2011年10月24日

子供時代の妄想2

 前回の「蝙蝠の卵」は小学生低学年ごろの記憶だと思うが、今回はもっと小さい頃、おそらく幼稚園児の頃の妄想記憶である。

●ジャンボジェット機は引退すると新幹線になると思っていた。

 このネタがそのまま理解してもらえるか、補足説明が必要であるかで、読み手の世代が分かりそうだ。
 私が子供の頃、「新幹線」と言えば何といっても0系ひかり号だった。
 ジャンボジェット機そっくりの顔立ちで、普通の電車を超える「超特急」だったことから、子どもなりに「飛ぶのに疲れた飛行機は、羽根を外して新幹線になる」と妄想していたらしい。
 実際は大きさが全く違うのだが、そこは子供の限界。
 
 現在、0系新幹線はもう完全引退したのだったっけ?
 あのジェット機のような風貌は、200系あたりに受け継がれているが、あれはちょっと人相が悪いからなあ……
 300系のシンプルな顔立ちや、500系のシャープな顔立ちに思い入れがある年代もあるだろうし、今の子供は「新幹線」と言えば、700系のカモノハシっぽい顔を思い浮かべるだろう。


 そう言えば、プラレールアドバンスという玩具が発売されたそうで、ちょっと気になっていた。



 プラレールのあの青いレールがそのまま複線レールとして使用でき、通常のプラレールよりも小さくて精密な車両が走行させられるという。
 発想はすごくいい。
 かなり期待してamazonのレビューをのぞいてみると、酷く評判が悪い。
 子供のおもちゃとしては脱線し易すぎるということだ。
 コンセプトとしては面白いので、今後タカラトミーの技術力を結集して改良に取り組み、軌道に乗せてほしいシリーズだ。
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2013年04月22日

おじいちゃんの弁当箱は

「おじいちゃんの弁当箱は、でかい水筒みたいやな」

 子供の頃、祖父母の家に行ったとき、大工だった祖父の弁当を用意している祖母の様子を見ながら、私はそんな風に考えていた。
 黒い大きな水筒のような容れ物に、ご飯やおかずを順番にいれていき、味噌汁まで収納されるのに驚いた。
 もうはるか昔のことなのだが、たぶん保温ランチジャーの類だったのではないかと思う。
 今でも当時の映像が浮かぶのは、自分のものとはまったく違うタイプの弁当箱を、子供心によほど興味を持って眺めていたのだろう。
 
 それからずっと時は流れ、大人になってからホームセンターに頻繁に出入りするようになって、ふと弁当箱や水筒が並んでいるエリアを通りかかったとき、いつもちらちら気になっていたのが、保温ランチジャーだった。
「ああ、おじいちゃんが使ってたのはこういうやつか……」
 ちょっと手にとってみたりするものの、あいにくゴツい弁当箱を日常的に使用する環境になかったので、興味はあるものの購入するには至らず。
 そんな状態がず〜〜〜っと長く続いていた。

 ところが今年度に入って、スケジュールの関係で、週一回だけだが弁当が必要な曜日ができた。
 今後一年間は同様のスケジュールが続く予定。

 まず考えたのは、弁当箱のこと。

 あれ、買っちゃうか?
 買うんだったらこのタイミングしかないよな……

 で、買ってしまった。


●THERMOS ステンレスランチジャー ダークネイビー JBC-800 DNVY

 肉体労働ではなく、もう若くもないので、ホームセンターで見かけるようなガツンとしたサイズはやめておく。
 腰痛持ちでもあるので、なるべく軽量なものがよいということもある。
 円筒形にこだわらなければ、保温弁当箱にも様々な形態が有り、容量も選びやすいのだが、私の場合は「昔おじいちゃんが使ってたみたいなやつ」というなんとなくの希望がある。
 総じて円筒形はゴツいのが多く、ちょうどのものがなかなか見つからなかったのだが、やや小さめのものがamazonで見つかったので購入。
 先週使用してみたところ、朝入れた味噌汁が熱々のまま昼前まで保温されており、美味しく昼食をとることができた。
 保温容器に下からスープ容器、ごはん容器、おかず容器を重ねて、熱いスープの温度を利用してごはんも保温する構造になっている。
 ごはん容器はちょうどお茶碗いっぱい分、スープ容器はマグカップ程度、おかず容器はごく軽め。
 たとえば中高生〜二十代男子だったらこれではまったく分量が足りないと思うが、弁当屋の普通盛り弁当くらいの量は十分入るので、今の私には十分だった。
 2000円前後の販売価格だったら「買い」だと思う。

 週一回、弁当が楽しみになった。
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2013年07月26日

プラモは身を助く

 ガンプラ世代であり、かつてプラモ少年であったことは、何度か書いてきた。
 小中学生の頃、現在に比べて製品としてはまだまだ未発達なプラモを作りこんできたおかげで、造形や塗装の基本技術を一通り体験することができたのは幸いだった。
 今の私はしがない絵かきのハシクレであるけれども、なんとか生存できているのは、子供の頃に身につけたいくつかの「芸」のおかげである。

 学生時代、それなりに訓練したデッサン技術。
 受験技術、学習指導。
 プラモで身につけた造形に関する知識、技術。

 このあたりの延長線上で、なんとかしのいでいる。

 ただ、プラモに関して言えば、少年時代行以降、あまり本格的には続けてこなかった。
 私の持つ模型技術はせいぜい二十年前くらいのもので、かなりクラシックな部類に入るだろう。
 最近またちょっとプラモへの興味が再燃してきているので、今の技術がどんなものなのか知りたくなった。
 ちょうど、模型月刊誌にDVD付きの特集があったので、購入。


●「月刊アーマーモデリング」2013年8月号

 ほんの少しお付き合いのある山口まさかず監督も、作例や映像監督として参加なさっている。
 付録DVDはダイジェスト版だが、すぐにでも参考にできそうなちょっとした技も、けっこうあって興味深かった。
 私の知らない間に、便利な道具も増えているようだ。
 造形技術はつまるところ、いかに適切に道具を使いこなすかということに尽きるので、参考になる。

 ただそれはそれとして、私がかつて憧れていた松本州平先生のように、「無改造、筆塗りのみ」という枠内での技術研鑽も、今も変わらず価値があると思うのだ。
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2014年05月07日

玄関のバケツ

 特設ブログで児童文学作品を連載している。
 実際に執筆したのはもうかなり前になるが、挿絵を描くために読み返していると、当時の気分がよみがえってくる。
 小学生が主人公の物語を書き続けていると、当然ながら自分が小学生の頃の記憶がよみがえってくる。
 すっかり忘れていたあれこれが、リアルな情景として脳裏に映し出される。
 そんな心の状態が、今また再現されている。

 小学生の頃の私は、よく無意味なマイブームにとらわれていた。
 低学年のある時期ハマっていたのが、カナへビを捕まえること。
 当時住んでいた家の近くには何ヵ所か建築資材置き場があった。その中のひとつに屋根瓦が積み上げられた一画があり、そこにはおびただしい数のカナへビがいた。
 カナへビというのはトカゲの一種。
 普通のトカゲより茶色っぽく乾いた皮膚感で、尻尾がものすごく長い。
 私は両生類的なぬめっとした皮膚感は苦手だったので、普通のトカゲはちょっと似た感じの光沢があって触る気がしなかったのだが、乾いた感じのするカナへビはわりと平気で捕まえていた。
 私が「猟場」にしていた瓦置き場は、それはもう半端じゃないほどウジャウジャいて、散らばっている石や瓦をひっくり返すと必ず大小おりまぜたカナへビが逃げまどった。
 それを捕まえては持参したポリバケツに放り込んで行く。
 捕ってどうする、という目的は一切ない。
 ただ目の前のカナへビを根こそぎ捕り尽くすことそれ自体が目的になっている。
 ある日私は、どこまで捕れるか極めてみたい気分になって、たった一人、小一時間ほどかけて捕りまくった。
 ポリバケツの中には、底が埋まるほどのカナへビが溜まり、ワサワサとうごめいていた。
 そのままではバケツの内側を駈け上ったカナへビが脱出するので、放り込む時以外は蓋をしている。
 蓋をしていても、中からわずかにカナへビたちのもがく「サササササ」というような音が聞こえてくる。
 なんとなく私はその音を聴きながら、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に出てくるような地獄の様子を想像している。

 普段なら狩猟本能が十分に満たされた時点でバケツをひっくり返し、一斉に逃げ去っていくカナへビたちの姿を眺めてカタルシスを味わい、完結する。
 しかしその日の私は常になく溜まったカナへビを「もったいない」と思ってしまい、血迷って蓋を閉めたままのバケツごと家にもって帰ってしまった。
 さすがに室内には持ち込まなかったが、玄関先にバケツは放置され、次の遊びに移行した私は速やかにそのバケツのことは忘れ去った。

 ところで当時、私の家は両親が共働きだったので、まだ低学年の私と弟の面倒を見るために、母方のおばあちゃんが午後の時間帯は来てくれていた。
 その日、おばあちゃんがうちに到着すると、玄関先に意味ありげに蓋を閉めたポリバケツが置いてある。
 中からはわずかに「サササササ」という音も聞こえる。

kanahebi01.jpg


 そしておばあちゃんは、その蓋を開けてしまった。



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2015年07月28日

猿との決着

 多忙に付き、ちょっと更新が滞っている。
 つなぎにくだらない雑談を。

 猿とはいずれ決着をつけなければいけないと、常々考えている。
 子供の頃、猿に泣かされたことがあるのだ。

 野生のニホンザルの群れがいる山に、見物に行ったときのこと。
 餌場では安全のため人間の方が檻に入る仕組みになっていて、子供心に面白かったのを覚えている。
 檻の中には豆の自動販売機があって、外に群れている猿に檻の隙間から餌をやることができた。
 小学生の私は近くに寄ってきた子猿が可愛くて、その子ばかり贔屓して豆を与えていた。
 私の依怙贔屓に腹を立てたのが、すぐ近くにいた大人の猿だ。
 歯を剥き出してキーキー言いながら、突然フェンスの隙間から手を伸ばし、しゃがんでいた私の髪の毛をつかんで引っ張り回した。
 痛さというよりは驚きと恐怖で、私は不覚にも泣いてしまった。

 あれからン十年。
 いつか復讐してやると誓ったものの、いまだ果たしていない。
 たまに思い出しては、どのように決着を付けてやろうかと、あれこれ妄想する。
 私は執念深いのだ(笑)
 そもそも、当の猿はもうとっくに死んでいるだろう。
 長生きしたものが勝ちという尺度なら、私は既にリベンジを果たしていることになる。
 しかし、まだまだそこまで成熟、達観した精神は持てていない。
 いい年こいて、私の精神はいまだ猿並みである。
 記憶の中の猿と同程度の大きさの個体と、一対一で相対して猿を圧倒することができば、猿並みの私の復讐心は一応癒されるだろう。
 ただ、本当に闘ってしまったら、猿には到底敵わない。
 人間の戦闘能力は野生生物とは全く比較にならない。
 たとえ武術の達人であっても、技術や身体能力で猿を制圧することは不可能だ。
 できることは、見た目の体格差でビビらせて相手を逃走に追い込むことだけだろう。

 勝利のヒントは、以前大道芸で見かけた猿回しの人の、猿の叱り方にある。
 叱られて逆ギレした猿が、歯を剥き出して反抗すると、若い芸人さんが、

「猿みたいな顔すな!」

 と大声で怒鳴り付けながら、手近なもので地面を叩いて大きな音を立て、制圧していた。
 ポイントは猿を圧倒する気迫と、大きな物音だろう。
 
 いずれ決着を付けに、あの山へ行く。
posted by 九郎 at 06:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする