2007年05月13日

神話の時間

 私の観た備中神楽の演目は以下の順番で演じられた。
1、導きの舞
2、猿田彦の舞
3、天の岩戸開き
4、国譲り
5、大蛇退治
 
 1はオープニング。2は「猿田彦」という、日本神話の「天孫降臨」に登場する神が踊るのだが、これもその場の邪気を切り祓う意味合いのオープニングの印象。
 3〜5は記紀神話を元にしているが、エピソードやキャラクターの時間軸で言うと前後が入れ替わっている。「古事記」に描かれる順番に並べなおすと、こうなる。
3、天の岩戸開き
5、大蛇退治
4、国譲り

 このように書くと混乱した状態に見えるかもしれないが、お神楽を観ている最中に不自然を感じることは無い。むしろ一貫したストーリーの流れを感じる。演目全体をアマテラスとスサノオの物語として捉えると、それなりの整合性が見えてくる。
 まず「天の岩戸開き」で、(スサノオ自身は登場しないが)スサノオが高天原を追放された顛末が語られる。
 次の「国譲り」では、直接スサノオもアマテラスも登場しないが、スサノオの子孫である国津神たちと、アマテラスの名代である天津神が戦い、国津神が国土を献上させられる過程が描かれる。これは「天の岩戸開き」においてはっきり表現されなかったアマテラスとスサノオの相克が、代わりに表現されていると見ることが出来るかもしれない。
 最後の「大蛇退治」では、追放され、行き場を失ったスサノオが、ヤマタノオロチ退治という殊勲を挙げて、英雄神としての地位を勝ち取る過程が描かれる。

 
 こうした神々の物語は、舞台上で演じられるだけではなく、常に客席に座る私たち人間との関わりも意識されている。
 仮面をかぶり「神」となった神楽太夫は、要所要所で客席に語りかけ、実際に言葉のやり取りをする。お神楽が「はるか昔の出来事」ではなく、今現在進行中の物語であるかのように、人間たちを巧みに巻き込んで行ってしまうのだ。
 演目「国譲り」のオオクニヌシは、打出の小槌を持った大黒様そのものの姿で客席に餅を撒く。今は衛生上の理由からか、ビニールで包装された紅白餅だ。昔は餅そのままを撒いていたのだろう。餅を拾った子供たちは夜分遅くにそれを家に持ち帰り、神様から直接もらった証拠品、神話が本当にあったことの証拠品を、大切に味わってから眠りについたことだろう。
 演目「大蛇退治」に登場するアシナヅチ(翁)テナヅチ(媼)の二神は、娘を嫁にやる年老いた父母そのものだ。介護や年金などの時事ネタも絡めながら、客席の人間たちと全く同じ立ち位置で、共感と笑いを誘う。

 中でも「神話現在進行中!」を印象付けるのが、同じく「大蛇退治」に登場する松尾(マツノオ)明神だ。

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 タレ目でひょうきんな風貌のこの神様は酒造りの守護神で、スサノオが大蛇退治に使うための濁酒を醸す役回りだ。しかしその本来の役回りはどこへやら、登場した時間の大半を、観客に向けてのおしゃべりで使ってしまう。綾小路きみまろばりの軽妙なトークで大いに場を暖め、スサノオと大蛇の最終決戦に向けて客席の心を舞台に集中させてしまう。

 そして迎えた最終決戦の顛末は、先回紹介した通り。
 激しい戦いの末、スサノオが大蛇の尾から取り出した剣は、アマテラスに献上される。
 これはもしかしたら、「天の岩戸開き」から続く長い姉弟の相克の、和解のイメージなのかもしれない。

 登場する神々の持つ感情がひとまず清算されてこそ、神話の時間に巻き込まれた私たち観客も、日常の時間に戻ることが出来るのだ。
posted by 九郎 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

啖呵の達人

 このカテゴリ「カミノオトズレ」でも度々書いてきたが、民族音楽が好きだ。ただ残念なことに、この分野は大型のCDショップでもそれほどスペースが割かれているわけではない。昨今の書店やCDショップは商品の回転が速く、古いものは中々入手しにくい。そんな中で、けっこう掘り出し物があるのが、ワゴンセールの安価なCDや、図書館に収蔵されている資料だ。こまめに回っていると、たまに面白いものに出くわす。
 最近発見したブツがこれ。



●大道芸口上集(上)(下)
 1990年刊。CDではなく、先行して発行された「大道芸口上集」という書籍のカセットテープ版。
 昔の縁日には様々な怪しい香具師が跋扈跳梁し、リズミカルな口上で客を煙に巻いて色々と怪しげな品物を売りつけていた。その口上の数々を、当時の雰囲気に忠実に再現したカセットテープ上下巻、合計2時間に及ぶ「大道芸博覧会」。「再現」とは言え、収録には本物の香具師の皆さんも参加しているので、怪しさ・迫力ともに一級品。
 ガマの膏売りやバナナの叩き売り、見世物小屋の客引きや、易者や自称山伏、法律家等等。昔の縁日はこんなにも素晴らしい異界だったのかと感心させられる。
 惜しむらくは、アナログのカセットテープ版しかなく、現在極めて入手困難であること。ぜひともCD版で再発して欲しいのだが、演目のうち「見世物口上」や「婆さん売り」などは、何かと表現に制約の多い今日この頃、差し障りがあり過ぎるような内容なのでまず無理なのだろう(苦笑)
 
 このテープを聴くと、現在TVで活躍中の面々の中に、往年の香具師と共通のDNAを持った人々が存在すると気付く。
 みのもんた、島田紳助、デーモン小暮、そしてTVショッピングで日々多様なブツを売りさばくあの人やあの人などなど。
 いつの世にも、声と言葉の連なりで人々の感情を操る異能の人が滅びることはないのだろう。


 入手が極めて困難なカセットテープ版と比べれば、書籍版はまだしも手に入りやすいようだ。
 機会があればご一読を。



●「大道芸口上集」久保田尚(正・続・新版)
posted by 九郎 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年01月31日

啖呵の達人2

 先に紹介した「カセットテープ版大道芸口上集」を見つけて以来、一ヶ月ほどヘビーローテーションで聴き狂った。あまりの面白さに、誰かにお勧めしたくて仕方がなかったのだが、なにぶん20年ほど前のカセットテープなので、ブログで紹介してもそうそう聴ける人はいないだろう。
 今現在入手の容易な書籍やCDで、啖呵売の魅力の詰まったものは無いものかと色々探してみた結果、おあつらえ向きの一冊が見つかった。



●「香具師口上集」室町京之介(創拓社出版)

 さてお立会い。
 御用とお急ぎでない方は、よってらっしゃい見てらっしゃい。

 手前取り出しましたる一冊の書物は「香具師口上集」
 昔懐かしい縁日での啖呵売を、著者・室町京之介の筆による、多種多様な香具師の世界の極めて詳細なる解説と、多数の味わい深いカラー図版で収録した素晴らしい書物でございます。
 
 貴重な一級資料でございまして、この機会を逃すと、再び同様の資料を手にするまでにまた数年、数十年の時を膨大な労力とともに浪費せねばなりません。
 当ブログ「縁日草子」を覗かれますような目の肥えた皆様方は、どうぞこの機会をお見逃しなく。

 本日は路傍での宣伝につき、この極めて貴重な資料を、相場のおよそ半額にてご奉仕申し上げたいと存じます。
 半額とは申しましても、定価から割り引く訳ではございません。
 この本の定価は2,850円+税でありまして、約300ページのハードカバーで、豊富なカラー図版を収録した本としましては、極めて妥当な価格設定でございます。これでは「相場の半額」とはならないのでありますが、この本の目玉としましてCDが付録に入ってございます。
 このCDがこれまた極めて優れもの、この道の第一人者・坂野比呂志の磨き抜かれた香具師芸が、全28演目・75分で収録されてございます。
 本来ならCD単品で3,000円前後の値付けで販売されて一向不思議は無い品でございます。その素晴らしいCDと、これまた貴重な書籍がセットになりまして、定価が3,000円以下の出血大サービス!
 これを「相場の半額」と言わずして、何を「相場の半額」と申せましょう!

 ただ、後々問題が生じてはいけませんので、ただ一点だけ「香具師口上集」の弱点をご説明申し上げておきましょう。
 付録CDの演者・坂野比呂志は、本職の香具師にすら一目置かれた第一人者ではありますが、あくまで芸人さんでございます。
 本職の香具師のごとく、路傍の見知らぬ人々に一銭でも多く商品を捌いてやろうという芸ではなく、演芸場に集まった観客に香具師の世界を面白くパッケージして紹介すると言った芸でございます。
 したがいまして先に紹介しました「カセット版大道芸口上集」のような「香具師現地録音」をイメージさせる怪しさは幾分少なめで、さしずめ良く出来た「香具師テーマパーク」と言った趣の芸でございます。
 さはさりながら、怪しさの少ない分より万人向けであるとも言えますので、この点は「弱点」とばかりは言えないかも知れませんが、一言申し添えさせていただきました。

 本日かような素晴らしい一級資料を、相場の半額にてご紹介できますことを、神仏与太話ブログ管理人といたしましては、非常な喜びを感じておる次第でございます。
 読者の皆様におかれましては、もしこの資料に興味が湧かれましたならば、記事内のamazonリンクをクリックするなり注文なりとしていただきまして、私・九郎にわずかばかりの喜捨をお願いしたいと存じます。

 ハイ!
 ありがとうございます!
 ありがとうございます!


posted by 九郎 at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

まつりあい

 日本の祭、縁日の風景は、聖と俗、正気と狂気、日常と非日常など。相反する要素がバランスをとって共存しているところにそのパワーの源泉がある。
 強大な複数のベクトルが危うい均衡を保つ「真釣り合い」が「まつり」の本質だ。
 昨今の「市民まつり」には、聖性も狂気も乏しい。突出した非日常がきれいに削除されていて、清潔だがつまらない。日常の買い物と大差がない。法的に怪しいもの、市民社会と異質なものを排除し、身奇麗に行事だけを執り行っても、そこに熱は生まれにくい。
 どこやらの裸祭で、警察が猥褻だ何だと横槍を入れたらしい。
 厳密に法に照らして取り締まればそうなるのだろう。しかし、人間はそもそも「法を守るために生きている」のではない。猥雑な人間の暮らしを破綻なく守るために法があるのであって、その逆ではありえない。
 一見愚かで非合理に見える祭でも、それが存在することによって保たれてきた地域の微妙なバランスと言うものがある。杓子定規に取り締まって見えないバランスを踏みにじる者こそが、真に愚かだ。



●「ヤクザと日本―近代の無頼 」宮崎学(ちくま新書)
 この本には、私が懐かしく思う縁日の風景の淵源が、あまさず解説されている。先日紹介した「香具師口上集」とともに、祭の熱はどこから生まれるのか考えさせられる一冊。
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

祭の始まり、祭の終り

 ポスターの掲示自粛や、警察から公然猥褻で警告されたりと話題を呼んだ岩手の蘇民祭が、ひとまずは大きな変更もなく実行されたようだ。
 警察の介入も見送られたようで、「だったらはじめから余計なことを言うな」とは思うが、祭に便乗した外来者が羽目をはずすことへの牽制だったような気もする。そうであれば理解できるので、批判はここまで。
 
 以前から大好きだった漫画家・諸星大二郎の作品を、最近また読み返している。その中に、最近の祭関連のニュースに関連するテーマの短編があったので一つ紹介しておこう。 



●「天孫降臨」諸星大二郎 (ヤングジャンプコミックス)
 諸星大二郎の代表作の一つ「妖怪ハンター」シリーズ中の一冊。
 この本は短編連作集で、収録作のうちの「闇の客人(まろうど)」が、伝統的な祭の再生を扱った作品になっている。
 主人公の学者・稗田礼二郎は、とある山村で伝承の絶えた祭の再生に協力する。しかし再生された祭は、観光誘致を主目的とした地元業者の都合で、様々な点で本来とは違った形の物となってしまった。祭の準備が進む中、数々の怪事件が村を襲い始める……
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posted by 九郎 at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする