2008年06月22日

「道のり」こそ熊野

 去る6月18日、和歌山県田辺市の、とある石像の頭部が切断されていたのが発見されたことが、大きく報道された。
 これまでにも日本各地でお地蔵さま等の頭部が切断された事件はあったけれども、今回のニュースがとくに衝撃を与えたのは、件の石像が世界遺産・熊野古道のシンボル的存在として有名な「牛馬童子」だったことだ。
 幅広い熊野古道のルートの中でも、整備が進み、アクセスし易いことで人気なのが、紀伊田辺と熊野本宮をつなぐ中辺路(なかへち)ルートで、牛馬童子像はちょうどその真ん中あたりにあった。
 ピタッとくっついた牛と馬に、おかっぱ頭の童子がちょこんとまたがる愛らしい石像の写真が、熊野古道の各種ガイドブックにもよく掲載されていたので、目にしたことがある人も多いだろう。 

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 人々に親しまれてきた、姿も愛らしい石像の首を叩き折って持ち去るという行為については、多くを語る意欲が湧かない。
 お地蔵さまの首が折られたニュースの時も思うのだが、そのようなことが出来る人間は、その時点で心の中の大切な部分の多くを失っているだろう。因は必ず果を招く。

 少し考えてみたいのは、観光整備と信仰の聖地の関係だ。
 熊野詣が最盛期を迎えたのは中世のこと。当時の熊野は「辺境の地」で、誰もが簡単に行けるような場所ではなく、それは近現代になってもほとんど変わることはなかった。
 熊野が比較的アクセスし易くなったのは、本当に近年になってからだ。中でも中辺路ルートは全行程に車道が並行しているので、誰もがお手軽に「熊野」を体験できる。
 そのこと自体は素晴らしいのだが、「アクセスし易い観光名所」は、その場所に思い入れの薄い、聖地へ敬意を払えない多くの人間も呼び込んでしまうことになる。
 歴史上の熊野は、地理的に京の都から遠く離れているだけでなく、今日で言う「バリアフリー」から何億光年もかけ離れた場所にあった。
 それでも老いも若きも、健康な人々も病に苦しむ人々も、ただ黙々と気の遠くなるような道のりを歩み続けて到達する場所だった。
 説教節「小栗判官」で、変わり果てた姿の餓鬼阿弥が、人々の助けを借りて土車を進め、ようやくたどりついた本宮湯の峯で生まれ変わる様こそ、理屈を超えた熊野の世界だ。
 そこにはどうしても長い長い「道のり」が必要になってくる。
posted by 九郎 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

友よ、さらば

 先月、部屋の荷物整理をしていて、ボロボロになったリュックをようやく思い切って捨てた。
 肩紐が片方千切れかけていて、まだ何とか保っていたのだが、山行きを考えると不安な状態だった。

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 ここ十年以上、山に行くときは必ず背負って出かけたリュックだ。高価な品ではないが、まずまず頑丈で使いでがあり、私にとってはかけがえのない相棒だった。
 高野山や玉置山、熊野本宮や那智、新宮、葛城にも行ったし、友が島にも何度も出かけた。山ではないが、沖縄等への旅でもいつも背負っていた。
 山へ行き、野山に泊まると、それだけで結構「命がけ」の場面に出くわす。そんな場面でいつも使ってきた道具類には、やはりそれなりの愛着がわく。 私が使う道具はどれも安価ではあるが、注意深く「使える」ものばかり吟味してきた思い入れが深い。
 それでも道具はやはり道具。
 破損して使えなくなったものは、いずれ処分するしかない。

 古い友達に感謝を込めて、記事にしておく。
posted by 九郎 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

茶粥

 自分で勝手に「熊野修行」と称し、夏から秋にかけての一週間ほど、奈良や和歌山の山間部をほっつき歩いていた時、よく食べていたのが「茶粥」だ。
 元々熊野地域の伝統食なのだが、あっさり食べやすく、調理も簡単なので、アウトドアの食事に向いている。

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 昼間、歩きに歩いて疲労困憊し、日が傾き始めると、そろそろ野宿の準備にかかる。
 熊野古道と呼ばれるルートの要所要所には、わりと屋根つきのベンチや、水場があるので、慣れてくると夏場はテント無しでも行けなくはない。(←決して推奨しているわけではない)
 私がアウトドアの調理に愛用しているのは、ステンレス製の丸型飯ごうと、百円ショップで売っているような小型の金網だ。
 単独行が多いので飯ごうは丸型で問題ない。
 金網は小さいものでも1枚あると非常に便利だ。火の周りに適当に3〜4個大きめの石を置いて、その上に金網をのせれば、飯ごうも置けるし、食べ物も焼ける。
 飯ごうにたっぷり水を入れて、火にかける。
 沸いてきたらほうじ茶のパックをぶちこんで色を出す。
 それから米を1合ザラッと注ぎ込んで、あとはあまりかき混ぜずに柔らかくなるのを待つ。
 米は1合ごとにビニール袋に小分けにしておくのが事前の一工夫。
 煮る時間はその時の火力によるので何とも言えないが、ともかく火を眺めながらしばらく休んでいると、ほうじ茶の香ばしさと、米の甘さが楽しめる茶粥が出来上がる。
 最初の3分の1は素のままで美味しくいただき、後半は塩の効いた梅干しや漬物で食べると、この世にこんな美味いものがあったのかと思う。
 昼間、延々と歩き続けてくたくたに疲れ切り、腹が減りきっているためと、大量に汗をかいて胎内の塩分が欠乏しているためだ。
 茶粥には納豆もけっこう合うと思うのだが、さすがに夏季の山歩きには持っていけない(笑)
 食べおわった後始末も、お粥なので水でさっと洗えばおしまい。ご飯を炊くよりかなり楽だ。

 アウトドアには「茶粥」!

 九郎のオススメです!
 朝食や、胃腸が疲れているときにもいいですよ。
posted by 九郎 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

常在遍路

 常在戦場という言葉がある。
 昔の武士の心得で、常に戦場に在るつもりで日々生活せよというほどの意味になると思う。
 私の場合は「常在遍路」だ。
 普段歩いている時、なるべく歩き方に注意をむけ、色々試している。
 絵を描いたりものを作ったりする機会が多いので、週一回以上の頻度でホームセンターに行くのだが、その時ついでに各種アウトドア用品や作業着の物色も欠かさない。
 そろそろ冬本番で、作業場もかなり冷えてきたのだが、最近の作業着は「暖かい、薄く軽い、安い」の三拍子揃っていて非常に助かる。
 1500円ぐらいの作業用ジャンバーの、なんと使い勝手の良いことか。
 昨今のホームセンターは確実に進化しております!
 私が作業着に求める要素と、熊野等の山へ行く時の装備に求める要素はかなり重なっているので、良いものを見つけると反射的に「これ、山でも使えるな」などと考えてしまう。
 今は行けないけれども、心は「常在遍路」だ。

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posted by 九郎 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

常在遍路2

 ここ十年来愛用していたウエストバッグが、ついに破損した。
 ベルトのフックの部分のプラスチックに亀裂が入って、ゆるくなってしまったのだ。
 日常使用ならまだ大丈夫かもしれないが常在遍路の精神から言えば、新調しなければならない。
 山に入った時、いきなり使用不能になられると、非常に困る。

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 小型で造りもシンプルだったが、容量がほど良くて使い勝手が良かった。
 歩くとジッパーのつまみがチリンチリンと小さく鳴って、山ではたぶん動物避けに役立ってくれていたはずだ。
 昨年は愛用のリュックを処分した。
 これで私のここ十年来の山行きのバッグ類は、全部交換されることになる。

 友よ、さらば。
posted by 九郎 at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする