2006年11月20日

極楽往生源大夫9

gg09.jpg

 七日が過ぎた。
 旅装束で一人道を急ぐ僧の姿があった。
 源大夫を入道に仕立ててしまった、あの僧の姿だった。顔には苦渋の色が濃い。
 この七日間というもの、一日として心の波立たぬ日はなかった。まわりの者たちには「極悪人をうまく捌いて追い払った知恵者」と誉めそやされ、感謝されもしたが、それが真実でないことは自分が一番よくわかっていた。
 あの時自分は、嘘で塗り固めた仏弟子としての人生を終わらせるつもりだった。偽りのない本音を語ったのであり、源大夫はそれを受け止めて出家したのだ。
 自分には源大夫の行く末を見届ける義務があるのではないか。そのように考え始めると、じっとしておれなくなった。急ぎ寺を飛び出して、西へ西へと歩いてきた。
 源大夫の足跡を辿るのは、さほど難事ではなかった。
 ただひたすらに西へと進み、それぞれの地で人に尋ねてみれば、確かにそのような異形の入道が通過していったと証言してくれた。
 本当に、まっすぐ西へ一直線の道のりだった。いくらなんでもこれは無理ではないかと思える深い河でも浅瀬を探さず、高い峰でも回り道を尋ねずに、西へ西へと進んだ痕跡が残っていた。
 凄まじい道程を追えば追うほど、僧の中には驚きを通り越して、入道への罪悪感、痛ましさすら芽生え始めていた。

 源大夫、もうよい。
 私が悪かった。
 引き返してきて、私を切るがよい。
 しょせん人がどのようにまことを尽くそうと、仏が答えるはずもなかったのだ。
 お前はもう、十分のまことを尽くした。
 仏を本当には信じておらぬ私の説法などを真に受けて、これ以上の苦行を積んでくれるな……

     (続く)
posted by 九郎 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

極楽往生源大夫10

 日が暮れて、ある寺に辿り着いた。
 僧が事情を説明して尋ねると、寺の住職が興奮した口調で、その日からちょうど七日前の出来事を語った。
 住職の話によると、その夜、異形の入道が突然寺の門を叩いたという。

gg10.jpg

「自分はかくのごとく発願し、阿弥陀仏を呼ばわりながら、脇目もふらず後ろも振り返らずに、ただ西へ西へと歩いてきました。これから高い峰を越えようとしており申す。願わくば、わずかばかりの食べ物を分けていただけませぬか」
 住職が言われるままに干飯を与えると「多し」と言って、ほんのわずかだけを紙に包み、懐に入れた。もう日が暮れるので今夜だけは泊まっていけばどうかとの勧めも断り、寺を出て行ったという。
 一通り住職の語りを聞いた僧は、沈痛な面持ちで寺を後にした。

     (続く)
posted by 九郎 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

極楽往生源大夫11

gg11.jpg

 寺から西へしばらく進むと、壁のようにそそり立つ断崖絶壁に行き当たった。その夜は岸壁の下で泊まり、朝を待った。
明るくなってから、僧は気力をふりしぼって岸壁に挑み始めた。源大夫の跡を追い続けて既に一週間が過ぎており、とうに体力の限界はきている。
物も言わずに岩肌にしがみつき、虫のように貼りつきながら登っていった。ようやくの思いで登りきってはみたものの、求める人影はそこにない。
 しばしの休息の後、再び西へと進むと、さらに高く険しい峰があった。わずかばかりの体力を残らず使い切る思いで登ってみると、見晴らしのよい山頂に到着した。
 精も根も尽き果てて座り込み、西を眺めてみると、海への素晴らしい眺望が開けていた。
 そこには根元から二股になった大木が生えており、その股の部分に、見る影もなく痩せ、衰弱しきった源大夫の姿があった。
 木の幹にもたれかかりながら、消え入りそうな声で「阿弥陀仏よや、おいおい」と呼ばわりつつ、金鼓を打ち鳴らしていた。

     (続く)
posted by 九郎 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

極楽往生源大夫12

gg12.jpg

 木の股によりかかる源大夫に僧は歩み寄った。声をかけると、源大夫は子供のように喜んだ。
「おお、これは我がお師匠様ではございませぬか」
 息を吹き返したように、しっかりとした声音だった。
「我はこの岸壁にたどり着き、さらには西に向かって海にも入ろうと思うておりましたが、ありがたや、阿弥陀仏は、ここでついにお答えくださいましたぞ」
 僧はしばらくの沈黙の後、そっと問うた。
「どのようにお答えになったのか」
「お呼びしましょう。お聞きくだされ」
 源大夫は、西の方向、海の彼方へと、歌うように呼びかけた。

 阿弥陀仏よや、おいおい…
 いずこにおわします…
 阿弥陀仏よや、おいおい…
 いずこにおわします…
 阿弥陀仏よや、おいおい…
 いずこにおわします…

 すると海の向こうから妙なる音が返り、その妙音とともに、
(ここにあり…)
 という仏の声が、源大夫の耳には確かにそのように聞こえた。
「師匠、これで御身も仏を信ずることができましょう」
 満足気に笑み崩れる源大夫に、僧はただ何度もうなずくばかりだった。
 水平線を見やったあと、振り返ってみると、弟子は笑った顔のまま、もう死んでいた。
 僧は静かに合掌したあと、海の広がる西の方角に背を向けて、いずこへともなく去っていった。

gg13.jpg

        (終)
posted by 九郎 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする