳秀
 88〜92年、週刊少年サンデー連載作品である。
 サンデーには昔から「がんばれ元気」(76〜81年、小山ゆう)「六三四の剣」(81〜85年、村上もとか)等の、王道中の王道みたいな少年成長物語の枠があったが、この作品はその直系にあたる。
 先行する「元気」「六三四」も、ともにボクシングや剣道のリアルな描写を売りにしていた。
 少年マンガ的なファンタジーを極力排した、「現実にあり得る」リアルのグレードである。
 格闘技経験者が「元気」の試合中の心理描写を「まさにあんな感じ」と絶賛するのを見たことがあるし、剣道経験者の私から見た「六三四」は、多くの剣道マンガの中でも飛び抜けてリアルだった。
 そんな「リアル」な武道・格闘マンガの系譜の中でも、極め付けがこの「拳児」ではなかっただろうか。
 もちろん今読むと、作中で扱われる中国拳法の描写や解説に、マンガ的な誇張も多々あるのはわかる。
 しかし、広く一般向けのエンタメ作品という枠内では、この作品あたりが「リアルの極」ということになるだろう。
 原作は中国武術の実践研究家の松田隆智であり、藤原芳秀のシャープでオリエンタルな描線も、内容によく合っていた。
 目の肥えた「やる側」を納得させる絵や情報量と、予備知識のない者にも読ませる物語性が、高いレベルで両立されている、稀有な作品だったと思う。
 ライバル役との最終決戦が少しあっさりした印象だったが、あらためて読んでみると、元々この作品は「ライバル対決」がストーリーの本筋ではなかったのだ。
 主人公・剛拳児が出会う人々は、武術家も市井の人々も、みなそれぞれの「人生」を感じさせた。
 縁ある人との出会いこそが、この作品のテーマだったのだ。
 リアルタイムで読んでいた時は、香港編に登場した蘇崑崙が大好きだった。
 拳児の「老師」にして良き兄貴分、小柄でちょび髭のちょっと胡散臭いルックスながら、八極拳や螳螂拳など様々な武術の使い手。
 いつも「ヒャッヒャ」と笑いながら、闘いにおいては苛烈な火山のような爆発力を見せる、痛快な達人。
 すっかり大人になってから読み返すと、普段は料理店の店主や農夫として過ごしながら、実は武術の達人だった人々の姿が強く印象に残る。
 本物の実力と覚悟を持った時、人はこんなにも漂々と自由にふるまえるのかと、味わい深く読むことができるのだ。

 神仏与太話ブログ的に補足するなら、前に紹介した高藤聡一郎の本を合わせ読むと、作中の「気」に関する描写が理解しやすくなるだろう。
 また、舞台は日本から台湾、香港、そして大陸へと移行し、日本の的屋社会や中華街、中国的な秘密結社の在り様も、かなり詳細に描かれる。
 東アジアで広範に共有される「仁義」「侠」を元にした倫理観や、人と人とのつながりは、社会の分断やヘイトが表面化する現代、よけいに読み応えが感じられるだろう。

 武術マンガというカテゴリを外してみても、一人の少年の成長物語として本当に真っ当で素晴らしい。
 私がこの作品を読み始めたのは十代で、ちょうど意識的に絵の修行を始めた頃のことだった。
 剣道経験があったせいもあるが、作中の技術を修得するにあたって肝に銘じるべき示唆の数々は、まるで自分に向けられているように感じたことを覚えている。

「みだりに弟子をとるな。みだりに師につくな」
「天命に沿って人生を歩むものは、必要な時期に必要な師に出会える」
「武術を志すなら、優れた武術家の優れた動作を多く見なければならない」
「優れた技を実体験すれば、修練の先にそこに至ることができる」
「技は先に大きく伸びやかに、後に小さく引き締める」
「一度にたくさんやって一つも身に付かないより、一つ一つを正確に身に付けよ」
「何か新しいことを身に付ける時は、それまでの自分を一度バラバラに破壊する覚悟を持て」
「手を出すときは心に情けを残すな。心に情けが残る時には手を出すな」

 これらの内容は、読後もずっと長く記憶に残った。
 今でも私は自分で絵を描いたり、人を指導したりする時、繰り返し反芻している。

 小学校高学年あたりから上の、とくに何かの道を志す子供たちに、もっともっと広く読まれてほしい名作なので、このカテゴリ児童文学で紹介しておくことにする。
posted by 九郎 at 21:56| Comment(0) | 児童文学 | 更新情報をチェックする
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