亡くなるまでの半年、振り返ってみると父自身は「準備」を進めているような気配もあった。
見舞いに行くと、私がなんとか読める『正信偈』『領解文』『阿弥陀経』以外にも、「日常勤行聖典」(下掲画像右)の中からいくつか読んでおくよう指示があり、『白骨章』を指示された時は、さすがに私でもその意図に気づいた。
その他に指示された『讃仏偈』『重誓偈』は、その時は気づかなかったが、浄土三部経のうちの『無量寿経』からの引用だった。
どちらの偈文も、阿弥陀如来に成仏するはるか以前の法蔵菩薩が、師である世自在王仏に対して詠んだものだ。
法事を私に任せるにあたり、「無量寿経そのものを読むのは荷が重かろう」と、配慮してくれたのかもしれない。
そう言えば父は、一人の勤行ではよく『重誓偈』を唱えていた。
法蔵菩薩が世自在王仏に「四十八誓願」を立てた後、重ねて誓いの心を詠ったものだ。
私は父が唱えるのを隣室などで聞いているだけだったが、なんとなく耳に残っているので、比較的読めそうだ。
あらためて法事について調べる必要から、実家で「仏事勤行聖典」(画像左)を回収した。
普段使いの「日常勤行聖典」だと知りたい内容が足りず、「確かお葬式や法事の時に使う冊子が別にあったな」と、仏間を物色して見つけた。
参考に開いてみると、まず冊子冒頭、法事の始まりに唱えられる『三奉請』が目についた。
『三奉請(さんぶじょう)』
奉請弥陀如来入道場(ぶじょう みだにょらい にゅうどうじょう)散華楽(さんげらく)
奉請釈迦如来入道場(ぶじょう しゃかにょらい にゅうどうじょう)散華楽(さんげらく)
奉請十方如来入道場(ぶじょう じっぽうにょらい にゅうどうじょう)散華楽(さんげらく)
字面を目で追いながら、法事で聞いたことがあるメロディの雰囲気が頭の中で蘇ってきた。
普段はあまり聞けない独特な(ちょっと雅楽ぽい)節で、子供の頃から気になっていたやつだ。
あらためて調べてみると、阿弥陀如来、釈迦如来、その他多くの仏をお迎えする法事のOPらしい。
そういうことだったのか。
今はCDでも動画サイトでも音源は数多く、あらためて調べたり練習するのに助かる。
このように、ぼちぼち内容と意義の理解を進めていきたいと思う。
2024年03月31日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック