ララアの場合と同じく、大切に育てたであろうことは想像に難くない。
ハマーンの少女時代の姿も回想されているが、髪質からか、ちょっとシャアの妹のセイラに似た髪形になっているのが、なんとも言えず「ザワザワ」して感じられる。
成長後のハマーンが髪形を変えていないことがまた「ザワザワ」する。
シャアがアクシズを抜けて地球圏に戻った理由は色々断片的に語られているけれども、一番大きかったのは、「予想外に強力に成長したハマーンから逃げた」かもしれない。
ジオン残党にしてみれば、シャアに期待したのは「先頭に立ってジオン・ダイクンの理想を継ぐこと」だっただろう。
しかし当人にとってみれば、
「(´・ω・`)知らんがな」
としか言いようがなかったはずだ。
「だってそれ、中身なんにもないやん。それに俺、兵隊の訓練しかしてへんし……」
自身の洗脳は解けても、周りのジオン残党はカルト状態。
可愛がっていたハマーンは少女じゃなくなり、やりたくもないカリスマ的リーダー像を押し付けてくる。
居心地が悪くなったシャアは、色々もっともらしい理屈をつけてアクシズから脱出、「正体を隠した士官」という慣れ親しんだ身分へと逃避したのではないだろうか。
クワトロ大尉に変身したシャアは、MSパイロットという自分の得意分野で活躍の場が得られる。
かつての「ザビ家打倒」のような明確な目的はないままだが、それなりに充実した日々だったことだろう。
ジオンの遺児キャスバルであることを本気で隠していた一年戦争時と違い、クワトロ時代のシャアはむしろ「シャアだと気付いて欲しいオーラ」出しまくりにも見える。
そもそも隠す気なら、赤いMSに乗ったりしないだろう(苦笑)
昔、既に大御所だったキヨシローがたまに変装して路上ライブをやっていて、あんまり客が集まらない業を煮やしてヒット曲演ったりするという逸話があった。
ゼータのクワトロ仮面はそのレベルに見える。
ちょっと謎めいた人物像でふんわり正体を隠し、たった一つだけ身に付いた自前の技能であるMSパイロットでそれなりの活躍が出来て、シャアはその激動の人生の中で例外的な安息の日々を送っていたのではないだろうか。
周囲にしてみれば、「どうやらシャアっぽい」人物が連邦に潜入して、表面上何事もないかの如く振舞っているのを見れば「何を意図しているのか?」「何か大きなことをやろうとしているのではないか?」と過剰に想像を巡らしてしまう。
それは私たちTV放映当時のファンも同様だった。
しかし今振り返ってみるとよくわかるのだが、この時点でのシャアは、実は本当に何も考えていなかったのだ!
「思わせぶりにグラサンかけて、なんもないんかい!」
いち早く、もっとも正確にクワトロの「見掛け倒し」を見抜いたのが、レコアだったのだろう。
しかしそんなシャアのモラトリアムの日々も、長くは続かない。
頼みにしていた自分のMS操縦技術に疑念が生じる事態が続発してくる。
ゼータの物語も終盤に入った頃、勝負所でメガバズーカランチャーを外してしまったあたりから、シャアのアイデンティティは大きく揺らいでいたのではないか。
赤い彗星時代の自分なら、決して外さなかったはずの場面である。
自分が衰えたとは思いたくない。
しかし事実として、高性能MSを駆る強敵は際限なく現れ、MS戦でかつてのような圧倒的優位は示せなくなってきている。
かつてのライバル、アムロに苦戦するならともかく、他の人間たちに苦戦する日がこようとは、夢にも思わなかったのではないだろうか。
何かが狂い始めている焦燥を、シャアは感じ始めていたはずだ。
ティターンズという連邦内のカルト集団と対峙する流れの中、やがてシャアは、ハマーンとも再会することになる。
アクシズのジオン残党を率いて再会したハマーンは、当初はシャアを抱き込む気満々だったようだ。
成長した自分が微妙に距離を置かれていることにはもちろん気付いているので、シャアの保護欲をそそるNEW少女・ミネバも同行させている所がちょっと怖い。
シャアにとってミネバは、保護欲と同時に贖罪の意識もかき立てる存在で、加えて自分と同じく周囲の大人に利用される「カルトの子」でもあった。
一目見た瞬間からシャアはミネバの境遇に同情し、気にかけ始める。
ここまではハマーンの計算通り。
シャアはけっこうチョロいのだ。
ハマーン側に感情移入してみると、ありえないほどの譲歩でシャアを呼び戻そうとしているのがわかる。
――さあこれでフラフラするのはやめて自分に協力してくれ。
――なんなら今からでも指導者に。
ところが朴念仁シャアは、そんなハマーンの全力の譲歩を無視し、幼いミネバの担ぎ出しを逆に非難し始める。
ハマーン「はあ(# ゚Д゚)?!」
結局シャアとハマーンは決裂、MSで直接対決する羽目に。
ハマーンが駆るキュベレイは、小型化され、サイコミュによるオールレンジ攻撃と格闘戦を同時に可能にした、おそらく最強クラスのMSだった。
ゼータの時点ではかすり傷一つ負わず、TV版の次シリーズであるダブルゼータのラスト時点でも、戦闘力ではっきりと敗北した訳ではないほどの高性能機だった。
かつての「エルメスのララァ」の完成形と戦うことになったのは、シャアにとっては悪夢だったことだろう。
ハマーンの猛攻に、さすがのシャアも防戦一方。
もちろんシャアの駈るMS「百式」の機体性能の圧倒的不利もあるが、それ以前にモチベーションに差がありすぎた。
自分探し君と、カルト的信念に支えられた天才では、土台勝負にならないのだ。
加えて、ハマーンはシャアの朴念仁にキレていた。
「まだだ! まだ終わらんよ!」
キュベレイにズタボロにされたシャアの、歴史的「捨て台詞」である。
まさかあの赤い彗星が、池乃めだか師匠の「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」みたいなセリフを口にする日が来るとは……
マンガ「刃牙」で花山薫にボコボコにされた愚地克己が、半泣きで「死ぬか」とつぶやいた様とも似ている。
ハマーンとの戦いに完敗したシャアは、その後、劇場版「逆襲のシャア」まで姿をくらます。
意地悪な見方をするなら、ハマーンがいる間は表に出られなかったのではないか。
「優秀なMS パイロット」という一点を拠り所に自分探しをしていたシャアにとって、この敗北はとてつもなく大きかったのではないだろうか。
加えて、もう一人の強敵シロッコには女を寝取られ、そのシロッコに対しても自分でケジメを付けられないままに、若造扱いしていたカミーユに決着をつけられてしまう。
プライドの高い人間にとって、この無様な敗北は自我が崩壊していても不思議ではないのだ。
* * *
ゼータ以降の潜伏から逆襲に至るまでのシャアの心情は謎に包まれている。
シャアはどのように自分を再建したのか。
いずれまた「逆襲のシャア」をじっくり観賞した折に、あれこれ想像してみたいと思う。
(「大人目線でΖガンダム」の章、了)