2018年04月06日

読む駄菓子1

 今年2月、当時発売されていた「月刊コロコロコミック3月号」掲載のマンガがニュースになったことがあった。
 ちょっとした「国際問題」にまで発展したので、覚えている人も多いと思う。
 もう新年度なので今更のタイミングだが、色々思うところがあったので、遅ればせながら覚書にしておきたい。

 あらましを振り返ってみよう。
 問題になったのはギャグマンガ「やりすぎ!!!イタズラくん」のワンシーンだ。
 登場人物がテストを受けている。
 試験問題の中に、チンギス・ハーンの肖像を見て「モンゴル国の皇帝 チ(  )・(  )ン」の空欄を埋めて名前を記述する設問があった。
 登場人物はチンギス・ハーンの肖像の額の部分にちんこの絵を描き、名前を「チ( ン )・( チ )ン」と書き込むオチだ。(このネタがギャグとしてなんぼほどのもんかということは、とりあえず保留する)
 それに反応したのが、モンゴル出身で大相撲の元横綱・朝青龍だった。
 ツイッターで問題のコマを紹介するとともに、祖国の英雄が侮辱されたとして、わりと厳しめの批判を呟き、炎上が始まった。
 モンゴル、日本双方の大使館、出版社である小学館も巻き込んで炎上は拡大し、最終的には作者の謝罪と「3月号」の販売中止に至った。

 件の作品、私も読んでみた。
 作者の制作意図の中に「モンゴルに対する侮辱」は含まれていなかったであろうことは、まあわかる。
 そもそも作品内のテストで出題されている肖像にはチンギス・ハーンだけでなく、アインシュタイン、ナポレオン、足利義満等もあって、それぞれにアホなラクガキが施されている。
 文脈上、「特定の人物や国への誹謗中傷」ではなく、「試験という厳粛な場面でも、ついついふざけたラクガキをしてしまう子どもの習性」を扱った作品であることは、明らかだと思う。

 子どもという小動物は「うんこちんちん」が大好きで、教科書や問題用紙にこのようなアホなラクガキをしてしまう習性を持つものだ。
 恥ずかしながら、私の小学校(高学年)の頃の教科書も、掲載されている全ての肖像にリーゼントとサングラスが描き込まれていた。
 当時「つっぱりブーム」だったのだ。
 我ながらアホ丸出しであるけれども、全ページ「うんこちんちん」だらけの教科書を持つ友人もいたので、それより多少はマシだったかもしれない。
 ……と、ここまで書いて思い出したが、そう言えば私も別の教科書のページの端っこに、「おしりからうんこが次々落ちていくパラパラマンガ」を描いていたっけ(悲)
 あかんやん!
 おれも完全に最低レベルのアホガキやん!
 
 ともかく、まずはそうした子どもの習性が、作品制作の大前提にはあっただろう。
 問題になったギャグ作品のネタが、大人の目にくだらなく見えたとしても、コロコロの読者層である子どもたちにとって爆笑だったであろうことは、想像に難くない。
 子どもレベルの下ネタラクガキが発想できる幼児性と、商業マンガレベルの作画技術の両立は、実はけっこう難しい。
 作者は手練れの児童マンガ家に違いない。

 ただ、「単なる子供のラクガキ」と、「大部数のメジャーマンガ雑誌掲載作品」は、やっぱり違う。
 ネット時代でもあるので、ワールドワイドで描写がどのように受け止められるかということは、想定しておかなければならない。
 そこは「子ども感覚」のマンガ家より、「大人役」の編集部がチェックすべき領域だ。
 たとえば、宗教的な崇拝対象になっている人物の肖像にラクガキするのは、ネタとしてマズそうだということはわかりやすい。
 今回の作品内でも、そこは避けてある。
 しかし私自身の感覚でいうと、はるか昔の統治者・権力者にどのようなラクガキがされようと、たとえそれがかなり好きな人物であっても「怒り」は湧かない。
 今回の作品でも、アインシュタインファンや義満ファン、ナポレオンファンが抗議したという話は聞かない。
 チンギス・ハーンのモンゴルでの敬愛され方というのは、確かにちょっと「想定外」の領域だったかもしれない。
 もしかしたら「歴史上の人物」というより、「神話的な英雄」に近い感覚だろうか。

 違和感を持った人がそれなりの人数生じた以上、今回のネタは「良くなかった」ということだ。
 悪意はなかったけれども「良くなかった」表現と、それに対する処分のバランスとして、歴史ある雑誌が潰れるというような極端まで至らずに済んでホッとしている。
 この手の低年齢向けマンガ雑誌は「読む駄菓子」として、いつまでも子ども感覚そのままの楽園であってほしいのである。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする
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