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2006年07月17日

神々の合体5 笑う三面神

 カテゴリ「大黒」の前回記事で紹介した「天川弁才天曼荼羅図」は、多数の蛇神と稲荷狐、女神、如意宝珠などが合体した驚くべき図像を構成していた。
 今回紹介するのは「蛇と狐と女神、如意宝珠」に加えて、天狗や大聖歓喜天(ガネーシャ)が合体した、さらに異様な図像を紹介してみよう。
 
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posted by 九郎 at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 大黒 | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

結び 三面大黒

 私が「だいこくさま」に関心を持つようになったのは、仏教関係のムック本の中で「三面大黒」という変わった仏像を目にしてからだった。俵に乗ったいわゆる「だいこくさま」の左右に、毘沙門天と弁才天が合体した三面六臂の不思議な姿。比叡山の守り神とも伝えられる異様な仏尊…

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 なんだ、これは?

 どれも人気のある天部の仏尊だということは判る。力のある天部が合体すれば、より強力な呪力が生じることも判る。だが、なぜこの三体が合体しているのか、その意味が判らなかった。
 大黒天、毘沙門天、弁才天といえば、七福神の構成メンバーでもある。七福神は通俗化された現世利益の神として人気がある。しかし、七福神と三面大黒の間に関係があるのかどうかは、不明。わざわざ三神だけを抜き出す意味があるとも思えない。

 三面大黒の図像・造形的面白さが発端となって、だいこくさまのルーツを少しずつ探求するうちに、徐々に大黒天・毘沙門天・弁才天の間の関連性が理解できてきた。

 はじまりは古代インドの暴風神だった。彼は強力な力でインドの神々を吸収し、ついに破壊と創造の神・シヴァになった。あまりに巨大化した神はその属性を分散させ、眷属の神々に分け与えた。シヴァの場合は軍神・福神・女神の要素がそれぞれの流れを作った。インドから中国をはじめ様々な国の神々を吸収し、日本に至ってこの地の神とも合体した。合体のパターンは様々に思考・嗜好・試行され、見るも異様な数々の図像が生まれた。

 その壮大な実験の一つの精華が、日本における軍神の代表・毘沙門天と、福神の代表・大黒天と、女神の代表・弁才天の合体だったのではないか?
 三面大黒の背後には透明なシヴァ神が控えていて、なかなか仏教僧の説くようには悟り澄ませない、欲望にまみれた俗世でもがく衆生を、笑って見守っている…
 私は今、そのようなイメージを持っている。

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 以上、カテゴリ「大黒」本文一段落。
posted by 九郎 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 大黒 | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

カテゴリ「大黒」参考図書

 当ブログで紹介する参考図書は、なるべく求めやすい価格で入手しやすく、誰にとっても読みやすいものを心がけている。
 このカテゴリ「大黒」でも多数の書籍を参照し、そのうちのどの本を紹介するか迷ったのだが、以下に紹介する二冊の比重があまりに大きく、資料として素晴らしすぎるので、少々値は張るが取り上げることにした。
 まだ新しい本で、大型書店の本棚には並んでおり、図書館にもけっこう入っているので、機会があれば是非手にとって見てほしい。



●大黒天変相―仏教神話学〈1〉
●観音変容譚―仏教神話学〈2〉 弥永信美 (法蔵館)
 本来一冊の論考だったものを、あまりに膨大なページ数から二分冊にしたもの。アジアにおけるシヴァ神ゆかりの神仏を、豊富な図版と凄まじいばかりの量の原資料からの引用で紹介した、とんでもない労作。カバー絵の大黒天や千手観音も、美しく珍しい図像で一見の価値あり。
 当ブログのカテゴリ「大黒」は、この二冊の中から、私なりに理解できるごく一部分だけをピックアップ、他の資料からの情報とも合わせて、絵とともに再構成して遊んでみたもの。喩えるならば、お釈迦様の掌の上で好き放題に飛び回って威張っている孫悟空のようなものだ。(苦笑)
 内容もページ数も極太の本に出会い、その素晴らしさに耽溺した数ヶ月の日々は、私にとって本当に楽しく贅沢な時間だった…
 著者さまへの言葉に尽くせない感謝を込めて、ここに紹介しておきたいと思う。
posted by 九郎 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 大黒 | 更新情報をチェックする

2006年12月24日

サンタクロース

 本日は12月24日、クリスマス・イブ。
 ということで、季節物のネタを一つ。
 久々にカテゴリ「大黒」をアップしてみることにした。

 このブログで原風景として幼い頃の記憶を追っているうちに、大工であった母方の祖父宅の数多くの木彫りの中に、「サンタクロース」があったことを思い出した。
 袋をかつぎ、赤い服を着たおじいさんの像の記憶。
 確かにそんな木像があったはずだ…

 そこまで思い出して、ふと疑問が生じた。

 「あれは本当にサンタクロースだったのだろうか?」

 袋をかついだおじいさんの木像と言えば、(今にして思えば)七福神の大黒様が浮かぶ。木像の題材としては、サンタよりむしろ大黒様のほうがふさわしい。

 もしかしたら私が今までサンタだと記憶していた木像は、大黒様だったのではないか?
 大黒像を見た幼い頃の私が、子供なりに「サンタだ」と判断してそのまま記憶してしまっていたのではないか?

 はたしてあの木像はサンタのような大黒だったのか、大黒のようなサンタだったのか…
 一度疑問に思い始めると気になって仕方がなくなり、親元に帰った折に確かめてみることにした。さいわい親元には祖父の没後に引き取った、件の木像の現物があった。
 以下に写真をアップしてみよう。
 真相は如何に!
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2007年01月20日

天満大自在天神

 天神様の絵を描こうと資料をあたっているうちに、色々興味深いことに気付いた。
 天神様の図像資料としては「北野天神縁起絵巻」が有名だ。この絵巻、前半は菅公の生涯から始まり、後半は六道巡りのダイナミックな構成になっている。図像的に素晴らしいのはもちろんだが、ストーリーもかなり面白い。

 前半の菅公の生涯の部分に、大宰府に配流された菅公が、山に登って天に無実を祈るシーンがある。

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 七日七夜の祈りの末、捧げた祭文は天に届き、菅公は「あな恐ろし、天満大自在天神とぞ成らせ給ひける」と伝えられている。この時点で「あら人神」となった菅公は、その後間もなくこの世を去り、人としての生涯を終えたという。
 そして死後、宮中に怪事を引き起こす霊的存在として、再登場することになる。

 天満大自在天神という名称は「天神祭」で有名な大阪天満宮と直接つながるが、「てんまだいじざいてんじん」と読んだ場合、私は別の神を思い出さざるを得ない。
 「天満」は「てんま」=「天魔」で、「大自在天」と続けば、これはもう第六天魔王ではないのか?
 また天神様と言えば牛とも縁が深く、お社には必ず神牛像がある。こうした点も、シヴァ神の流れを汲む神々と共通している。

 さらに「北野天神縁起絵巻」では、菅公は死後「太政威徳天(たいせいいとくてん)」となって、多数の雷神を率いたという。
 「太政威徳天」とよく似た名前の仏尊に「大威徳明王」があるが、この明王は死の神ヤマを制する力を持つと言われ、水牛にまたがった六面六臂六足の恐ろしい姿で描かれる。

 このあたり、まだ私の中でも整理はついていないので、今は「大黒にまつわる覚書」としてメモを残すにとどめておく。いずれ独立したカテゴリでカタることになるかもしれない…

 「北野天神縁起絵巻」後半の六道巡りの部分は、「日蔵夢記」という文書を下敷きにしているらしい。異界探訪記としてかなり興味深い内容で、以下の書籍に現代語訳が収録されている。安価な本なので、興味のある人は参照してください。



●「天神さまの起源」
posted by 九郎 at 22:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 大黒 | 更新情報をチェックする