2012年11月28日

だから季節の変わり目には注意せなあかんがな!

 二日前、軽くやってしまった。
 ぎっくり腰である。
 身動き一つ取れないほどの重篤さは無く、一応仕事はできる状態だが、体勢を変えると痛みがあり、前屈姿勢がとれない。
 二日前の夜、寝ぼけたまま不用意にものを持ち上げようとしてやってしまった。
 それでも瞬間的に「あ、ヤバい!」と気づいて姿勢を変え、最悪の事態は回避することができたのは不幸中の幸い。
 最近、夜から朝にかけて急激に冷え込むことがあり、そう言えば数日前に布団をはねたまま腰を冷やしてしまったことがあったのを思い出した。
 おそらく、遠因はそれである。

 二週間前には数日間続く腹痛があった。
 私にとっては腰痛とともにおなじみの症状だが、こちらも痛みが出る少し前から違和感を感じて食べ物に気を付けていたので、最悪の事態は回避できた。

 一応、対処できるようにはなってきているか。
 ここからさらに一歩進んで、症状自体が出ないように意識化できれば万全。
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2013年02月10日

花粉と例の微粒子の関係

 数日前から微妙に目に違和感がある。
 ちょっと眼球がゴロゴロするような、乾燥に似た感覚。
 経験的には、花粉症の出はじめと酷似した症状だと思うのだが、やや時期が早い。
 私の場合、毎年三月に入ったらドカンと一気に花粉症が始まることが多い。
 ここしばらくとくに気温の高い日が続いたということもない。
 別に花粉症であってもかまわないのだが、ちょっと思い当たるのは、最近盛んに報道されている中国由来の例の微粒子のことである。

 これも経験的に、花粉症と空気の清濁には相関関係があると思っている。
 私が普段暮らしている地域は、都市部ではあるけれども海山が近く、さほど空気は悪くない。
 そこから仕事等で大都市部に移動すると、花粉の季節なら覿面に症状が悪化するのだ。
 症状の原因が「花粉だけ」であるならば、むしろ山に近い居住地域の方が悪化しそうなものなのだが、例年なぜかそうはならない。
 剥き出しの「土」の少ない大都市部の方が、空気中に舞った花粉がいつまでも地面に吸収されずに舞い続けているということもあるかもしれないが、他の汚染物質と相乗効果で症状が悪化しているのではないかという直感の方が、私にとってはリアリティがある。
 
 もしかしたら、半月以上も早く出始めた花粉症っぽいこの症状と、例の微粒子の間にも何か関係があるのではないかと妄想してしまう。
 そんな今日この頃。
 
 そろそろビタミンCの摂取量を増やすか。
 風邪対策にもなるしな……
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2013年03月31日

健康法は縁のもの

 例年の私より少々早く、2月半ばから始まった今年の花粉症。
 それでも2月中はかなり軽めの症状だったのだが、3月に入ってからはいつものように「ドカン」という感じでキツくなってきた。
 今年の花粉症、けっこう凄い。
 これまで私史上最悪は2年前の春だったが、それに迫る体感である。
 3月中旬がかなりきつかったのだが、下旬になってややマシになってきた。
 GW前に症状が収束するまであと一ヶ月。まだまだ道半ばか……

 花粉症も人によって様々、私の場合は目の痒みが主な悩みになる。
 眼球とまぶたの周辺が全体に粉っぽく、たまらずこすると余計にひどくなる。
 目をこするのが度重なると、まぶたが破れそうになり、眼はひどく充血。
「あ"〜〜〜たまらん! 眼玉取り出してジャブジャブ水で洗いて〜〜〜!」
 ということになる。
 90年代中盤から私のそうした症状は酷くなってきて、2000年頃にVC健康法が花粉対策になることに気づくまでの数年間は、3〜4月が怖かった。
 現在は春が来る前にVC原末を500g単位でドンッと買い込み、症状が始まるとともに水に溶かして摂取するようになってからは、一応症状は抑えられている。
 このことについては、何度か記事にしてきた。
 何度も記事にしてきたのではあるけれども、「これぞ花粉症対策の決定版!」として万人向けにVC摂取をお勧めしているわけではない。
 体質は人それぞれ、花粉症も人それぞれなので、たまたま私にはVC摂取が合っていたということだと思っており、「こういう方法もあるよ」ということが、縁ある人の目に触れる程度で良いと考えている。
 健康法は縁のもの。
 人の数だけ答えがあり、「万人向けのたった一つの正解」は存在しない。
 各自それぞれに身体との対話をしながら、あれこれ試してみるのが一番だし、それ以外に適切な方法などないのだ。

 そういえば、最近書店を覗いてみると、若杉友子さんの著書が何冊も平積みになっていて驚愕した。
 いつの間に、こんなことに……
 若杉さんは現在京都府の山間部に在住し、玄米食や野草料理を中心とし、肉食を避ける健康法を紹介している元気なおばあちゃんだ。
 冷え性や不妊、アレルギーや癌等に効果があるとする内容は多くの著書で共通しているのだが、たとえば、こんな本がある。
 

●「これを食べれば医者はいらない」若杉友子(祥伝社)

 私は確か5、6年前に、現地の会合に参加してお話を聴いたり、料理をいただいたりしたことがある。
 もともと私は和食党で、玄米や雑穀もまったくOKなたちなので、実に美味しくいただいた。 
 現代の食の問題点に関するお話も非常に興味深くお聞きしたのだが、正直、ご著書が平積みになるとは予想できなかった。
 というのも、若杉さんの勧める自然食はかなりハードコアなもので、普通の都市生活者の場合、そのまま実行することはまず不可能であると思われたからだ。
 加えて著書の中で語られる現代の食生活や医療に対する批判も「激烈」と言ってよいトーンで、失礼ながら「興味深いけどあまり一般向けじゃないかな」という感想を持っていた。

 若杉さんの著書に限らず、現代の食や医療に対する批判意見を受け取る場合、ちょっと注意すべき点があると思っている。
 基本認識として、世界に冠たる長寿国現代ニッポンを作ったのは、戦後の「和食をベースに洋食(肉食)を取り入れた食事」と「近代医療」であったということは、大前提としなければならない。
 現代の食や医療に全く問題がないということではない。
 問題は山ほどある。
 しかしそれでもなお、半ば西欧化された和食と近代医療・国民皆保険が、乳幼児死亡率を大幅に減らし、昔よりはるかに中高年層を増やし、平均寿命を伸ばしてきたことは間違いない。
 現代日本の食と医療は、様々な体質を持つ多数の日本人の健康に対して、「平均点」がものすごく高いのだ。
 様々な批判は、この大前提のもとになされなければならない。

 ただ、統計上の「平均値」ではなく個人別に考えれば、体質は人それぞれであるし、行き過ぎた食の西欧化は日本人には合わないことが多々ある。
 だから健康状態に問題を抱える人々の中には、たとえば若杉友子さんの著書に「救われた」と感じるケースも多々あるだろうし、それはそれで意義のあることだと思う。
 若杉さんの説くライフスタイルや食の在り方が日本の中で一定数支持されることは、大切な地方の里山の存続のためにもプラスに働くだろう。

 繰り返しになるが、健康法は「縁」のものだ。
 人の数だけ正解はある。
 自分の身体と静かに対話しながら、仕入れた情報の中から一手でも二手でも、自分のライフスタイルの中で無理なく実行できるものについて取り入れていけばいい。
 読んだ本について、「こうでなければならない」とあまり生真面目に思い込み、無理に実行しようとして日々の生活に疲れてしまうようなのは避けた方が良いと思う。
posted by 九郎 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする

2013年04月26日

視力検査で「技」を使ってはいけません

 数日前から、両目の上下まぶたが腫れている。
 はじめは、だいぶ落ち着いてきた花粉症が、気温が低めの日が続いたためにぶり返したのかと思っていたのだが、普段の二重まぶたが完全な一重になった時点で「ちょっとおかしい」と気づいた。
 いわゆる「お岩さん状態」ほどにはなっていないのだが、周囲の人に声をかけられる程度にははれぼったくなっている。
 市販の目薬をさすと少しマシになったが、翌朝起きるとまた腫れていたので、久々に目医者に行った。
 前回いつ行ったのか思い出せないくらい久しぶりの眼科である。
 久しぶりではあるのだが、眼科は私にとって一番受診した回数の多い医者でもある。

 幼い頃、弱視だった。
 三歳ぐらいのとき、TVを見ていた私の視線に違和感を持った親が、目医者に連れて行ったことでわかった。
 とくに右目が弱いことがわかり、それ以来十年近く眼鏡をかけていた。
 幼児の頃は週に何度も目医者に行って、検査や矯正を繰り返していた。
 その甲斐あって、小学校高学年になる頃には、左右アンバランスながらほぼ問題ない視力になり、中高生の頃にはむしろ目の良い部類に入っていた。
 高校生の時の視力検査では右1.5、左2.0になっていたし、20代の頃バイトで図面を引いていた時は、0.5mm単位で線を引き分けたりしていた。
 ここ十年ほどはPCを使い始めたことや年齢的なものもあり、細かい工作に苦労したり、昔の字の小さな文庫本をしんどく感じたりした時などに、「あ〜視力落ちてるだろうなあ」と感じることが多々あった。

 久々の眼科で視力検査を受けた。
 結果は右1.2、左1.5。
 数字上はまだまだ見えていることがわかったのだが、おそらく右はもう少し悪く、0.8〜1.0くらいが実態ではないかと思う。
 どういうことかというと、私は視力検査に関しては、ある「技」を身につけているのである。
 幼児の頃、週に何度も繰り返された視力検査。
 その過程で私は、視力検査表を実際に見えている以上に読み取ることができるようになってしまった。
 度重なる検査に飽き飽きしていた幼い私は、さっさと段取りを終わらせたいという思いや、少しでも現状を楽しもうという思い、「いい結果が出ると周りの大人たちが喜ぶ」という観察から、鮮明には見えていない検査表のマークを推測で読み取る技術を、なんの悪気もなく密かに磨き続けていたのだ。
 具体的には、鮮明に見えているマークを焦点をぼかすことによって「ぼんやりとしたシルエット」に変換し、その印象と比較検討することによって小さくて見えにくいマークを読み取り、また検査表全体のマークの配置具合などからも総合的に判断する、というものである。
 言葉で説明するとものすごく難しそうに感じるかもしれないが、幼い子供はこのような「ゲーム」には驚くべき能力を発揮することがあるものだ。
 視力検査というのはあくまで「視力の実態」を知るためのものだというような大人の常識は、幼児には通用しない。
 当時の私にとって視力検査は完全に「高得点を上げるためのゲーム」と化しており、頭を高速回転させながら、実際より少しずつカサ上げされた検査結果を生み出してしまっていたのだ。

 久々の視力検査で右目を測っているとき、私は無意識のうちに「技」を使ってしまっている自分に気づき、内心で苦笑した。
(あかんあかん! ゲームと違うんやから普通にせなあかんがな!)
 左はごく普通に見えるものは見えるといい、見えないものは見えないと答えた。
 だから今回の検査結果、右目はもう少し悪いはずである。



 ちなみにまぶたの腫れに関しては、
「すごい結膜炎ですね〜」
 ということで、目薬を出してもらっただけで済んだ。

 私の出発点は弱視の幼児だったのだが、その後回復して目の良い時代が長く続いた。
 いつの間にか「見える」状態に慣れてしまって、そのありがたみがわからなくなっている。
 せいぜい大事にしなければ。
posted by 九郎 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする

2013年11月18日

体調についての覚書 2013年11月

 ぼやぼやしている間に、前回の記事投稿から一ヶ月以上経ってしまった。
 長く書かないでいると、記事の書き方を忘れてしまう。
 リハビリがてら、ぼちぼち覚書の類をアップしていこう。

 10月中はまだ日中半袖のことが多かったのだが、秋をすっとばして一気に冬が来てしまった。
 夜間から朝にかけてかなり冷えるせいか、腰に違和感有り。
 肩から背中も、凝ってきている。
 ちょうど去年の今ごろ、軽くぎっくり腰をやってしまっているので、要注意だ。
 2月末から3月あたり、7月、11月が、体調に関する要注意月間であることはもうわかっている。
 また暇を見つけて風呂屋に行かなければ。

 ちょっと気になっているのが、以下の健康用品。

●シリコン・カッピング・カップ

 上掲商品は十個セット。確か十年ぐらい前、同じような「吸玉」がスーパーで二個セットで売られていたのを買ったことがある。
 何年か愛用していたのだが、そのうちシリコンが劣化して吸盤ではなくなってしまって以来、使っていない。
 凝っている場所に貼り付けると、吸盤の形に肉が吸い上げられてマッサージされる仕組みだ。
 かなり強烈で、手で揉むなどの「圧す」感覚とはまた違った快感がある。
 二個でもかなり強烈だったのだが、十個を背中に並べたらどれだけのことになるのか、ちょっと怖い(笑)
 注意点は、最初に使った時に皮膚の表面が内出血のようにかなり変色すること。
 背中にたくさん使うと、漫画デビルマンに出てくるジンメンの背中みたいになったりする。
 一週間ほどすれば問題なく消えるし、何度も使っているとさほど変色しなくなるのだが、はじめは驚愕すると思う。

 ともかく、まずは11月を無事乗り切ることを。
 他にも体調については試していることがあるのだが、もう少しまとまったら記事にしてみたい。

 あと、紅葉狩りにも行かないと。
posted by 九郎 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする