2019年07月11日

70年代サブカル前史:60年代「忍者」から「スポ根」へ

 過去記事で、戦後の子ども向けエンタメ(とくに男の子向け)の祖型となった三つの50年代作品を元に、「うける」要素として以下のものを仮定してきた。

【月光仮面】バトル・変身・アウトロー
【ゴジラ】怪奇・異形
【鉄腕アトム】メカ・SF

 50〜60年代の児童向けエンタメの中心軸は、「アトム」に代表される「メカ・SF」に、かなり引き寄せられた。
 しかしそれは手塚治虫という異能であればこそ可能になった力技であって、基本的にはマニアックなジャンルであり、本来は児童向けエンタメの「王道」にはなり得ないものであった。
 昔も今も、時代を超えて男の子が憧れる一番人気のテーマと言えばやはり「戦い」「強さ」であり、50年代のTV黎明期で言えば「月光仮面」がそれを代表していたのではないだろうか。
 さすがの手塚、さすがのアトムと言えども、人気を安定させるためには本来の「文明批評SF」路線だけでなく、「ロボットバトル」の要素を大幅に導入せざるを得なかったのだ。

 マンガ、アニメの世界で直接「強さ」「バトル」を前面に押し出し、60年代を牽引した異能の一人が、忍者ブームを巻き起こした白土三平だった。

【白土三平の忍者ブーム】
 白土三平は1932年、東京で画家の父の家に生まれた。
 十代で手塚漫画を知り、成人前には紙芝居の制作を開始している。
 1957年頃から貸本漫画を描き始め、59〜62年には当時としては異例の長編にして初期の代表作「忍者武芸帳」を執筆。
 並行して「サスケ」「シートン動物記」等を執筆し、64年には「ガロ」の創刊と共に代表作「カムイ伝」連載開始。
 他作品のTVアニメ化(68年「サスケ」、69年「忍風カムイ外伝」等)の進行とともに、「カムイ外伝」「ワタリ」と並行して71年の第一部完結までを描き切った。

 児童を含めた男性読者の「強さ」への憧れは、古くから剣豪物語や講談等で消費されてきた。
 白土三平作品の一連の忍者マンガの特徴は、時に残虐ですらある激しい戦闘描写、当時としてはリアルな絵柄、そして「理屈付け」にあった。
 登場する忍者や武芸者は超人的な技や強さを発揮するけれども、そこには必ず(実際に可能であるかどうかはともかく)合理的な解説があり、読者に「現実にあり得る」と納得させるリアリズムがあった。
 強さの描写にリアリズムを追及する以上、あまり空想的なモンスターは登場させられない。
 しょせん個人の「強さ」などたかが知れているという結論に向かわざるを得ず、「本当の強さ」を追求する過程で必然的に「社会と個人」の問題にまで、作品テーマは深化していった。
 その集大成になったのが、70年前後に描かれた「カムイ伝第一部」ということになるだろう。


 白土三平の忍者マンガは時代劇であったが、現代劇の中でもSF設定に頼らずに直接「強さ」を扱う作品も、60年代には次々にヒットするようになった。
 不良少年のケンカ沙汰をメインテーマにした「番長モノ」である。

【子供向けヤクザ映画としての番長モノ】
 法令順守、アウトロー排除の風潮が、私などから見れば行き過ぎと思えるほどに徹底される現代にあっても、ヤクザやヤンキーを主題としたフィクションは、根強い人気を持っている。
 アウトローを主人公とした物語が好まれる傾向は時代を超えていて、直接的には江戸時代あたりまで遡ることができるだろう。
 近代に入ってからも、たとえば浪曲のヒーローは大半がやくざ者であり、サブカルチャーの世界ではむしろそれが主流であったと言って良い。
 少年マンガは戦後長らく子供向けサブカルチャーの華であったが、おそらく先行する浪曲の世界や、同時代に流行したやくざ映画の影響を受けていたはずだ。
 番長モノの主人公の多くは「ケンカ自慢の不良」とは言うものの、恐喝等の犯罪行為や集団暴力に関与することは無い。
 組織を嫌う一匹狼タイプであることが多く、一般生徒に手を出したり、犯罪行為を行う「悪い不良」を懲らしめ、改心させる役割を担う。
 こうした作劇は、浪曲等に登場する「良いヤクザ」の任侠の世界観そのままで、ストーリー自体も下敷きにされている場合が多々ある。
 そこに対象年齢を低くするための少年マンガ的な設定が加えられる。
 物語冒頭は学園等の子供の日常空間を舞台とし、主人公はそこに通学する中高生とする。
 バトルは「素手のタイマン」(一対一で武器は使用しない)が基本ルールで、あくまで「遺恨を残さない子供のケンカ」の範囲内で決着が付けられ、生死にかかわることはあまりない。
 舞台設定が身近な「地元」からじわじわ拡大し、「強さのインフレ」とともに広域化して行く傾向は、現実の戦後やくざの抗争広域化、それをネタにした映画作品の影響があるかもしれない。
 主人公は「純情硬派」タイプで、性的にはむしろ潔癖であることが多い。
 こうして列挙してみると、ウケるための二大要素である「バイオレンス」「エロ」に一定の歯止めがかけられているのがわかる。
 そこで描かれるのは、義理人情、純情硬派、弱きをたすけ強きをくじく任侠道など、極めて古風な倫理観である。
 不良を主人公とした少年マンガ作品が、アウトロー的な世界を描いているにもかかわらず、社会問題化することが少ないのもうなずけるのである。
 私は世代的に60年代リアルタイムでは読んでいないが、アニメ化されたものを再放送で視たりして、一応記憶には残っている。
 代表的な作品は、以下のものになるだろう。

●「ハリスの旋風」ちばてつや(65〜67年、週刊少年マガジン)
●「夕焼け番長」原作:梶原一騎、作画:荘司としお(67〜71年、冒険王)
●「男一匹ガキ大将」本宮ひろ志(68〜73年、週刊少年ジャンプ)

 この三作を並べてみると、少年マンガ誌の王道中の王道テーマである「バトル」の基本的な創作スタイルは、「番長モノ」の系譜の中で形成されたのではないかと思えてくる。
 とくにジャンプ創成期のヒット作である「男一匹〜」あたりの連載時期になると、後の「バトル作品」でも繰り返されることになる「強さのインフレ」や「無理な連載の引き延ばし」等も含め、良くも悪くも様々な要素が出揃っている感がある。
 現実世界を舞台とし、あくまで少年同士のケンカに限定された「番長」の枠を取り外すと、後の様々な「バトル作品」に進化するのだろう。
 SFやファンタジーの要素を導入すると、お話のスケールが大きくなり、絵的にも派手になるが、その分「強さのインフレ」の度合いも桁外れになり、構成が崩れやすくなる。
 ちばてつやと梶原一騎はそのあたりのバランス感覚と、当時の少年マンガの中でのリアリズムの作り方が非常に巧みなマンガ家、原作者であったということだろう。
 この二人は並行して「スポ根モノ」のヒット作も作り上げていく。

【60年代後半、スポ根モノの隆盛】
 少年マンガのカテゴリで現代劇としてバトルを描く場合、様々な制約が生まれてくる。
 いくらフィクションとは言え凄惨な戦いをリアルに描くことは難しく、武士や忍者の登場する時代劇でもないかぎり、殺し合いのような生の「実戦」を扱うことは不可能になる。
 先に紹介した「番長モノ」の場合、一対一の素手のタイマンをバトルの基本ルールとすることで、最低限の倫理観はクリアされたが、「不良のケンカ」を作中で肯定的に描くことは、どこまで行ってもグレーゾーンでしかありえない。
 そうした問題点を完全に払拭できるのが、バトル要素をスポーツ競技の枠内に収める「スポーツ根性モノ」だった。
 スポーツであればルールがはっきりしているので勝敗が分かりやすく、団体競技ならチームバトルの面白さも出てくる。
 格闘技のような極めて激しい戦いであっても「あくまでルール内の出来事」として、いわば「言い訳」が効くわけだ。
 単に「スポーツ」を扱ったマンガ作品はそれ以前にも連綿と存在したが、梶原一騎が主導して付け加えた「根性」の部分に、60年代後半から隆盛を迎える「スポ根モノ」の独自性があった。
 主人公が超人的な「根性、努力」により、必殺技や魔球を会得する様や、最先端のリアルな劇画調の絵柄は、先行する白土忍者マンガの要素をなぞっているけれども、何より読者がマンガと同じ競技を実際に体験できるのが強みだった。

 この路線では「巨人の星」「タイガーマスク」を代表とする多くの作品が制作された。
 中でも梶原一騎とちばてつやという、この分野の「二大巨頭」がタッグを組んだ最高傑作と言えるのが、1968年から週刊少年マガジンで連載された「あしたのジョー」だった。
 この作品は通常、人気が定着し、TVアニメ第一作が放映されたタイミングから「70年代」と認識されることが多いと思うが、作中で描かれる時代背景は、どちらかと言うと60年代的な雰囲気が強い。
 ちば作品の中では珍しく、梶原一騎(高森朝雄名義)の原作がついているが、他の「梶原マンガ」とは少し雰囲気が違って見える。
 他の作品より、相対的にちばてつやの作風の割合が多いのではないかと感じるのだ。
 梶原一騎の強烈な個性をねじ伏せ、「あしたのジョー」を他ならぬちばてつや自身の作品に見せているのは、一人一人のキャラクターを丁寧に掘り下げる執筆姿勢と、連載後期のあの切れ味鋭く濃密な描線あったればこそだろう。
 連載初期の「あしたのジョー」は、それまでの子供向けちば作品のままに、わりとシンプルな線で描かれていた。
 ところが、ライバルである力石を死に追いやった伝説の一戦前後から描線は飛躍的に密度を増していき、ラストのホセ・メンドーサ戦前あたりからは、どんな小さなコマ一つを切り取っても「絵」になっており、たっぷり感情がこもったキャラクターが描かれるという、奇跡のような高みにまで上り詰めている。
 手練れの役者はさりげないシーンを演じながらも、そのシーンだけではなく役柄の日常生活まで感じさせる演技をするものだが、連載後期の「ジョー」の絵は確実にそのレベルまで到達していた。
 世界に冠たるニッポンマンガ史上でも、これほどのレベルの神懸った描線に到達した例は、ごく少数を数えるのみなのではないかと思う。
 そしてあまりにも有名な「真っ白に燃え尽きた」ラストシーンは、思春期前後の青少年の心に突き刺さる、奇跡のような一枚になったのだ。

 60年代後半から70年代初頭にかけて、少年向けエンタメの中心軸は、アトムに発祥する「メカ・SF」から、バトルを中心軸に置いた「スポ根」に完全に移行していたのである。
posted by 九郎 at 23:32| Comment(0) | 青春ハルマゲドン | 更新情報をチェックする
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