2018年05月10日

天下一のペーパーナイフ

 GWに実家に帰った。
 実家に帰ると、なんだかんだと昔のものが出てくるものだ。
 今回の帰省でも、押し入れという名のマウンテンサイクルから、いくつかの黒歴史が発掘された。
 そのうちの一つをご紹介。
 まずはブツの写真から。

gen2018-01.jpg

 うちはごく普通の一般家庭なので、これは別に土蔵から出てきた古刀でも、裏山からの出土品でもない。
 大きさが分かりやすいように、カッターナイフを比較対象に置いてみる。

gen2018-02.jpg

 こんな風に、ごく小さいものだ。

 そろそろ正体を明かすと、昔私が作ったものである。
 古いものに接すると、古い記憶が色々蘇ってくる……

 小学校低学年の頃、私は忍者になりたかった。
 当時はまだ忍者マンガやアニメの流行の名残りで、「サスケ」や「カムイ外伝」の再放送が度々あった。
 私の忍者好きは、多分その影響だったはずだ。
 高学年になると、さすがに「今は忍者はいないらしい」と分かってくるので、「やりたいこと」や「なりたいもの」にも、現実とのすり合わせが行われる。
 剣道を習いはじめたのが、ちょうどその頃だった。

 そして同じ頃、「刀鍛冶になりたい」と思っていた。
 これは国語の教科書に載っていた「天下一の鎌」という物語の影響だったはずだ。
 ポケットナイフの「肥後守」が普及していた時代なので、彫刻刀に付属した小さな砥石でそれを研ぐことから、私の「刀鍛冶ごっこ」は始まった。
 ある程度研げるようになると、今度は「刀を打つ」という行為もしてみたくなる。
 さっそく近所の鉄工所の屑鉄入れから、手ごろな鉄板や鉄棒をくすねてくる。
 鉄板を下敷きに、鉄棒を金づちで打って形を整える。

 カツーン、カツーン、カツーン……

 ふう、と汗をぬぐいながら鉄棒を打ち続ける小学生の私。
 火遊びはいけないので、さすがに焼きは入れなかったはずだが、気分は完全に刀匠である。

 形がそれっぽくなったら、例によって砥石で表面を整える。
 今回紹介しているのは、たぶんそうした「刀鍛冶ごっこ」の遺留品の一つだと思う。
 今は見る影もなく錆が浮いているが、あの頃はペーパーナイフ程度には切れていた。
 拾ってきた鉄棒が実際に切れるようになるのが嬉しくて仕方がなかった。

 子供の頃の私が刃物作りにこだわったのは、今思うと母方の祖父の影響もあっただろう。
 このカテゴリ原風景でも度々紹介してきた、大工で木彫りが好きだったおじいちゃんである。
 おじいちゃんは木を加工するだけでなく、そのための彫刻刀まで各種自作してしまう人だったのだ。

 私は小さい頃からよくおじいちゃんの真似をしていたのだ。

 記憶の底4
 奇妙な記憶3
 ヌートリア
 おじいちゃんの弁当箱は
posted by 九郎 at 21:13| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

ナイフみたいにとがっては

 実家の押し入れから発掘されたブツの続報。

 前回記事:天下一のペーパーナイフ

gen2018-01.jpg


 刀鍛冶にあこがれていた小学生の頃、近所の鉄工所の屑鉄入れから拾ってきた鉄棒から打ち出した、小さな「刀」である。
 当時は磨き上げていたのだが、長い年月を経て再会してみると、見る影もなく錆びついていた。

 せっかくだから空き時間に錆をとり、ついでに当時は成形していなかった「切先」も削り出してみた。

gen2018-03.jpg


 小学生の頃と同様、手持ちのやすりと彫刻刀砥石、耐水ペーパー等で磨き上げていると、また色々記憶がよみがえってきた。

 打ち上げた「刀」を熱心に砥ぎ上げる小学生の私。
 水をくぐらせ、水分をふき取ってから光にかざし、仕上がり具合を確かめつつ、飽きずに延々と砥ぎ続ける。

 刀の反りがけっこうリアルで、思い込みの強い子供の「狂気」を感じる。
 確か当時習っていた剣道で使用する木刀を参考にしていたはずだ。
 磨けば磨くほど怪しく光る刀身に、没入しきっていた。

 遊びの範疇で済んで本当に良かった……


 念のために確認しておくと、ごく小さなもので、切れ味もペーパーナイフ程度。
 コピー用紙一枚分が切れるくらいなので、法令に違反するようなものではないはずだ(笑)

gen2018-04.jpg
posted by 九郎 at 21:10| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする

2019年11月02日

原風景スケッチ1

 写真整理をしていたら、私が幼児期を過ごした母方祖父母宅の周辺の写真がいくつか見つかった。
 この写真自体はずっと後になってからのもののはずだが、記憶の中の風景とさほど相違点はない。
 見ながら手を動かしてたらそこそこ描けてしまったので、「原風景スケッチ」ぼちぼち開始!

 今回は祖父母宅の近所の御堂から何枚かご紹介。

gens-01.jpg


 御堂は普段閉じられていたが、軒先から廊下あたりは私たち子供の遊び場になっていた。
 高床の下にもぐり込むのはご法度ながら、ダメと言われていることほど楽しいもの(笑)
 ホコリと蜘蛛の巣だらけになりながら、アリジゴク観察などに興じていた。

gens-04.jpg


 御堂の下手脇の石段。
 沈下や崩落、コンクリート補修等を繰り返して、私が幼い頃にはもうかなりフクザツなことになっていた(笑)
 高さ1m強ほどの小さな石段だが起伏が面白く、小さい頃の私は飽きずに登り下りを楽しんでいた覚えがある。

gens-02.jpg


 その石段をのぼり、観音堂の裏手への出口付近には、崩れた古い石塔が積み上げてある一角。
 さらに裏手の墓場とともに「危ないから遊んだらあかん」と言われていたが、不思議な雰囲気が大好きな場所だった。

gens-03.jpg


(ぼちぼち続く)
posted by 九郎 at 18:03| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

原風景スケッチ2

 御堂へのぼる、「参道」というほどではない細い道。
 幼児の頃の記憶の中では高い石段だったが、写真で見ると低い(笑)
 下には集会所と自動公園があり、確か盆踊りなども行われていた。

gens-05.jpg


 祖父母宅のあった村の風景を川越しに。
 古墳のような小山を背に、民家や観音堂や墓場が点在。

 まだまだ不要な線が多い。
 もっとすっきり描けるはず。

gens-06.jpg


 川越しに別アングルから。
 幼児の頃の私は、父母が共働きだったので、平日は毎朝この橋を渡って祖父母宅に通い、日中を過ごしていた。

 最初は川に直接アクセスできていて、カニやザリガニをとったり、アヒルが歩き回っていたような、かすかな記憶がある。
 しかしちょうどその頃護岸工事や橋の改修があり、安全とひきかえに川では遊べなくなった。
 
gens-07.jpg


 祖父母宅周辺をやや鳥瞰で。
 断片的な写真と記憶を頼りに描いているので、細部や広さの比率は各所で違っていると思うが、配置や道のつながりはほぼ合っているはず。

 右上が祖父母宅。
 左上の観音堂へ向かって、川と平行に上下三本の道。

gens-08.jpg


(ぼちぼち続く)
posted by 九郎 at 14:04| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする