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2016年09月10日

カテゴリ「妄想絵画論」

 年末年始あたりから、時間を見つけては延々と描き続けている絵がある。

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 100号キャンバスにアクリル絵の具で、久々に完成させられるかもしれない大型のアナログ作品だ。
 もし完成まで持っていければ、私が求めてやまない完全燃焼が見込める作品でもある。
 果たして本当に完成できるかどうかわからないけれども、現時点までは調子よく筆が動いてくれている。
 できることならこの機を逃さず描き上げたい。
 そのために、できることはやっておきたい。

 私は絵描きのハシクレではあるけれども、絵だけ描いて生きていける身分ではない。
 生きるためには、色んなことをしなければならない。
 しかし、それはみんなそうだ。
 私のようなハシクレでなくとも、絵描きの多くは生きるために絵を描く以外のことも、懸命にこなしている。
 それなりに高名な画家の先生だって、この日本という文化芸術に冷淡な国にあっては、作品だけで食っている人はほとんどいない。
 絵描きというものは、本質的に社会的な諸々のお仕事は苦手だけれども、自分なりの方法でどうにかこうにかこなしながら、執念深く絵だけは描き続けている。
 私は私のやり方で、絵を描く時間と体勢をひねり出さなければならない。

 大きなサイズの作品を、完全燃焼できるテンションで描き上げるには、ある種の「変身」が必要だ。
 普段の私は、最低限人の話は聞くし、謙虚に勉強もする。
 様々なタイプの他人の考え方、感じ方をできる限り尊重するし、あまりわがままを言わないよう、自我を抑える。
 世間様と折り合うためには、それはごく当たり前の作法だ。

 しかし、そうした普段の意識では、大きな絵は描き上げられない。
 完全燃焼の作品を完成させるには、わがままでなければならない。
 唯我独尊でなければならない。
 他人の意見や感覚など糞喰らえ。
 世界中を敵に回しても、平然と、自信満々で描かなければならない。
 信じられるのは自分の眼と手だけでなければならない。
 狂っていなければならない。
 イカれていなければならない。

 真正の天才の多くは、そんな絵描きとしての狂気と心中し、作品だけを残す。
 しかし幸か不幸か、私には「絵で死ぬ」ほどの才はない。
 他のこともこなしながら、描き続けて生きたい。
 だから物わかりの良い普段の意識は大切にしながらも、作品に向かう場面だけは、唯我独尊の絵描きの意識に「変身」しなければならないのだ。

 ところが、私はあまり意識の切り替えがうまい方ではない。
 日常生活からキャンバスに向かうまでに時間がかかるし、絵の具を用意して最初の一筆を加えるまでに、かなり意識調整が必要だ。
 他の誰向けでもない、私だけの絵の描き方。
 決して一般化できない、妄想絵画論。
 意識調整を兼ねて、思いつくままにこのカテゴリで書き留めておきたい。
posted by 九郎 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

絵を描くだけが絵ではない

 絵を描くというと、どうしても絵筆をとる手の動きに意識が向きがちだ。
――絵筆を持つ手の性能がそのまま、絵の上手い下手に反映される。
 一般にはそんな風に思われることが多いだろう。
 しかし「絵を描く利き手」というものは、PC関連機器にたとえるならば、画像を出力するプリンターに過ぎない。
 プリンターの性能は高いに越したことはないけれども、より根本的には、印刷以前のデータの精度が高くなければならない。
 データの精度を高めるためには、同じくPC関連でたとえれば、入力機器たるスキャナーやデジカメ、画像データを適正に補正するPC本体やグラフィックソフトの役割が重要になってくる。
 つまり、入力機器たる「ものを観る眼」と、視覚情報を補正する「頭」が大切なのだ。
 絵描きの大多数が学生時代に写実デッサンを学ぶのは、まずはものごとをありのままにとらえる「眼」を持つためだ。
 人間の眼は様々な錯覚や先入観で狂いやすいので、それを補正する「頭」も同時に鍛え上げる。
 視覚と頭脳を含めて、大枠でいえば「絵描きの眼」なのだ。

 私は自分のことを「絵描きである」と思っている。
 絵描きは、絵を描いていないときでも「絵描きの眼」でものごとを観ている。
 色や形について分析的に「観る」のが習い性になっていて、他の観方のほうがむしろ難しい。
 絵描きは実際に絵を描く以前に、ものを「観る」段階、考える段階から絵描きなのだ。
 絵描きは絵描きとして情報を入力し、それを理解する。
 単に視覚情報だけでなく、五感のすべてを絵描きとして感得する。
 入力された情報を元にものを考えるのも絵描きとしてだし、そこから発せられる出力情報も全て、絵描きとしてのものになる。
 普段の言動から絵描きは絵描きであるのだが、その度合いは何らかの「表現」として発せられるときにより濃くなり、「絵を描く」時にマックスになる。
 たとえば当ブログ「縁日草子」では、絵以外に文章も工作も音遊びもアップしているが、私の意識の上ではあまり区別はない。
 絵描きの私が言葉で絵を描けば文章になり、素材で絵を描けば工作になり、音で絵を描けば音遊びになる。
 ワープロソフトやDTMソフトの操作はかなり視覚的なので、絵を描くように言葉を綴り、音を編集することが可能な時代になってきているのだ。

 もっと範囲を拡大してみれば、私にとっては旅や遍路も、絵を描くことと似た行為ということになる。
 自分の身体を使って大地の上に軌跡を描き、絵描きの眼でそれぞれの地の印象を感得するのだ。
 そこから実際に絵が生まれることも多い。

 ただ、色々遊べる時代になったとは言え、自分なりの「完全燃焼」の感覚を生み出し得るジャンルは限られている。
 相応の技術的な蓄積がなければ、表現は完全燃焼レベルに達しない。
 私の場合、それはやはり「絵と文章」ということになる。
posted by 九郎 at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

実を申さば「絵解き」である

 絵描きにも色々いる。
 自画像ばかり描き続けた画家もいれば、風景画一筋の画家もいる。
 色々ありすぎて紹介しつくすことはムリだけれども、たいていの絵描きはそれぞれに追及するテーマを持っている。
 そのテーマに即した表現を求めて、画風などの形式は変遷する場合もある。

 私の場合は、やっぱり「神仏与太話」がメインテーマだ。
 心惹かれる神仏の物語を絵と文章で紹介するのが好きで、これはたぶん一生飽きない。
 誰かに聞かれたときにわかりやすく自己紹介するため「絵描き」と称しているけれども、もう少し正確に表現するなら「絵解き」ではないかと思っている。
 日本の中世から近世にかけて、各種マンダラの入った厨子を背負い、辻や市でそれを広げて功徳を語り、札などを売ったりする「絵解き」と呼ばれる人々がいた。
 彼らは旅芸人でもあり、遊行乞食でもあった。
 中世の「絵解き」は自分で絵は描かず、専門の絵師に描いてもらった絵図を前に語り芸を披露していただろう。
 なぜ絵描きを自称する私が、絵師の方ではなく「語り」担当の絵解きの方に惹かれるかと言うと、描きたいものの重点が画像そのものより「物語」の方にあるからだ。
 専門外の音遊びを試作し続けているのも、語り芸への理解を深めるためだ。
 私の絵には物語が必要で、一枚絵というよりは連作、または大きな画面の中に時間経過や展開のあるものが良い。
 だからマンダラには関心があるし、もっと言えば、詞書のある絵草子や絵巻のような形が一番しっくりくる。

 現代美術の中の絵画は、そうした言葉や物語の世界から離れ、もっと純度を高めて色や形の要素を極める方向性が多い。
 絵に物語の要素が必要な私は、絵描きとしてはちょっと古いタイプということになるかもしれない。
 絵も語りも自分でやりたいというのは、見方によっては古代の呪術師あたりまでさかのぼる古臭さとも言える。
 絵描きというものは、借り物ではない自分自身の表現を志すならば、結局自分が一番やりたいことをやるしかない。
 それが世に受け入れられるかどうかということは、それはそれで大事なことだけれども、やっぱり二の次なのだ。
posted by 九郎 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

絵描きの自力、絵描きの他力

 絵描きが頼むことができるのは自分だけだ。
 謙虚に幅広く学ぶことは必要だが、学んだこと全てが役に立つわけではないので、峻別が必要だ。
 ただ、学生時代など、まだ自分なりのテーマや表現に出会う以前なら、貪欲に様々なものをなんでもかんでも吸収した方がよい。
 そして思い定めたテーマに出会えたなら、あとはただ黙々と愚直に続けるべきだ。
 私がこれまでの経験で得た教訓として、次のようなものがある。

「修業は他人の土俵で、勝負は自分の土俵で」

 とくに、「ここぞ」という時の自分の表現については、あまり「あれもこれも」と物わかり良く他者の意見を受け入れるべきではない。
 批判も称賛も、それが的確なものであれば耳を傾ける価値があるが、的確なものがなされることはあまりに少ない。
 よほど信頼のおける目利きの言以外は目に触れさせないのが無難だし、時間と心に余裕がないなら、一括して全て黙殺するのが正しい。

 自分が今描いている絵が生きているか死んでいるか、自分自身で見分ける眼が何よりも大切だ。
 そこの部分を他人任せにしてはいけない。
 少しでも頼む心があってはいけない。
 私はタイプ的に作画に資料を必要とするが、資料に学びながら、最後は資料を捨てなければならない。
 資料を集め、スケッチを重ね、手に色や形状を記憶させた上で、作品制作の際には資料無しで描くのが望ましい。
 何も見ずに描くのが困難な場合も、できれば元資料そのものではなく、自分で描いたスケッチを参照すべきだ。
 資料に対する正確性に寄りかかることは、「他を頼む」ことになる。
 それは目の前の絵が生きているか死んでいるか見分ける眼を曇らせる。

 私も絵描きのハシクレなので、それなりの技術は持っている。
 手持ちの技術の範囲内で、無理なくコンスタントに、それなりに見られる絵を描き続けることは可能だ。
 自己模倣は容易く、平均点は取れる。
 それはそれで、絵描きの一つの在り様だ。
 しかし、それでは私の求める完全燃焼の感覚には届かない。

 自力を全て出し切った果てに、何者かにポンと背中を押される感覚がある。
 その最後の一押しが完全燃焼を生む。
 とくに大きなサイズの絵や、長い物語の完成には、その「最後の一押し」がどうしても必要だ。
 それは、私が最も敬愛する作家が「言霊」と呼んだ感覚と、もしかしたら似ているかもしれない。
 私の場合はそれを「他力」と呼ぶ。
posted by 九郎 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

心の中の友だち、心の中の恋人

 画家やマンガ家や作家でも、またはミュージシャンでも良いのだが、とくに男性表現者の作品を鑑賞するとき、私がよくやるものの観方がある。
 最初にことわっておくと、あまり論理的な分類ではなく、私の個人的で、ごく感覚的な観方である。
 作品内で「心の中の友だち」と「心の中の恋人」の要素に注目すると、タイプが理解しやすいのではないかと思うのだ。
 男性表現者の作品に登場する、魅力的な「友だち」のイメージと「恋人」のイメージを比べてみる。
 多かれ少なかれ、どちらの要素もあるのが普通だが、どちらが優勢かでタイプ分けすると、なんとなくつかめてくるものがある。
 
 例として、著名な表現者を私なりに分類してみよう。
 感覚的なものなので、他の観方もあると思うが、まずはご一読。

 手塚治虫の場合、ロックに代表されるちょっと悪くて魅力的な「友だち」の要素もあるけれども、基本的には「恋人」に重点があるのではないかと思う。
 永井豪の場合、やはりどちらの要素もあるけれども、最終的には「友だち」が優勢になるのではないか。
 大友克洋や荒木飛呂彦の場合は、「恋人」がほとんど存在しなくて、ひたすら「友だち」のイメージが追及されている印象がある。
 少年漫画の世界に「友だち派」が多く集まるのは、まあ自然なことだろう。

 我が敬愛するSF作家・平井和正の場合、元来は「恋人」が根幹にあるけれども、後天的に「友だち」も強くなっていった気がする。
 マンガ「GANTZ」の奥浩哉はその逆で、元々は「友だち」の作家だったのが、研鑽で「恋人」も描けるようになったのではないかと観ている。

 画家のピカソの場合は、絵のモチーフは「恋人」が優勢だが、あまり恋人や女性に向けて描いているようには感じられない。
 なんとなく「どこか遠くにいるはずの、自分を理解してくれる友だち」に向けて、絵を描いているような気がする。
 岡本太郎にも似た感じを受ける。
 二人とも子供時代から傑出し過ぎていて、対等に遊べる友だちがいなかったせいではないかと妄想してしまう。

 各表現者の創作衝動の根っこの部分が、思春期以前にあるか、以後にあるかでも分かれそうだ。
 思春期以前の場合は「友だち」が優勢になり、思春期以後の場合は「恋人」が優勢になるのではないだろうか。

 私の場合は完全に「友だち派」なので、やはりそちらの要素の強い作品、作者に惹かれることが多い。
 そう言えば、そのものずばり「心の中の友だち」という歌を作ったどんとも、どこか遠くにいるはずの友だちに向けて、ずっと歌い続けていた。
posted by 九郎 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする