天理市の名称も天理教由来で、「おやさとやかた」の施設群は宗教都市と呼ぶに相応しい規模を誇っている。
JRまたは近鉄天理駅を降りると、広大な駅前スペースが目につく。普段は閑散としているが、祭典の折の人出を考慮してあるのだろう。直進すると、天理本通商店街のアーケードへとつながっている。

「おぢば」は泥海神話において「人類の故郷」と設定されていることから、アーケードには下のようなのぼりが連なっている。

この「ようこそおかえり」というコピーは、様々な出版物でも使用されている。
この商店街は天理教本部への参道の役割を果たしており、通常店舗の他に、神具店や土産店が軒を連ねている。
商店は直接教団経営ではないので、公式グッズではないお土産も売られている。店頭には天理教関連の冊子も豊富に揃っており、公式出版部の天理教道友社以外の書籍は、こうした店頭で購入できる。前回紹介した芹沢光治良著「教祖様―ふしぎな婦の一生」は、現在Amazonでは品切れのようだが、天理の商店街に行けば普通に入手することが出来る。

お土産の一つ、小型のひょうたん型キーホルダーは「交通安全」の御守なのだが、中を覗くと赤い着物を身につけたおばあちゃんの図像が浮かび、「天理教」と文字が入っている。
お寺などではよくこのタイプのグッズが売られていて、中を覗くと本尊の姿があったりするのだが、この場合は明らかに「おやさま」中山みきだ。しかし、名前は一切入っていない。
天理教では教祖の肖像を公開していないので、このような非公式グッズがさりげなく店先に並んでいるのだろう。「黙認」というニュアンスが感じられる。

アーケードの最後には天理教道友社の販売店があり、公式書籍やCD、DVDなどは何でも揃っている。資料の価格は安く、求めやすい。

アーケードを抜けると、巨大な和風建築物が目に飛び込んでくる。神社というよりはお寺に近い。京都の両本願寺と雰囲気が似ている。
これは天理教二代真柱・中山正善の「おやさとやかた構想」に沿って、1950年代から建設が進められた宗教都市計画の中心に当たる神殿だ。この神殿を中心に、周囲を囲むようにして学校や図書館、博物館や宿泊施設、医療機関等が広大な敷地内に展開されている。先日お亡くなりになった河合隼雄さんも、天理の医療施設に入院なさっていたようだ。
中山正善は昭和四十二年に没したが、学究肌で優れた組織者だったと言う。天理教の施設や官僚機構を完成させ、戦前戦中の弾圧で改変せざるをえなかった教義の復元に努め、学術的な資料の集積に努めた。天理図書館の豊富な蔵書、天理参考館の貴重な民族資料コレクション、道友社が求めやすい価格で教典や資料を発行している姿勢は、彼の個性が反映されているのだろう。
巨大な組織を作り上げ、維持することが、はたして教祖中山みきの意思に沿うものなのかどうかは、難しい問題だ。
天理教の「おやさとやかた構想」については、以下の書籍に詳細が解説されている。
●「新編新宗教と巨大建築」五十嵐太郎(ちくま学芸文庫)
天理教、金光教、大本教の建築を中心に、様々な新宗教の建築物を教義に沿って詳しく解説してある。最近、ちくま学芸文庫で新編が発行されたが、講談社現代新書の旧版も数年前に発行されたばかりの本なので、まだ探せば見つかるだろう。