2011年11月22日

信長、心の友1

 しばらく前の話になるが、村上もとかの漫画『JIN-仁-』がドラマ化され、けっこうな人気だった。



 好きな漫画家の作品がドラマ化され、それが好評だったことは嬉しいのだが、『六三四の剣』の頃からの古参ファンとしては、「村上もとかだったらもっと濃密な作品はいっぱいあるのにな……」などと心の中で呟いてしまう。

 それはともかく、『JIN-仁-』と言う作品の基本設定は、現代の医師がタイムスリップで幕末〜維新期の日本に紛れ込み、市井の人々や著名な人物と関わりを持ちながら、歴史の流れに巻き込まれて行くというものだ。
 私は連載開始当時から愛読していたのだが、こうした物語の構造が「何かに似ているな」と感じていた。
 最近思い当たることがあったので書きとめておく。

 まず、現代人が異世界(過去や未来を含む)に紛れ込み、現代人の知見を活かして活躍するという構造は、昔からよく使われる手法ではある。
 特に児童文学や少年・少女漫画の世界では、使い古されていると言ってもよい構図だ。
 ごく普通の現代の少年少女が、異世界に紛れ込むことでそのごく普通の知識や体力、持ち物等が強大な力を発揮するというパターンは、読者の感情移入のしやすさと言う点では「鉄板」だろう。
 小中学生程度の理科や社会、数学の知識が「叡智」になったり、懐中電灯やライター、風邪薬などの常備品が「秘密兵器」になったりする作品を、誰もが一度は読んだことがあるだろう。
 主人公が特異な才能や能力を持っていたり、超人的な努力をする物語も面白いが、自分とほぼ等身大の主人公が、世界を移すことによって超人になれるという設定は、読者の心を甘くくすぐらずにはおかない。
 『JIN-仁-』の場合は主人公が高度な技術を持った医師なので、「ごく普通の人」とは言えないが、それでも「たった一人紛れ込んだ現代人」の眼を通して幕末〜維新期の動乱の渦中にある日本を描き出していく手法は、大人向きに洗練された異世界モノと言えるだろう。
 主人公の医師がタイムスリップする設定についてはあまり突っ込んだ描写は無く、SFとして読むのは無理だが、村上もとかの手練はそこではなく綿密な資料調査に基づき、幕末の世情を極めてリアルな「絵」で見せる点で発揮されている。

 と、ここまで誰もが感じており、おそらく作者や編集者も意図的に「ねらった」基本構造であるに違いない。
 私の妄想・与太話はここから始まる。
 こうした「異世界に紛れ込んだ現代人」の物語と似た構造を持つものに、もう一つ思い当たったのだ。
 それは世にあふれる織田信長を主人公とした一連の作品群だ。
 織田信長は日本史上で最も人気の高い人物の一人。
 信長を扱った小説、漫画、関連書籍は星の数ほど存在し、今後も増殖し続けていくことだろう。
 そうした書籍群の多くに共通するのが、信長を「中世に忽然と現れた近代人の感性を持つ男」として捉える見方だ。
 このような捉え方は、おそらく司馬遼太郎の小説に登場する信長像あたりが嚆矢ではないかと思うのだが、信長にまつわる史実の多くに納得のいく説明を与えてくれるので、確かに魅力的な説ではある。
 そして「信長=近代人の感性」とする見方は、そうした知的な満足とともに、現代人である読者を、戦国の世を行きぬく信長に極めて感情移入しやすくしてくれる効果を生む。
 神仏に支配された中世という闇の時代を、近代の知でもって切り開き、光を当てる信長という異能。
 そうした構図の物語を読む場合には、一般読者は完全に天才・信長と同一の場所に立ち、感情を共有することが可能になる。
 かくして読者は、戦国の世にあってほとんど本人以外誰にも理解されなかった(と描写される)信長の先見性も孤独も、まるごと理解できる「心の友」として、物語を生きることができるのだ。
 それはかなり甘美な体験として読者の心を捕らえて離さなくなる。

 ただ、こうしたものの見方はあくまでフィクションでだけ成立するものであることは確認しておかなければならない。
 信長の実像には多面性があり、極めて先進的な面もあれば、極めて中世的な面もある。
 極めて興味深い特異な人物であることは確かだが、単純に美化することの不可能な、極めて病的な面は否定できない。
 信長の先進的な部分だけクローズアップすれば「中世に紛れ込んだ近代人の感性」として描くことは可能だろうが、それは信長だけに言える事ではなく、他にも信長と同程度かそれ以上に先進的な面を持つ人物なり国の体制なりは、戦国の世にいくらも存在した。
 司馬遼太郎の物語作りの手腕は超一級だが、いくらリアルに見え、知的欲求に堪えてくれるものであったとしても、それはあくまでフィクションであることを忘れてはいけない。
 小説などのフィクションの中で「信長=近代人の感性」という解釈を元に物語を作るのは有りだろうと思うが、政治家や経済評論家などが己の主張の補強材料、自己正当化のネタとしてその説を採用している場合には、注意が必要だと思う。
 フィクションの中だけで成立する信長や竜馬の幻想を、自身の政治的立場を正当化するのは、単に不勉強であるか、故意に大衆を騙そうとしているかのどちらかしかありえない。
posted by 九郎 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

信長、心の友2

 世に織田信長の関連書籍は数多あり、信長ファンは星の数ほどいる。
 史実としての信長ではなく、「戦国の世に忽然と現れた近代人の感性を持つ男」という一解釈のファンが多いという傾向はあるだろう。
 特に漫画作品に登場する信長はかなりの程度、そうした解釈を下敷きにしてるのではないだろうか。
 漫画における信長像の定番と言えそうなのが、この作品。



●「信長 1 黎明の巻」工藤かずや/池上遼一(MFコミックス)
 信長ファンのニーズに徹底的に応えきった漫画と言えるだろう。
 当代随一の劇画師・池上遼一の描く信長は文句なくカッコいい。
 現在は安定期に入って、目立った変化が見られなくなった池上の絵だが、この作品執筆当時は技術的な「極み」目がけてどんどん絵が上り詰めていた時期なので、なんともいえない色気が漂っている。
 ペン画による戦国表現の、一つの完成形だと思う。
 ストーリーは一応通説に沿っており、大幅な改変は行われていない。
 大人の歴史ファンの鑑賞にも耐える仕上がりになっているし、戦国モノのゲームから興味を持って歴史小説や漫画に入る層が、最初に手に取るものとしては、それほど筋は悪くない。

 ただ、やはり20年程前の通説を下敷きにした作品なので、今読むと細部の間違いが目につく。
 とにかく「孤独で先進的でカッコいい信長像を池上遼一の絵で見せる」ことが第一の作品だと思われるで、そういう意味では大成功している。
 だから一々間違いを指摘するのも野暮なのだが、池上遼一の説得力のある絵で描写されていると、まるで全部が史実に沿っているかのように思えてくるので、再読して気付いた範囲で書きとめておく。
 
 まず何よりもいただけないのは、顕如と一向一揆を、カルト教祖と狂信的な信者のように描いていることだ。
 つりあがった太いまゆ毛で眼光鋭く、悪の秘密結社の首領のように顕如の容貌が描かれているのは、まあ良しとする。「信長と戦った高僧で、息子・教如との路線争いもあった」という要素からか、漫画の中では老人のように描かれることも多い顕如が、それなりに若く描写されているだけでもマシとは言える。
 実際の顕如は信長よりも若くて、石山合戦当時27〜37歳くらいであったとされている。(対信長強硬派の息子・教如は、石山合戦開戦時には12〜3歳)下剋上で叩き上げた戦国大名や、個人のカリスマ性だけで人を集めた宗教者とは違い、年若い頃から世襲でリーダーになった人物なので、既存の巨大な門徒組織をまとめ上げるためには「象徴型」か「調整型」であったと考えるのが順当だろう。
 一般門徒に対しては絶大なカリスマ性を発揮しただろうが、それと巨大組織運営の手腕は全く別の問題だ。

 また、一向一揆のメンバーが、ほとんど「完全に逝った目つきで念仏を唱えながら竹槍を持って突撃してくる農民」であるかのように描写している点は、まったく史実と異なる。
 当時の一向一揆の実態は、本願寺系列の寺を中心とした「寺内町」の国境を越えたネットワークで、農民や武士、とりわけ様々な職能を持つ雑多な民衆が集い、信仰によって一致協力したことが力の源泉だった。
 農具や竹槍を手にした農民だけがいくら熱狂したところで、織田軍の鉄砲の的になって死体の山を築くばかりだっただろうが(池上版「信長」にはそのように描かれている)、実際の主要な戦闘要員は農民ではなかった。強固な経済力や軍事力の裏付けがあったからこそ、信長とがっぷり四つに組み合ったまま十年以上に及ぶ石山合戦を戦い抜くことができたのだ。
 本願寺方を「狂信的なカルト集団」として描くのは、「とにかく信長をカッコよく描く」と言うことと密接に関連していると思われる。
 まともに史実を描けば、読者は伊勢長島等の一向一揆殲滅戦で、門徒衆を非戦闘員も含めて数万の単位で大量虐殺(しかも騙し討ち)したという、主人公信長の剥き出しの狂気と直面せざるを得なくなる。
 その狂気の印象を相対的に「軽い」ものにするためには、虐殺対象である門徒をより不合理に、より狂的に描くことが必要になってくる。あいつらイカレててキモいんだから全部殺さないとどうしようもないんだよとでも言いたげな感じを受ける。
 かくして信長を主人公にした漫画等では、一向宗はカルト教団的に描かれることが多くなってくるのだが、非常に安直かつアンフェアな手法だと言わざるを得ない。
 石山合戦を史実の面からみれば、狂的なカルト教祖とその取り巻きという印象は、むしろ信長とその家中の方にあてはまることが見えてくる。
 信長を「中世に時代を先駆けて現れた近代人」として描きはじめたのは司馬遼太郎あたりでないかと思うが、当の司馬遼太郎は、信長による門徒虐殺をおかしな理屈で正当化したりはしていない。「尻啖え孫市」などでは、信長の異常性はきちんと描き、当時の本願寺の教義の開明的な面についても紹介している。
 池上版「信長」では、作中に何箇所か「念仏」と「題目」を混同しているセリフが見受けられる。よくある初歩的なミスではあるが、日本の宗教を多少なりとも学んだら絶対にやらない間違いなので、こうした表記が散見されると、「ああ、原作者も漫画家も編集者も、その面の意識は低いのだな」と判断せざるを得ない。 

 今読むと、雑賀衆に対する情報不足も目立つ。
 まず「雑賀」を「さいが」と読ませている時点で良くないし、石山合戦をかなり綿密に描いた作品なのに本願寺方の主要な大将である「鈴木孫市」が作中にほんの数回、名前だけしか出てこないのも不思議だ。
 下手に「孫市」を登場させてしまうと、必然的に信長の敗戦シーンが多くなってしまうので、作中の強弱バランスが難しくなるということはあったのかもしれない。
 雑賀衆と根来衆の混同もある。
 雑賀と根来は戦国を代表する鉄砲集団で、地理的に近く、交流も深いことから混同されがちなのだが、武装した海運業者で本願寺門徒の割合の多い雑賀衆と、新義真言宗の僧兵集団である根来衆は、根本的に宗派も性格も利害も異なる。
 石山合戦期間中の雑賀衆は傭兵活動ではなく、多くは「持ち出し」で本願寺方に参戦しているが、根来衆は完全に傭兵集団として、主に信長方に参戦している。

 毛利水軍に大敗した第一次海戦だけ描いて、鉄甲船が登場して石山合戦を勝利に導いたとされている第二次海戦を描いていないのはすごく不自然だ。
 それより以前に琵琶湖で建造したとされる「大船」はきっちり絵にしており、こちらは「鉄甲船」並みの圧倒的な火力で描かれているので余計に不自然さが目立つ。
 私はこの作品を先ごろ完結したコンビニ版で再読したのだが、もしかしたら編集の関係でカットされているのだろうか? 通常版の単行本をお持ちの方は情報をお願いします!

 長篠合戦において「三段撃ち」を描写せず、むしろ「馬防柵」の効果を強調しているのは賢明だと思う。「号令による一斉射撃」の描写はまずいと思うが、長篠の勝利を「物量による守り勝ち」として描いているのは良いと思った。

 色々書いたが「漫画による信長伝」としては、良い出来の作品だと思う。 
posted by 九郎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

「二次創作」としての歴史モノ

 同人誌の世界で「二次創作」という言葉がある。
 wikiによると、以下のように定義されている。

二次創作物(にじそうさくぶつ)は、原典となる創作物(以下、「原作」という)のストーリー、世界観、それに登場するキャラクターや道具などの各種設定を元に、二次的に創作された、独自のストーリーの漫画、小説や、独自のイメージによるイラスト、CG、立体造形物(フィギュアなど)などの派生作品を指す。原作の媒体は、小説や漫画、アニメ、映画など多岐にわたる。主として同人誌の分野において1990年代後半から使用されている用語であり、著作権法上の用語ではない。


 説明にある通り、多数の読者・ファンを持つ人気作品の世界観、設定、キャラクター等を使用し、自分なりの筋立てで作品化する「二次創作」は、玉石混交ながらも同人誌の世界で腕を磨くアマチュアの、有効な鍛練方法にもなっている。
 魅力的な世界観、設定、キャラクターは、それを発想すること自体が非常に難易度の高い創作活動だ。そこを「借り物」で済ませることで、より技術的な、漫画で言えばストーリーやコマ割りや絵に集中することができる。
 著作権的にはかなり黒に近いグレーゾーンだが、かなり人材を輩出している分野ではある。

 一般に「二次創作」と呼ばれる作品が問題になるのは、まだ元ネタの作者が存命で、著作権の切れていない「現役」の人気作品を下敷きにしているからだが、同じ「広く人気のある既存の世界観、設定、キャラクター等を下敷きに表現活動を行う」という行為でも、全く問題化しないものもある。
 たとえば日本の戦国時代や中国の三国志等を題材にした作品がそうで、「著作権」という概念が存在しない時代から数多の物語が紡がれ、各登場人物は史実から遊離しながらも魅力的な性格を備えて定型化されている。
 歴史の流れの大筋という枠が決まっているので、ストーリー展開も発想し易い。
 普通は戦国モノや三国志モノであること自体を指して「二次創作」と言うことは無いが、表現形態としては極めて近いものがあると思う。
 実際、同人誌等のアマチュアの世界でも三国志・戦国モノは人気テーマで、他の二次創作と同じノリで多くの作品が制作されている。
 もちろん、二次創作的であることと作品の質は無関係なので、良い作品は良いし、つまらない作品はつまらない。
 けっこう高名な作家の小説作品でも、相当に斬新な部分が無ければ、二次創作的な性格を備えていると言えるだろう。

 前回記事で紹介した池上版「信長」は当代一流の劇画師の秀作で、最終ページには高層ビルの背後に立つ南蛮甲冑姿の信長の幻影とともに、このようなナレーションで結ばれている。
信長がその生涯を
全うしていたなら_____
日本の近代が
もう三百年
早く訪れていたことは
確実である!

果たし得なかった
信長の夢は、
ついに永遠の
ロマンとなって
歴史を生き続けている!

 こうした締めくくりにも良く表れている通り、作品全体は世に流布された通説・俗説や、一般に人気のある信長のイメージを上手く集大成してある構成で、絵作り以外には何か革新的なものがあるわけではない。
 そのような意味では二次創作的な色合いの含まれる作品だといえるかもしれない。
posted by 九郎 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする

2012年11月10日

雑賀で売れるにはどうしたらいいか?

 2010年頃のことだが、立てつづけに「雑賀孫市」や「雑賀衆」をテーマにしたマンガの連載が開始された時期があった。
 私は2006年頃から雑賀衆や石山合戦に興味を持ち始め、じわじわとのめり込んで関連資料などを漁り、挙句の果てには、雑賀衆をテーマにした自主製作映画にほんの少しだけ関わらせてもらったりしていたので、こうした流れは素直に嬉しく思い、「ついに雑賀の時代が来たか!」などと妄想したりしていた。
 当時連載中だった主な作品は以下の通り。
 

●「戦国八咫烏 1」小林裕和(少年サンデーコミックス)
●「雷神孫市 1」さだやす圭(プレイコミックシリーズ)
●「雑賀六字の城 壱」津本陽(原作)おおのじゅんじ(漫画)(PHPコミックス)

 三作のうち、「戦国八咫烏」は週刊少年サンデーというメジャー誌、「雷神孫市」は著名漫画家さだやす圭作で、期待が高かった。
 しかし両作品ともに、雑賀衆をテーマにした場合の物語のクライマックスになるべき、織田信長との直接対決までは、ついに描かれることは無かった。
 やはり「連載打ち切り」と言うことなのだろう。
 私が一番気に入っていた「雑賀六字の城」にいたっては、掲載誌そのものが休刊になってしまった。(参照:続きが読みたい!
 質的にはかなり高い作品だっただけに大変残念だったのだが、その後月刊コミック乱と言う雑誌で連載再開されていることを知り、一安心した。
 こちらはいよいよ、雑賀衆と信長の直接対決が始まろうとしているので目が離せない。

 ぶっちゃけ雑賀をテーマにした漫画は、どれも苦戦中である。
 石山合戦や雑賀衆は、物語の素材としては極上だと思うのだが、それが「売れる」かどうかはまた別問題のようだ。
 私は自分でもいつの日か石山合戦をテーマにした絵解きをやってみたいと志しているので、「どうやったら雑賀衆で受けるか」ということには、ちょっと関心があり、つらつら考えてみたところ、苦戦している三作品には共通した傾向があるのではないかと思い至った。
 それは、織田信長の出番が少なく、扱いが軽いということである。
 戦国ブーム、歴史ブームと言われ始めてから既に久しいが、少なくとも現代の歴史エンターテインメントの中で不動の一番人気を誇っているのが織田信長その人であることは、議論の余地がないだろう。
 信長には需要がある。信長は「客」を持っている。
 信長を扱えば、一定数の読者を引きつける要素にはなる。
 それは逆に言うと、信長を「悪く」「軽く」扱うと、それだけで「客」を逃がす要素になり得るということだ。

 雑賀衆や一向一揆をテーマに扱うということは、信長を相対化するということと、ほぼイコールだ。
 一向一揆側からの視線で信長を眺めれば、そこには残虐極まりない「魔王」が映らざるを得ないし、史実を丁寧に検討していくと、信長だけが突出して優れていた訳ではなく、織田軍の鉄砲隊が必ずしも戦国最強ではなかったことが明らかになってくる。
 これでは世に星の数ほど存在し、現在の戦国ブームを支えている「信長ファン」という読者層からは、あまり歓迎されなくなってしまうのは仕方がない。
 だから一向一揆側から見た石山合戦を描く場合、信長を単なる悪役にしてはならないのだ。

 信長は強大な魔王でありながら、なおかつ魅力的な「悪のカリスマ」として描かれなければならない。
 広く読まれることを志すなら、信長とその思想をカッコよく描き、同時にそれと拮抗する別の魅力的な価値観をぶつける存在として、一向一揆や雑賀衆を描かなければならないのだ。
 その場合のサンプルの一つとしては、やはり「北斗の拳」で描かれた覇者ラオウに、まったく正反対の生き方をぶつけて散って行った「雲のジュウザ」の姿が浮かんでくる。

 しかし、そもそも雲のジュウザは、司馬遼太郎「尻啖え孫市」を下敷きにしているのではないかと思われるので、結局「司馬遼太郎ってやっぱりキャラクター作りがむちゃくちゃ上手いなあ……」という振り出しに戻ったりする(苦笑)
posted by 九郎 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする

2013年08月08日

司馬遼太郎「播磨灘物語」

 織田信長と本願寺の天下分け目の一大決戦である「石山合戦」を、いつの日か絵解きしてみたいという願望をもっている。
 遅々とした歩みながら、関連書籍をあれこれと読み続けている。

 そんな中、書店を巡回しているときに司馬遼太郎「播磨灘物語」が平積みになっているのを見かけた。
 来年のNHK大河ドラマで黒田官兵衛が取り上げられる関係で、ピックアップされているらしい。
 司馬遼太郎の作品は中高生の頃あれこれと読んでおり、この「播磨灘物語」も一回くらいは目を通しているはずなのだが、内容はほとんど覚えていなかった。
 たしか秀吉による播磨三木城攻めあたりが中心になっていたというおぼろげな記憶があり、それならば石山合戦とも時期的に重なり、毛利や本願寺との政治的駆け引きも当然出てくるはずなので、再読してみることにした。 
 あと、私も実は播州出身で、出てくる地名になじみのある場所が多いことも、食指を動かされた要因の一つである。



●「播磨灘物語 全四巻」司馬遼太郎(講談社文庫)

 結果から言うと、石山合戦を目的とした読書という面から見れば、全くの空振りに終わった。
 作品の切り口としては、織田信長と中国毛利という二大勢力に挟まれ、もみくちゃにされる播州の小勢力の興亡を、黒田官兵衛と羽柴秀吉の交流を軸に、丹念に描いていくという体になっている。
 播磨は現在の姫路市に存在した英賀(あが)本徳寺の寺内町を中心に、一向一揆の力の強い地域でもあったのだが、作品内ではそうした要素は抑え気味になっている印象がある。
 取り扱われる史実が播磨ローカルなものが多く、登場人物の大半が世にあまり知られていない地味な人士で占められていることもあり、作品内の筋立てをより分かりやすくするために「信長VS毛利」という大きな構図を中心に据え、「本願寺・一向一揆」という要素は抑制したのかもしれない。
 何箇所かに雑賀孫市も名前だけは出てくる。
 雑賀孫市は石山合戦の期間中の10年あまり、対織田軍の司令官として転戦を続けていたので、もしかしたら英賀寺内町や攝津あたりの攻防において、黒田官兵衛と直接対決した史実も十分あり得ただろうから、そうしたシーンも作中で見てみたかった気もする。
 しかし、あの強烈な「尻啖え孫市」を、この全体に地味な作品に登場させてしまったら、大きくバランスが崩れてしまっていただろうから、名前だけの出演になったのも仕方がないことなのだろう。
 作者自身も一向一揆的要素の描きもらしについては自覚し、読者から一定数あったらしいそうした指摘は多少気になっていたようで、あとがき等でその点について解説を加えている。
 それによると、作者の先祖はそもそも英賀門徒衆であったという伝承があるらしく、主人公の黒田官兵衛とは敵対関係にあったそうだ。
 元々の着想は英賀での攻防にあり、作品を描き起こす触媒としてそのテーマは確かにあったのだが、描きすすめるうちに自然と消えていったと説明している。
 個々の小説作品内のバランスという点では納得できる説明だが、石山合戦そのものを取り扱った「尻啖え孫市」でも、主人公の孫市は本願寺の信仰を持っていなかったと設定されており、もっぱら陸上の傭兵稼業の描写ばかりだった。
 史実としての孫市(鈴木孫一)が、雑賀水軍を率いて寺内町ネットワークを活用した海上交易や海戦を行っていた面は全く描かれていなかった。
 これはもう書いてしまっていいと思うが、ぶっちゃけ司馬遼太郎は、本願寺の寺内町ネットワークや中世の海賊・水軍と言うようなテーマについて、作品の主題にできるほどには認識できていなかったということだろう。
 もちろんそうしたテーマについて「無知である」ということはあり得ないのだが、他の分野の高品質な描写に比して言えば、手薄な感は否めない。

 ただ、そうした不足は、小説の面白さとは無関係だ。
 一向一揆、石山合戦という切り口から見れば空振りに終わったのだが、作品自体は非常に楽しめた。
 黒田官兵衛はよく「軍師」と呼ばれ、次の大河ドラマでもそのような表現になるようだが、戦国当時固定的な「軍師」という役職があったわけではなく、それぞれの戦に参加したメンバーのセッションの中で、軍事戦略の相談役のような立場に相当する人物が、結果として浮かび上がってくる様子が作中でもよく描かれていると感じる。
 一般にあまり知られていない戦国末期の播磨の情勢が分かり易く描写されている。
 私も含めて播磨出身者なら、登場する同郷の面々の視野の狭い田舎者ぶりも、苦笑を浮かべつつ愛情を持って読み進められると思う。
 個人的に興味深かったのは、官兵衛に至るまでの黒田家が、薬の製造・販売を行っていたらしいという部分だ。
 播磨は古来、陰陽道、それも蘆屋道満系の民間陰陽師の影響の強い地域であり、中世においては薬の製造・販売は陰陽道の管轄になっていた。
 陰陽道の強い地域と言うのは、同時に一向衆が広まり易いという傾向があり、播磨はまさにそれに該当する。
 迷信を嫌う一神教的性格をもった一向衆と、神仏が複雑に習合した陰陽道は、一見正反対の在り方に思えるのだが、実際にはコインの裏表のように同じ地域で同居している場合が多いのだ。

 このあたり、なにかざわざわと惹かれるものがある。

 陰陽道については、以下のカテゴリで取り扱っている。

節分
 節分の豆まき行事の背後に横たわる、奇怪な神仏の物語。
 「蘇民将来」「金烏玉兎」「牛頭天王」「艮の金神」「スサノオ」
金烏玉兎
 中世陰陽師の伝説の秘伝書。その真相とは?
posted by 九郎 at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする