2008年04月16日

正義の味方

 4月6日、川内康範さんがお亡くなりになった。
 ここ一年ほど「川内康範」という名を聞けば、主にワイドショーなどで森進一と「おふくろさん」の歌詞でもめていた人、というイメージが強いだろう。
 作詞家として「骨まで愛して」等のヒット曲も手がけているが、私にとっての川内康範さんは、やはり「まんが日本昔ばなし」の作者であり、「レインボーマン」の作者であった。
 記憶に残る番組作りに長けた先生で、あの懐かしい名曲「ぼうや よいこだ ねんなしな……」は、今でも耳にするだけで暖かい気分に浸れるし、「インドの山奥で〜」ではじまる「レインボーマン」の主題歌も鮮烈だった。
 私が幼い頃にTVヒーロー「レインボーマン」を視聴したのは、本放送ではなく、なんどか繰り返された夕方の再放送だったはずだ。
 主題歌は「インドの山奥で 修行をして」の後、このように続く
ダイバダッタの魂宿し
空にかけたる虹の夢……

 子供の頃は何の気なしに歌っていたが、ある程度の年齢になって多少仏教の知識が入ってくると、私の頭には「?」が浮かんだ。

 ダイバダッタ?
 ダイバダッタって、あのダイバダッタ?
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posted by 九郎 at 23:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

西村公朝展

 西村公朝さんのことについては、これまでにも何度かふれて来た。
 私は西村公朝さんの著書の大ファンで、一度講演会でお姿を拝見したことがあるだけなのだが、勝手に仏像・仏画の師と仰いでいる。
 最近、師の作品を集めた展示があると知り、観に行ってきた。
 それほど大規模な展示ではなかったけれど、若い頃の習作から晩年の代表作「釈迦十大弟子」まで、さらには木彫や書画、仏像修復に関するメモなどの貴重な作品に、かなり近い距離で接することが出来た。
 師の生前親交のあったという長渕剛さんからも、そっと観葉植物が寄せられており、展覧会としては全体に小規模ながら、親しみの持てる良い雰囲気だった。
 師の作品には様々な作風があるが、私が一番好きなのは荒彫り+淡彩の作品群だ。仏像修復の第一人者として数々の国宝級を手がけ、仏師としても第一人者である師だが、とくに晩年のご自身の作品は、荒削りで可愛らしい作品が多い。木材それぞれの個性を大切にしながら、その場その場の即興性を取り入れ、生き生きとした仏様を刻みだすスタイルは、円空・木喰に比肩しうるのではないだろうか。
 当世第一の技術を持った師が、あえてあのスタイルを採っていることに、とてつもない凄みを感じる。

 創作において先行作品に学び、技術を磨き、手間をかけることはもちろん大切な前提だ。しかし、これは絵描きのはしくれとしての自戒なのだが、一生懸命研究し、練習し、手間をかけて、それで満足しては駄目なのだ。
 大切なのは、そこにある作品が生きているかどうかを、構えずに見定めていくこと。自分が作品に注いだ労力などは、最後はさらりと捨て去らなければならない。

 まあ、「言うは易し」なのだが、西村公朝さんのような人にそれを実践して見せられてしまうと、あらためて背筋がしゃんと伸びてくる。 



●「西村公朝と仏の世界―生まれてよかった」(別冊太陽)
 私が好きな西村公朝さんの「荒彫り+淡彩」の作品を見るならこの一冊。

●「仏の道に救いはあるか―迷僧公朝のひとりごと」西村公朝(新潮社)
 今回の展示にあわせて遺稿から編まれたという一冊。
 一読して、いつもの師の文体とは微妙に異なると感じる。
 他の著書より「スピードが速い」と言おうか。これまでのゆったり細やかな話の進め方ではなく、感じたことを感じたままにポンポンと畳み掛ける文体だ。
 本のタイトル「仏の道に救いはあるか」というのも、ずいぶん刺激的だし、内容的にもやや「意を尽くしていないのではないか」「飛躍しているのではないか」と思う表現が散見される。
 もしかしたら「遺稿」というのは、出版を前提としない個人的な手記のようなものだったのかもしれない。ここから更に表現を練り上げると、いつもの師の著書の雰囲気になるのかもしれない。

 とは言え、この本は非常に面白い。
 荒削りな印象が、西村公朝という稀代の仏師の普段の息遣いを感じさせてくれる。研ぎ澄ませた感性をそのままぶつけられるような感覚は、「歎異抄」にも通じる気がする。
 折に触れ読み替えして、一つ一つの言葉を味わってみたい一冊だ。
posted by 九郎 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

神と仏のモノガタリ

 最近読んだ本の中から一冊紹介。



●「神仏習合の本」(学研Books Esoterica 45)
 この学研のブックス・エソテリカのシリーズは、資料として便利なこともあってよく購入してきた。様々な宗教について豊富なカラー図版とともに概説してくれるシリーズで、アウトラインを掴むには最適。
 仏教や神道など、メジャーな分野なら参考文献は見つけやすいが、中々手頃な資料が見つけにくい「古神道」や「神仙道」などの分野もフォローしてくれているのも良い。
 ただ、あくまで概説本なので、正直このシリーズを読んだだけでは結局「何もわからない」のだけれども、あるテーマを勉強しようとしたときに「何を読めばよいのか、何を調べればよいのか」という取っ掛かりを与えてくれるので、独学派にはありがたいのだ。

 この「神仏習合の本」の舞台は日本の中世。外来宗教である仏教と、日本古来の天神地祇が、様々な形で擦り合わせが行われた思考実験が紹介されている。そもそも発祥の違う宗教を習合する手法として様々なこじつけや語呂合わせ等が駆使され、見るも異様な新しい神話が無数に産み出されていくことになる。
 こうした神々の合体は中世特有のものではなく、日本の古代に「記紀神話」が整備された時にも起こったことだろうし、近世の新宗教でも起こったことだし、今現在も起こりつつあることだろう。
 もっと言えば、仏教の生まれたインドでも、大乗仏教や密教が発展していく過程ではインドでの神仏習合が起こっただろうし、仏教がアジア各国に伝播する中で、それぞれの土地での神仏習合が起こったことだろう。
 いつの時代、どこの国でも神と仏は合体しまくっているわけなのだが、そんな中でも中世日本の神仏習合を特徴付けるのは、人間の無意識の暗い領域がそのまま溢れ出してきたかのような、異様な神仏図像の数々だろう。インド後期密教図像の迫力にも比肩し得るパワーが、日本中世の神仏図像にはある。
 この「神仏習合の本」には、他ではちょっと見られないような特異な図像の数々が、多数のカラー図版で収録されている。これだけの図版をバラバラで入手しようとしたら、一体どれだけの費用と労力がかかるかわからず、私の様な怪しいモノ好きの神仏絵師には、それだけでもう十分「買い」なのだ。
 当ブログの主だったコンテンツにカテゴリ大黒があるが、この本が取り扱っているのはその分野ともかなり重なっている。「二年前にこの本が出ていたら、どれだけ楽だったか……」と悔しい思いもあるが、逆にこうしてまとまった形で本が出てしまっていれば、わざわざ勉強してブログに記事を書くモチベーションは生まれなかったかもしれず、そうなると大黒様に関する私独自の思い入れも生まれなかったかもしれない。
 他にもちょっと面白そうな神仏話が満載なので、しばらくはこの本を道しるべに、また図書館で古い文書を渉猟することになりそうだ。
posted by 九郎 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

図像覚書1 稲荷縁日

 これからしばらく手持ちの図像の中からよく使用するものや、既存のカテゴリに収まらないものについて紹介していきます。

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【稲荷縁日】
 当ブログのロゴ画像等で何度か使用してきたデザイン。
 「お稲荷さん」の愛称と、朱の鳥居や狛犬代わりの狐の石像で親しまれる稲荷信仰をテーマにした一枚。
 稲荷と言えばすぐに狐を連想し、狐信仰のように受け止められることもあるが、本来は「稲荷=飯成り(いいなり)」で、穀物などの食に関する神様であるらしい。狐はその眷属で、本体ではない。狐の石像は2体一対で、よく見るとそれぞれ如意宝珠と巻物を咥えた姿のものが多い。
 連続する朱の鳥居と、牙をむき目がつり上がった狐の像を見ると、どこか心が落ち着かないような、不思議な気分になる。縁日の夜店の雰囲気ともどこか通じるあの感覚だ。
posted by 九郎 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

図像覚書2 中台八葉院

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【曼荼羅】
 胎蔵曼荼羅の中心部分、中台八葉院。今回の図像はそれぞれの仏尊を梵字で表現した種子曼荼羅(しゅじまんだら)のスタイルを下敷きにしている。
 中心が大日如来を表現する阿字で、その上から時計回りに宝幢(ほうとう)如来、普賢菩薩、開敷華王(かいふけおう)如来、文殊菩薩、阿弥陀如来、観音菩薩、天鼓雷音(てんくらいおん)如来、弥勒菩薩を表す梵字が、八枚の蓮弁に乗った形になっている。
 胎蔵曼荼羅は中期密教を代表する曼荼羅で、大日如来を中心に大乗仏教で親しまれた様々な仏尊やインドの神々を網羅した宇宙観を表現している。いわばインドで起こった神仏習合図像だ。
 中期密教は胎蔵曼荼羅で宇宙サイズにまで大風呂敷を広げた後、新しい秩序を金剛界曼荼羅で打ち立てて、現在のチベット仏教に続く後期密教へと進化していく。
 平安時代に中国を経て日本にもたらされたのは中期密教までで、進化の最終段階の後期密教は現在チベット周辺に伝えられている。
 金剛界曼荼羅以降になると、通常の大乗仏教とは違う仏尊名が増えてくる。日本では大乗仏教が民衆に親しまれているので、見知った仏様が多い胎蔵曼荼羅の人気が高いようだ。
posted by 九郎 at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする