●『逃げ続けたら世界一周してしまいました』白石あづさ(岩波ジュニア新書)
https://amzn.to/3MQD1IJ
たとえば本書がそうで、タイトルと著者自身によるカバーイラストを見ただけで、もう面白いのが確定しているように感じ、今年9月の刊行早々に入手して読んだ。
本書は90年代、二十代後半の筆者が「会社から逃げて3年間で世界一周」した顛末が紹介されている。
私と近い世代であるらしく、最終第三章で語られる成育歴の回想には親近感を覚えた。
やたらと子供が多い世代の真っ只中、まわりとあまり馴染めない幼少期から小中学生の「サバイバル」期間を経て、高校で美術系志望に流れ込み、なんとか実技試験をパスして大学に入り、在学中にバブルがはじけて社会人になるのに苦労し、登山等に「逃げ」ていた二十代にかけて。
私の場合は幸か不幸かそこから「逃げて世界一周」というハイレベルな方向には進まず、せいぜい熊野や沖縄に行ったり、日本の聖地巡りをしたり、ひたすら読書を続けたりという程度だったが、読んでいて共感しかなかった。
筆者御自身を直接知っているわけではないけれども、似たタイプの友人知己の顔がいくつも浮かぶし、もしかしたら「知り合いの知り合い」ぐらいの距離感にあっても不思議はない。
今もあちこち旅している古い友人の話を聞くような、楽しい読書体験になった。
とくに幼少期から中学生ぐらいにかけて、人は置かれた自分の境遇が「世界のすべて」であるかのように感じがちだ。
掌のスマホは本来世界中と繋がれるはずなのに、目に入ってくる情報は限りなく狭く、等質になってくる。
しかし、現実の世界は広く多面的で、価値観の物差しは無数にある。
まず地理条件からくる気候の違いは、人の心に極めて大きく影響し、歴史も民族性も左右する。
寒い地域と暑い地域では食料備蓄についての考え方が真逆になり、当然ながら生活信条も正反対になる。
交易で成り立つイスラム圏の砂漠地帯では、「違いを尊重しつつ客人をもてなす」ことは、それこそ生きる上で「お互い様」の作法なのだろう。
本書でも取り上げられているカストロ独裁時代のキューバの独自性は、温暖な気候無しには語れない。
政治体制はどうあれ、庶民の一人一人はだいたいにおいて親切で、困った人がいれば助けの手を差し伸べるのは世界共通だ。
本書で紹介されているのは筆者が旅したうちのほんの一部であろう。
日本国内で、とくにSNS中心に排外主義の勃興する2025年の現時点で取り上げることに意味がある地域も、いくつか見受けられた。
経済政策の失敗により、円の価値がダダ下がりの現在、若い人たちが実際に海外を旅するハードルは極めて高くなっている。
老いも若きも狭苦しい日常に押し込められ、SNSというエコーチェンバーの牢獄で視野狭窄に嵌めこまれ、排外主義を煽られて、世界の広さを実感できなくなっている今、まさに読まれるべき本だと感じた。
語り口は楽天的・明朗に描かれているが、実際の苦労を感じさせないのが筆者の持ち味なのだろう。
この本を読んだ若い皆さんには、ぜひ旅に出てほしい。
経済的に海外が難しいなら、国内でも良い。
今住んでいるところと気候が違う地域なら、様々な刺激を受け、価値観の違いを実感できるだろう。
気楽に逃げろ、若者!
