2008年10月18日

図像覚書3 四聖獣

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【四聖獣】
 東西南北の四方を、四種の聖なる獣が守護している……
 そんなイメージを中国道教由来の風水や陰陽道は伝承してきた。
 (カテゴリ金烏玉兎参照)

 北は玄武(黒い亀に蛇が巻きついた姿)、東は青龍、南は朱雀、西は白虎の名は日本でも広く親しまれており、木版図像等も数多い。
 そのような先行資料を下敷きに、アレンジを加えてデザインした一枚。
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2008年10月19日

図像覚書4 十種神宝

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【十種神宝(とくさのかむだから)】
 神道に伝わる謎の図像の一つ。天皇家の「三種の神器」とは違い、記紀神話に記述が存在しないものの、その力は死者をも甦らせることが出来るとされる秘宝。
 その割には神社の護符などで版画印刷されていたりするので、名前と何種類かの図像はわりと流布している。上掲図像もそうした木版護符の配置を下敷きにしている。
 文字と絵の中間のようなデザインが面白い。
 中央の剣が「八握剣(やつかつるぎ)」、その下が「品物比礼(くさぐさのもののひれ)」、右上から「沖津鏡(おきつかがみ)」「「生玉(いくたま)」「死返玉(まかるがえしのたま)」「蛇比礼(おろちのひれ)」、左上から「辺津鏡(へつかがみ)」「足玉(たるたま)」「道返玉(ちがえしのたま)」「蜂比礼(はちのひれ)」と名がついており、つまるところは三種の神器と同じ「剣・玉・鏡」に、バリエーションをもたせたものであると言う説もある。
 この十種神宝をもって「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり」と魂振りをすれば、死んだ者も甦るとされている。「ひと、ふた……」の唱え言葉は「天の数歌(あまのかずうた)」とも呼ばれ、病気治しの祈願の際に唱えている神道の流派もある。
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2008年10月20日

図像覚書5 五秘密曼荼羅

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【五秘密曼荼羅】
 日本では真言密教でよく読まれる「理趣経」の曼荼羅図像。
 中央の金剛薩た(こんごうさった)の周囲を、煩悩を表すと伝えられる四人の女尊が取り巻いて、一つの月輪の中に描かれている。
 チベット密教に代表される後期密教の曼荼羅では男尊と女尊が抱擁した姿で描かれる例は多いが、日本密教では数少ない例の一つ。
 金剛薩た(最後の文字はつちへんに垂)は「理想化された密教修行者」としての一面があり、この辺は「理想化された大乗仏教修行者」である菩薩の設定と似ている。
 欲望を切り捨てるのではなく、ダイヤモンドのように堅固な心で悟りに向かうエネルギーに変換する密教修行者の姿。

 理趣経で興味深いのは、そのお経が説かれた場面設定だ。
 大乗仏教の教典では、それぞれのお経が説かれた場面はインドの聖地に設定されることが多いが、理趣経ではよりによって魔王の棲む第六天で説かれたと設定されている。
 一説には、魔王調伏のためにその場面設定がなされたとされているのだ。

 上掲図像は、流布された五秘密曼荼羅を参照しながら、独自に描き起こしたものなので、通常の図像とは違う部分もあるのでご注意。
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2008年10月24日

図像覚書6 釈迦如来

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【釈迦如来】
 言わずと知れた仏教の開祖、お釈迦様。
 全ては約二千五百年前の、この実在の人物から始まった。
 とは言え、仏の教えは宇宙の在り方を説いたもので、歴史上の人物であるお釈迦様が説く以前から宇宙は存在した。
 お釈迦様の残した行いや言葉を手がかりに、逆算するようにしてお釈迦様以前から存在する仏菩薩が「生まれ」て、壮大な仏教の物語体系が編まれて行った。
 そんな物語に惹かれ、このようなブログを飽きもせずに続けている私は、やはり仏教徒のうちに入るのだろうなとは思う。
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2008年10月26日

図像覚書7 苦行

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【釈迦苦行図】
 子供の頃、奇怪な図版を目にして言葉を失ったことがある。
 いつ頃のことなのか記憶が定かではないが、おそらく仏像彫刻が好きだった祖父の本棚から手に取り、開いた本に載っていた図版だろう。
 骸骨のように痩せこけた人物が座禅を組むように座り、目を落ち窪ませ、やや身体を傾けながら瞑想している像の写真図版。
 他のどの仏像とも違う異様な像だったが、頭部の後に後光を表す丸い円盤が付けられているので、座っている人物が「仏様」であることは分かった。
 後にそれが有名な「釈迦苦行像」であることを知った。
 インドの小国の王子であったお釈迦様は、出家し、菩提樹の下で悟りを開く前に、苦行を積んだ時期があったという。誰よりも激しい行を積んだお釈迦様だったが、結局苦行では悟れず、禅定により悟りを開くことになる。
 あらゆる欲望が満たされる王子の生活と、あらゆる欲望を否定し尽くそうとする苦行生活の両極端を体験したお釈迦様は、その二つの道は「欲望にとらわれている」と言う意味では同じことであると考えたという。
 釈迦苦行像は、見るものに「これが本当におまえの求めるものか?」と強く問いかけている特殊な仏像だと思う。


 ※上掲図は「釈迦苦行像」を元に、独自に描いたもの。
posted by 九郎 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする