木彫りを趣味でやっていて、それは片手間というにはあまりに膨大な情熱を注いでいた。
作業場から道具、細かな彫刻刀の類など、ほとんど全てを自作。
祖父宅の玄関を入ると、数えきれないほどの作品群、仏像や天狗や龍などが、所せましと並べられていた。
中にはまるで七福神に仲間入りしそうな雰囲気のサンタクロースもいた。

まだまだ自然豊かな地域だったので、祖父はよく山野に出かけては、気に入った木材などを拾ってきて、それに細工を施したりしていた。
切り出してきた怪しい形状の珍木や木の瘤の類が、祖父の手によって更に得体の知れない妖怪に変身していった。
幼児だった私は、そんな制作現場を眺めるのが好きで、祖父の操るノミが様々な形を削りだしていく様子を、ずっと飽きずに観察していた。
私にとっての祖父は、山に入っては色々な面白いものを持ち帰り、それを自在に操って怪しい妖怪達に改造できる「凄い人」だった。
そして私は、いつか自分も同じことをするのだと心に決めていた。

ある日祖父の彫刻群を色々観察していると、小箱に何かが収納されているのを見つけた。開けてみると、そこには数センチ程の大きさの小さな手、手、手、また手。
様々な表情に指をくねらせた小さな手が、ぎっしり詰まっていた。
もちろん祖父が猟奇事件の犯人だった訳ではない。
生き物の手のコレクションではなく、木彫りの小さな手だったのだが、幼い私は物凄い衝撃を受けた。
興奮した私は、さっそく祖父の真似をして、油粘土で山ほど小さな手を作って箱に詰めた。
当人は大真面目だったのだが、それを発見した親族は思わず失笑したようだ。
仏像の彫り方の教本に、練習として手だけを彫る方法が載っていることを知ったのは、もっと後のことだった。
祖父は彫刻の資料として各種の文献も集めていた。
おそらく「原色日本の美術」だと思うのだが、様々な仏尊が掲載されている大判の図鑑のようなものもあった。
私はそれをパラパラめくっては、一人興奮していた。
特に形相凄まじい「明王」シリーズにハマった。仏様にも色んなキャラクターがいて、色んな姿をしていることを知った。
当時は既に「仮面ライダー」や「ウルトラマン」の全盛期で、「○人ライダー」や「ウルトラ兄弟」という概念も出来上がっていたのだが、幼い私にとっては仏尊図鑑も怪獣怪人図鑑も全く区別は無かった。
宇宙のどこかで戦っているヒーローの一種として、明王の姿に目を輝かせていた。
今から考えると、あながち間違った捉え方でも無かったかもしれない(笑)
ところで、ヌートリアと言う動物がいる。
南米原産、尻尾まで含めると1mぐらいになるげっ歯類。
つまり大ネズミだ。
似たビジュアルの動物にカピバラもいるが、こちらは尻尾が目立たない。
――尻尾の長いのがヌートリア、尻尾の目立たないのがカピバラ。
そのように覚えておけばよい。

この大ネズミ、日本各地で野生化している。
大きな河川などで繁殖していて、山中の温泉につかりに来るニュース映像なども、たまに流れる。
なぜこのようなことをつらつら書いているのかと言うと、祖父の思い出に関わってくるからだ。
大工であった祖父は木彫好きであり、珍しい形の木の根っこなどを蒐集する趣味もあった。
そんな祖父が近所の川沿い散歩していたある日のこと、繁殖していたヌートリアの死骸を見つけてしまった。
怪しいもの好きの血が騒いだのだろうか、祖父はどうしてもヌートリアの骨が欲しくなってしまったらしい。
しかし死骸を家に持って帰ることはできない。
死んだ大ネズミを持ち帰ったりしたら、祖母がどのような反応を示すか想像に難くなかったのだろう。
下手をすれば連れ合いの生死にかかわる。
よって、全ての犯行は、ひそかに河川敷で行われた。
日々何食わぬ顔で、一人河川敷に散歩に出かけた祖父は、断続的に「ヌートリア白骨化ミッション」を完遂したのだ。
大きな空き缶を用意した祖父は、まずヌートリアの頭部を煮立てたらしい。
そして煮あがった頭部からきれいに肉をこそげ落とし、顎骨の部分を白骨化してから持ち帰った。
見事なカーブを描く門歯のついた顎骨は、磨き上げられて紐がつけられ、ちょっとしたストラップのように仕立てられたのだった。

祖父の没後、ヌートリアの顎骨は、大工道具の一部とともに、「自作系」「怪しいもの好き」の血を継いだ私の手元にきた。
祖父がそのように使っていたのかどうか定かではないが、ヌートリアの歯は木彫りの表面を磨くのに具合が良い。
そして引き取った刃物類の中の一本、刃先が緩い曲線を描く小刀は、造形に非常に使い勝手がよく、今も私が愛用している。

(続く)