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2025年10月12日

旧制高校幻想への挽歌

 当ブログで過去に何度か取り上げてきたが、この一年ほどの間に認識を新たにした点が多々あったので、カテゴリ青春文学で改めて紹介したい本がある。
 北杜夫『どくとるマンボウ青春記』である。

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 中高生の頃の私が繰り返し読んだのは、上掲画像の中公文庫版。
 今現在入手しやすいのは新潮文庫版になるだろう。

●『どくとるマンボウ青春記』北杜夫(新潮文庫)
https://amzn.to/3J6ox68

 記事を書くために、久々に読み返してみた。
 中高生の頃読んだ時は、作中の旧学制のことがよくわかっておらず「えらい大人びた高校生やな」と思っていた。
 実際の旧制高校性は現在の高校生より最低でも二〜三年は年上、二十代前半ぐらいまでの幅の年齢層だったはずなので、そう感じても無理はない。
 一口に「旧制高校気質」といっても半世紀ほどの歴史の中でかなり幅があったようで、北杜夫が体験したのはその末期に近い敗戦直後の数年間。
 戦後の劇的な世相の変化の中、旧制高校の末期の五年間は急激な気質の変化とともにあったようだ。
 狂騒の過ぎた高校後半からは、なんとなく沈んだ日々が続いてような記憶があったが、筆者生来の性格であろうか、最後までどことなく軽みのある滑稽譚は続いた。
 筆者が傾倒したトーマス・マンについての記述を懐かしく読み、『トニオ・クレーゲル』なんかは、自分でもすっかり読んだ気になっていたが、実はまだ読んでいなかったのではないかと四十年越しで気付いた(笑)
 旧制中学から始まった『青春記』の記述は、医学部入学、インターン時代、愛と性に出会い、父・斎藤茂吉の死、最初の長編の完成間際のシーンで終わる。

 中高生の頃から何度となく開いた本で、あの頃の読みはそれはそれで瑞々しいものであったはずだが、「わかる」という意味では一番多くを受け取れた再読だったと思う。
 作中で描かれる北杜夫の青春時代、第二次大戦直後の旧制高校の描写がとにかく懐かしい。
 自分が十代の頃親しんだ描写に再会した懐かしさがあり、また、描かれる旧制高校の風景に対する懐かしさもある。
 70年代生まれの私が、旧制高校そのものを実体験しているわけではない。
 懐かしさの理由は、私の出身の私立中高一貫校にある。
 創立者の園長先生が青春時代を過ごした最末期の旧制高校の校風を再現することを目指した学校だったのだ。
 当時はまだ受験校としては中堅と言ったところで、エリート校と言うほどではなく、その分きつい生徒指導と留年基準で締め上げて合格実績を上げる方針をとっていた。
 その結果、80年代当時ですら時代錯誤な、今から考えると驚きを通り越して失笑してしまうような指導が行われていた。
 漫画『魁!男塾』の連載開始はまさに私の高校生時代だったのだが、あのファンタジックな内容が、仲間内では「あるあるネタ」として盛り上がっていた。
 ずっと後になって北朝鮮のTV番組が日本で紹介されるようになった時には、昔の仲間で飲んでいる時に「あれ見ると、なんか懐かしい気分がするな」と語り合ったりしたものだった。
 ほぼ男子校(女子も少しだけいた)だったので、巷にあふれる青春物語とは無縁で、もっと昔の、それこそ旧制高校時代に青春時代を過ごした作家の文章の方が、かえって共感できた。
 そんな本の代表が『どくとるマンボウ青春記』だったのだ。
 今回の再読でも内容の懐かしさとともに、自分の中高生の頃の記憶も一気に蘇ってきて、本の内容と記憶を重ねつつ読んだ。

 成績別クラス編成で最下位クラスに入った高一の頃のこと。
 地頭は良いが、どこか壊れたメンバーの集まったクラスで、毎日狂的な馬鹿騒ぎを繰り返していたこと。
 当時の友人の部屋に転がり込んで、意味なく時間を過ごしたこと。
 その後学校を去ったその友人と、ずっと後になって再会したことなどなど……
 取り憑かれたような熱狂はいずれ覚める時が来る。
 学年が進み、その熱狂を主導していた友人が一人、二人と去るうちに、魔法のような「場」の空気は消え去っていく。
 楽しくてやがて寂しき、それでも最後はたった一人で先に進まなければならない。
 誰もが通る十代の道筋だ。
 私は高一の時点で勉学の方には見切りをつけ、留年しないようにギリギリの線は保ちながら、もっぱら絵を描いていた。
 受験校だったのだが、学年に一人ずつぐらいは音楽や美術を志望する変わり種が紛れ込んでいて、私もそうした生徒だった。
 所属がほぼ一人だけの美術部で、毎日校舎最上階のすみっこにある小さな部室にこもって、デッサンしたり本を読んだりしていた。
 窓の外を眺めると、夕暮れの山の端に、応援団の歌う「寮歌」がこだましているのが聞こえたりしていた。
 校歌や応援歌も聞こえてきたが、私は断然、寮歌が好きだった。
 寮生ではなく自宅通学の私でも、かつて旧制高校生気質を表現した「バンカラ」という言葉の空気を伝える、哀調を帯びたメロディは魅力的に聞こえた。

 ダン、ダン、ダンダンダン……

 叩きつける大太鼓とともに流れてくる蛮声。
 創立者が自分の母校の寮歌をそのまま引き継いだというその歌は、昔の旧制高校生の大先輩が作詞作曲したものとも伝えられていた。
 エリート候補の中にも、昔から少しわき道にそれてしまう先輩方がいたのだなと、思わず嬉しくなってしまう伝説だった。
 今回再読した『どくとるマンボウ青春記』でも、「どんな音痴でも寮歌だけは歌える」というような内容があった。
 音痴でも歌えるのには、ちゃんと理由があると思う。
 音痴には「リズム音痴」と「音程音痴」があるが、寮歌の場合は力任せに叩きつける大太鼓で、リズムは強制的に補正される。
 また、声を限りの蛮声による合唱なので、こまかいメロディの間違いなどは気にならない。
 結果として、「寮歌なら歌える」という現象がおきるのだ(笑)

 あれからはるかに時が流れた今でも、夕暮れ時になるとなんとなく寮歌を口ずさむことはあったが、久々に『どくとるマンボウ青春記』を再読してからその頻度が上がっている。
 しかし口ずさみながらも、これまでのようにただ懐旧に浸るだけとはいかなくなった2025年の今現在である。
 というのも、この一年ほどカテゴリ教養文庫で読書を続けてきて、日本の旧学制についても認識が深まり、その結果、旧制高校の在り方への総括が、自分の中で出来てきたのだ。

 近代公教育についてあらためて考える二冊

 学力で選抜された若者が大学の専門課程に進む前の三年(最大六年)間に、じっくり外国語や人文系の幅広い教養を身に付け、多くの知的人材を輩出したことは評価されるべきだろう。
 しかし元々社会的に恵まれた層の子弟を、国が更に男尊女卑で優遇したという面は否めず、一応近代教育を装いながらも問題を抱えたままであった。
 現代においては懐古趣味以外の意味を見出すような制度ではないと、はっきり認識したのだ。

 私の中高六年間は旧制高校のミソジニーやホモソーシャル、男尊女卑の坩堝のような状態をそのまま引き継ぎ、有体に言えば、まあろくなものではなかった。
 現代日本で影響力を行使する立場にありながら、社会の進展を阻み続ける私立中高一貫出身者の数々を見るに、その「毒」の部分ははっきりさせておかなければならないと思う。
 そして同様の毒は、今の私自身の中にも残留していると認めざるを得ないのだ。

 では、私の思春期は、何の価値もないただ間違っただけの一時期であったのか?
 それでも輝くなにものかの欠片はあったのか?
 時代を超えて変わらぬ青春の宝とは何か?

 中世の古典作品は現代の眼で見れば迷信まみれで、その点からだけ見れば「過去の遺物」でしかないが、そうした時代性は認識しつつもなお読む価値がある。
 同様の切り分けは、昭和の青春物語や自分の思春期でも可能ではないか?
 久々に私の「青春文学」の原点を味わいつつ、今後も自分に問うていくことが、人生の残り時間の課題である。
posted by 九郎 at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 青春文学 | 更新情報をチェックする
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