2006年09月23日

鳥瞰図4

 ここまで、手描き鳥瞰図の個人的体験からはじまり、誰もが楽しめる3DCG鳥瞰図の紹介、そして再び手描きの価値を再認識するに至った過程を紹介してみた。
 日本でも古くは各種古地図や絵図、神仏参詣曼荼羅など、様々な鳥瞰図が描かれてきた。やがて測量に基づく正確な地形図の登場を経て、写実表現や作図的な正確さを加味した新しい鳥瞰図が描かれるようになった。
 以下の書籍にはそうした様々な絵師たちの作品が、詳細な解説とともに紹介されている。



●「パノラマ地図の世界―自然を街を見渡す楽しみ」
●「吉田初三郎のパノラマ地図―大正・昭和の鳥瞰図絵師」
 (ともに平凡社別冊太陽シリーズ)

 錚々たる鳥瞰図絵師の中でも真打と言えるのは、大正・昭和の時代に活躍した吉田初三郎だろう。
 写実的なイラスト表現を基調としながらも、実物から大きく変形され、異常なまでにわかりやすく編集されたその図像。図像の多くには(実際に見えるかどうかにかかわりなく)遠景に富士山が描かれており、中にはハワイ諸島などのおよそありえない遠景が描かれているものまで存在する。
 実際の観光地の魅力を過剰に強調し、画面上で再構成することにより、ほとんど「別物」の世界が開陳されている。

 こんな豊穣な妄想宇宙を見せられると、私などはまだまだ「嘘つきパワー」や「妄想パワー」が不足しているなと、反省ひとしきりなのであった…


【追記】
「吉田初三郎」で検索すると、かなり大きな画像を紹介しているサイトも見つかりますね。
posted by 九郎 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

弘法と筆の微妙なカンケイ

 「弘法筆を選ばず」という、有名なことわざがある。
 書の名人であった弘法大師空海のようなお方は、どのような筆を使っても素晴らしい字を書くことが出来る。よって、技術に優れた人は道具の良し悪しに関わらず、腕を示すことが出来るという意になる。

 このことわざが正しいことは経験的にわかる。私はこれまで何人もの絵画・造型の達人のお仕事を現場で拝見したことがある。達人の皆さんは、手遊びにその辺の素材を使って、巧みに腕前を披露されていた。
 しかし、ここで少し注意を払いたいのは、そうした達人の皆さんは「筆」つまり道具に、一方ならぬこだわりをお持ちだったということだ。

 例えばある作家が、手書き原稿からワープロに乗り換えると微妙に文体が変わり、文体が変わると作品の空気も変わってくるということは、よくある。最近なら、ある漫画家が手描き原稿からCGを導入して、画風だけでなく作風自体が変わったという事例もけっこうある。

 作品は道具・手法の特性にも影響を受けつつ成立する。だから「弘法筆を選ばず」は一面の真実ではあるけれども、「筆」はやっぱり重要なのだ。
 ちなみに弘法大師の書と伝えられる作品には、様々な作風が存在するようだ。



●岡本光平の文字を楽しむ書(岡本光平, 夢枕獏, 戸田菜穂)

 この本はNHKの「趣味悠々」シリーズのテキストだが、様々な書の技法の例として、弘法大師の作品が取り上げられている。
 この番組を見て、私は「弘法筆を選ばず」という言葉の受け止め方が、それまでとガラッと変わってしまった。
 なんとなく、この言葉から「空海はどんな筆を使っても一定の書を書いていた」というイメージを持っていたのだが、実際は「どんな筆であってもその持ち味を生かして自在に操り、バラエティに富んだ書を生み出した」ということなのではないか?
 書は全くの素人なので詳しくはわからないけれども、そんな印象を受けた。
posted by 九郎 at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

追悼、石川賢

 少し前の話になるが、2006年11月15日、漫画家の石川賢さんが亡くなられた。享年58歳。代表作は「ゲッターロボ」「魔界転生」など。いくつかの作品、シリーズものが未完となっており、大変に残念だ。
 石川賢は、永井豪率いるダイナミック・プロの、もう一人の柱として活躍してきた。初期にはテーマ、絵柄ともに永井豪の強い影響下にあったけれども、90年代以降には独自の作品世界を構築していった。
 
 私が石川賢の作品と始めて出会ったのは、小学校低学年の頃だった。当時の私は「ウルトラマン」シリーズにはまり切っており、怪獣図鑑をはじめ、様々な書籍や玩具を買い与えられていた。その中に「ウルトラマンタロウ」を漫画化した単行本があり、作者が石川賢だったのだ。



 普通、この手のコミカライズ本は、子供向けの毒にも薬にもならない代物が多いのだが、石川賢の手による「ウルトラマンタロウ」は全く違った。そもそものウルトラマンシリーズの設定を大きく逸脱し、ある意味「暴走」した結果、異様な迫力を持ったハードSF作品として作り込まれていた。
 私は子供心に「何か見てはいけないものを見てしまった」ような一種の恐怖を感じつつ、石川版「タロウ」の暴力と怪奇と哲学の世界に耽溺した。当時から「絵描き」であった私は、TV版とは違う石川賢の絵柄を熱心に模写し、少しでもその迫力を習得しようと研鑽を積んだ。だから私の絵柄の原点は、石川賢と永井豪のダイナミック・プロの作品世界にあると言える。


 
 かつて私を虜にした石川版「タロウ」は、復刊されて現在でも入手可能である。機会があればご一読を。また、私の思う全盛期の最高傑作としては「魔界転生」「ゲッターロボ號」を推したい。練り上げられた漫画家としての手腕と、石川賢の暴走する内宇宙が、絶妙のバランスをもって混在する傑作である。

 自分の絵柄の原点になった漫画家へのオマージュをこめて、「5000光年の虎」の主人公を一枚描き、石川賢さんへの追悼としたい。

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posted by 九郎 at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

漫画「デビルマン」

 久々に石川賢のキャラクターを描いていたら、私の中のダイナミック・プロ信者のスイッチが入ってしまった。ここは一つ、私の永遠のバイブルである永井豪の漫画「デビルマン」をネタに、一枚描かずにおれなくなった。

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 デビルマンの絵を描いたのは二年ぶりぐらいだろうか?
 二年前、CGをはじめたばかりの頃、ペンタブレット(ペン型のマウスで、モニター上のカーソルを絵筆のように動かすのに便利)の練習に、中高生の頃から描き慣れたデビルマンの絵を何枚も描いた。中々思い通りに動いてくれないカーソルをリハビリのようなつもりでのたくらせながら、ひたすら描いた。絵描きとしてもう一度生まれなおすつもりで、ただ黙々と懐かしい「デビルマン」のキャラクター達を描き続けた。描き続けるうちに、思春期の頃、明確な意志をもって絵を描き始めた時の熱が、私の中に蘇ってきた。

 14歳の頃、私ははじめて漫画「デビルマン」を読んだ。それまでにも前回紹介した石川賢の「ウルトラマンタロウ」や、TVアニメの「デビルマン」「マジンガーZ」「ゲッターロボ」など、永井豪率いるダイナミック・プロの世界には慣れ親しんでいた。しかし、漫画「デビルマン」はそれまでの体験とは全くレベルの違う衝撃を、私にもたらした。

 漫画「デビルマン」については、既に多くの人が取り上げ、影響を受けた表現者の皆さんも極めて多数に上る。もはや「伝説の作品」なので、ここでは詳しい紹介を省く。あくまで個人的な「デビルマン」体験を書いている。

 凶悪な悪魔の合体を受け、狂った破壊衝動と正気の間でのた打ち回る主人公・不動明。その姿は14歳という年齢のもたらす私の精神的な不安定と同期して、まるでわがことのように感じられた。貪るように何度も繰り返し再読したため、コミック全五巻の内容を全て頭の中に再現できるようになった。もちろん、数え切れないほどの絵も描いた。
 悪魔と合体しつつも、最後まで自分自身の精神を守った主人公の姿。私が当時の不安定を乗り切れたのは、この漫画の影響があったと思う。

 そしてはるかに時は流れたけれども、いまだに私は「デビルマン」に助けてもらっている…
posted by 九郎 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

塗り絵

 塗り絵ばやりが根強く続いている。書店に行けば、何らかの塗り絵本が途切れることなく並んでいる。
 塗り絵という言葉を見るたびに、心の底でわずかに反応する部分がある。幼い頃の記憶の断片。

 私は幼い頃、視力が少々弱かったので、眼科医に通って訓練を続けていた時期があった。中々根気の続かない幼児の私をあれこれとおだてながら、お医者さんや親の苦労は続いた。
 当時から絵を描くのが好きだったので、訓練メニューには「お絵描き」をテーマにしたものも用意されていた。その中に「塗り絵の絵をなぞる」と言うものがあった。
 お気に入りのキャラクターが線描きされた塗り絵本にトレシングペーパーをかぶせて、鉛筆でなぞっていくのだ。その際、とくに弱かった右目の視力を高めるために、「アイパッチ」という絆創膏のようなシールで、見える方の左目を隠したりした。
 見えない目で線を辿るもどかしさや、くしゃくしゃとしたトレシングペーパーの感触が、今でもふとした瞬間によみがえってくることがある。
 例えば書店の塗り絵本が並んでいる一画で。

 訓練のかいあって、私の目は中高生の頃には人並み以上によくなった。今はもう視力は落ちているだろうけれども、それでも平均以上には見えているはずだ。
 長い年月が経った今、私は神仏の線描き「白描画」をあれこれと集めては、それをなぞったり着色したりを続けている。トレシングペーパーは相変わらず必需品だ。「三つ子の魂百まで」とはこのことか。

 そんな私がお勧めする塗り絵本が、こちら。



●「癒しの塗り絵―美しい密教の仏とマンダラ」
 塗り絵ばやりということで、仏画塗り絵も何種類か出ているが、私がしっくり来たのはこの一冊。日本の仏画とは違うチベットタンカ風なので好みは分かれるかもしれないが、原典をかなり忠実に再現した線画で、余計なアレンジが少ないのが良い。史料としても十分使え、値段もお手頃。
posted by 九郎 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする