
その日も源大夫一行は山で多くの鹿を捕った。帰る途中、御堂の前を通りかかった。人々が集まっているのを見て、源大夫は傍らの者に問うた。
「あれは何をするところか?」
「御堂と申し、仏法を広める所にございます」
一人が口ごもりつつ答えた。主人が仏法を毛嫌いしていることは、もちろん知っている。
「ほう。噂には聞いておったが、この目で見るのは初めてだ。面白い。どのようなことをほざくのか、試しに聞いて行ってやろう」
源大夫はそう言って馬から降りた。郎党どもは「なんの気紛れか」と訝ったが、着いて行くしかなかった。
一行が御堂に入ると、一瞬にして場が静まりかえった。源大夫の凶相、殺伐とした荒い物腰は、その悪名を知らぬ者にもすぐに伝わった。恐怖のあまり、そっとその場を去る者までいる。一行が進むにつれて、風になびく草のように人々は道をあける。
源大夫は高座の前に立ちふさがった。
「貴様が仏弟子とか申す者か。さぞや有難き説法が出来るのであろうな。ならばなんぞ我が心になるほどと思えることを申してみよ。もし出来ずば、不都合なことになるぞ」
腰の刀をいじくりながら、じろりと僧を睨みつける。
講師の僧は音に聞こえた極悪人の登場に、内心震え上がった。
これはとても手に負える相手ではない。何を説こうが引きずりおろされ、下手をすれば命も危ないだろう……
それとなく周囲を見回すが、他のどの僧も固まったまま目を背けている。
もはやこれまでかと半ば観念したとき、一人の僧が一歩前へ進み出てきた。
「講師直々のご説法に先立ち、私がこの者のお相手申し上げたく存じます」
(続く)