以下に紹介する伝説が、霊感由来のものなのか、何らかの伝承によるものなのかは未確認だが、非常に面白いイメージだ。

(霊界物語第33巻 第二六章「若の浦」より抜粋)
(前略)
若の浦は昔は豊見の浦といつた。国玉別命が球の玉を捧じ、樟樹鬱蒼として茂れる和田中の一つ島に稚姫君命の御霊を球の玉に取りかけ斎祀つてより、豊見の浦はここに若の浦と改称する事となつたのである。此の島を玉留島と名づけられた。
玉留といふ意義は玉を固く地中に埋め、其上に神社を建てて永久に守るといふ意味である。今は此玉留島は陸続きとなつて、玉津島と改称されてゐる。
此辺りは非常に巨大なる杉の木や楠が大地一面に繁茂してゐた。太い楠になると、幹の周囲百丈余りも廻つたのがあつた。杉も亦三十丈、五十丈の幹の周囲を有するものは数限りもなく生えてゐた。自転倒島に於て最も巨大なる樹木の繁茂せし国なれば、神代より木の国と称へられてゐたのである。
大屋比古の神などは此大木の股よりお生れになつたといふ事である。また木股の神といふ神代の神も大木の精より現れた神人である。
近代は余り大木は少くなつたが、太古は非常に巨大なる樹木が木の国のみならず、各地にも沢山に生えてゐたものである。植物の繊維が醗酵作用によつて虫を生じ、其の虫は孵化して甲虫の如き甲虫族を発生する如く、古は大木の繊維により風水火の醗酵作用によつて、人が生れ出た事も珍しくない。又猿などは随分沢山に発生したものである。
天狗を木精といふのは木の魂といふ事であつて樹木の精魂より発生する一種の動物である。天狗は人体に似たのもあり、或は鳥族に似たのもある。近代に至つても巨大なる樹木は之を此天狗の止まり木と称へられ地方によつては非常に恐れられてゐる所もある。現代に於ても大森林の大樹には天狗の種類が可なり沢山に発生しつつあるのである。
斯の如き事を口述する時は、現代の理学者や植物学者は、痴人の夢物語と一笑に付して顧みないであらうが、併し天地の間はすべて不可思議なものである。到底今日の所謂文明人士の智嚢では神の霊能力は分るものではない事を断言しておく。
(以下略)