日本古典の中でも幅広い層に親しまれてきたのが中世説話集で、その代表といえば、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』があげられるだろう。
このカテゴリ中世物語では、『今昔物語集』収録のエピソードについて少し紹介してきた。
最近『今昔物語集』とも共通するエピソードがある『宇治拾遺物語』を、ビギナーズ・クラシックスで読み返してみたのでメモしておこう。
●『宇治拾遺物語』(角川ソフィア文庫ビギナーズ・クラシックス
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謎めいた序文とその解説から入っていて、大人になってからだとこういう所が非常に面白く感じる。
説話そのものと同時に、「どのような意図のもと説話集を編んだのか?」ということに対する興味も出てくるのだ。
一筋縄ではいかない雰囲気を感じつつ、ピックアップされた各エピソードの世界へと入っていく。
イメージ的に「説話」というと教訓話、説教話のような先入観を持ちがちだが、収録作を実際読んでみると、言うほど説教ぽくはない。
むしろ、何らかの意味を読み取ることをはぐらかされるようなエピソードが多く、内容を表現するならやはり「怪異譚集」あたりが相応しい。
こういう本は読むタイミングによって心に響くエピソードが変動するだろう。
有名な「こぶとり爺さん」、「他人の吉夢を手に入れる」等の昔話、芥が龍之介の再話、「羅刹国」「纐纈城」等の伝奇、サブカルチャーの元ネタになった有名エピソードも勿論面白いが、今回はもう少し地味ながら人間の心の機微が垣間見えるようなエピソードが面白く感じた。
●八八話「賀茂の社から米と紙を頂いた話」
凡庸で貧しい比叡山の僧が寺社で夢告を得ようとするが、あちこちでたらい回しにされる。
それでも粘って参籠していると、最後にほんのささやかなアイテムを得る。
その結果、「いと別にきらきらしからねど、いとたのしき法師になりてぞありける。なほ、心長く、物詣ではすべきなり」というような功徳を得る。
浅学非才の身としては、しみじみと「かくありたし」と思えるエピソードだ。
●一二五話「保輔が盗人だった話」
殺人に禁忌を持たない異常者を、もしかしたら権力者が飼っていて、好きにやらせつつ利用しているのではないかと匂わせる不気味なエピソード。
こうしたエピソードをわざわざ収録した編者の意図を、色々想像してしまう。
●一六九話「念仏僧が魔往生した話」
類話がいくつかある、熱心な信仰者が魔にばかされるエピソードだが、こちらの僧はついに正気に返らず、狂死する。
こういう恐ろしいエピソードを読むにつけ、SNSで素人相手に導師を気取るスピリチュアル界隈など、末路は悲惨であろうと思う。
タイトルの「魔往生」というのはパワーワードで、自分が達成した往生が紛い物であることに気づかないまま、すっかり仏になったつもりで、救済しているつもりで、これはという修行者を巡回する魔物というのもいそうである。
●一九四話「仁戒承認が極楽往生した話」
真正の往生譚も収録されている。
紛い物との違いを端的に表現するのは難しいが、やはり「虚栄心」や「自己顕示欲」あたりが転落の契機になっていそうだ。
自分に起こった奇瑞の類が「俗なイメージ通り」だと、かえって疑ってかかった方が良い。
●一八四話「御堂関白の飼い犬の超能力の話」
道長、晴明、道摩法師が登場し、術比べをする有名エピソードで、超能力犬も登場し、後のサブカルでも幾度となく引用されている。
一般には「田舎の怪しい民間陰陽師を、宮廷お抱えの晴明が退治した」というイメージになると思うが、陰陽道に関しては大陸からの文化が瀬戸内海を通ってくる道筋の播磨や吉備の方が本場だった。
そうした実力派の術者に対抗できるのは、都では晴明ぐらいのものだったのだろう。
●一九七話「盗跖と孔子とが問答した話」
孔子が有名な悪人を諭そうとして、とりつくしまもなく追い返されるエピソード。
説話と言いながら、微妙に道徳律がすかされることの多い『宇治拾遺物語』のラストとしては、むしろふさわしい。
全一九七話から厳選した三四話で構成された、とても良いダイジェストだった。
集められた説話の数々はどれも「一筋縄ではいかない」筋立てで、かなり目が肥えた読み手、聞き手を想定しているのではないだろうか。
編まれた時点での、物語受容層の成熟が感じられる物語集だった。
2025年11月30日
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