●「実話奇譚 奈落」川奈まり子 (竹書房文庫)
最初の「写真の顔 〜まえがきに代えて〜」からいきなり引き込まれ、ぞくぞくしながら読む。
スマホ写真で度々異様な写り方をするという著者の顔。
ラストで「正常に」写った際の小さな落胆。
それは裏を返すと、異常な写り方に対する親近感か。
顔の写り方は、しょせん顔の写り方「ぐらいのこと」なのだ。
もっと恐ろしいことは日常の中にいくらもある、とまで著者は書いていないけれど、怪異に対する距離感が伝わってくる、そんなラストシーンだった。
怪異だけでは「語り」にならない。
そこに語り手の視点、書籍であれば文体がなければならない。
これは絵でも同じ。
著者自身の体験の後も、短い、ぶつ切りとも言える小さな怪異の実録が続く。
すっきり謎解きされることのないぼんやりした不安が、ひとつ、またひとつと降り積もる感覚。
殊更に恐怖を煽ることのない淡々とした筆致が刻む、静かな恐さ。
マンガでいえば、線は少ないがリアルな絵柄のような雰囲気か。
日常と怪異の間にある何らかの「境界線」を、手探りで確かめるように積み重ねられていくエピソードを、間を置きながらじっくり読み進める。
終盤に差し掛かったエピソード「姉」で、暫し余韻にひたる。
中学生で劇的変身を遂げたこのお姉さん、妹さんが不安に感じるような「別人になった」ケースではなく、たぶん「合体」ではなかろうかと、勝手な想像をしてしまう。
というのは、この奇譚のように劇的ではないものの、私も中学の頃、自分の人格が少し変貌するのを感じた記憶があるからだ。
元々の私は真面目で大人しい性格だったのだが、ある時期からしぶとく気性の激しい部分が強く出てきた気がするのだ。
当時の私はかなり厳しい、今なら虐待と言って良い指導をする私立校に通っていて、精神的にかなり追い詰められていた。
もし生真面目なままであれば潰されていたかもしれないし、下手にカルトな校風に適応できていたとしたら、卒業後本物のカルトに走っていた可能性もあった。(実際、そうした先輩方もいた)
青春ハルマゲドン4
当時大好きだったマンガデビルマンになぞらえて、「ああ、俺は悪魔と合体したんだな」と、まさに中二病丸出しで考えていたのだが、それで虐待指導からサバイバルでき、正気を保つことができたのだから、まずは自分を褒めてあげなければならない(笑)
そう言えば同じ中高生の頃、よく金縛りにあっていた。
金縛りと幽体離脱
上掲記事にも詳述した通り、今の私はそれを必ずしも「霊現象」だとは思っていないが、「思春期と怪異」というのは、かなり関連が深いように感じる。
思春期の強いストレスは、怪異(と一般に呼ばれる現象)を呼び込み、ある種の「変身」を促すことがある。
それは対処次第で毒にもなり、薬にもなるのではないだろうか。
現実が地獄であるなら、怪異は一種の救いになり、地獄を棲家とする力を得ることもできるのだ。
さらに読み進めて「羅生門と彼岸花」へ。
私の母方の田舎も百年くらい前まで土葬が残っていた地域で、秋のお彼岸の時期、お墓へ続く道には彼岸花が咲き乱れていた。
そんな懐かしくも怪しい原風景を思い出すお話。
今でも彼岸花は大好きで、秋分の時期になると絵に描きたくなる。


そして最終盤「人形」へ。
球体関節人形にまつわる怪異。
私はガンプラブーム世代なので、ボールジョイントやフィギュア表現の発達をリアルタイムで見てきて、自分でも色々作ってきた。
ただ、メカや怪獣はたくさん作ったのだが、「ひとがた」のフィギュアはちょっと敬遠していた。
中高生の頃、少しだけ作りかけてみて、ほんの入り口で引き返したのだ。
たとえば顔の部分をリアルに塗ろうとすると、絵で描くのとはまた違った生々しさが感じられ、「これはちょっとまずいのではないか」と感じた。
のめり込んで「ひとがた」を作ることの難しさと、その引き換えに得られる怪しい悦楽に、当時の私はびびってしまったのだと思う。
奇譚中の「女優さん」への心当たりとともに、思春期の頃の創作への危うい思いがよみがえってくるエピソードだった。
間を置きながら読み進め、一冊分、とても良い時間を過ごせたと思う。
怪異は過去の記憶との対面で、他者の実話語りの中に自分の過去を見るような読書体験だった。
中高生の頃のつらさや金縛り、物を作ることへのおそれの感情なども懐かしく、「地獄は一定すみかぞかし」という我が家の宗派の言葉も浮かんできた。
怪異というものは、虹や野生生物の出没などの自然現象に似たところがある。
そちらに注意を向け、観ようとしない者の眼には映らない。
夢もそうだ。
広く実話奇譚を蒐集する川奈まり子の眼に、今後どんな視野が広がっていくのか。
これからも追ってみたい。
ありがたく思うと同時に、今後の拙実話奇譚集の在り方についていくつかヒントをいただきました。
深く感謝いたします。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
川奈まり子
直接コメントいただき、恐縮です。
twitterの方では以前一度、私立男子校の雑談などさせていただきました。
今回「奈落」で初めて御著書を拝読しました。
読み進めながらあれこれ思いを巡らし、味わえる時間をありがとうございます。
今後のご活躍を祈念しております。