10月の満月の夜から語り始めて、一旦語り始めてみると意外に長くなってしまった。
私の断片的な記述で誤解を招かないように一つ確認しておく。
2000年1月にどんとはハワイで37歳で亡くなったのだが、死因は医学的には「脳内出血」だということだ。
だから、どんとの歌詞の中に、数年後の死を思わせるものが多数あることも、ただ「不思議である」としか言いようがない。
若くしての死ということを考えれば、そこに至るまでに何らかの体調変化があったかもしれないとは思う。
医者にかかるほどはっきりとした不調ということはなく、周囲にも何か伝えるほどのこともない微妙な体調変化を、鋭敏な感覚を持ったアーティストが無意識のうちに感じ取り、作品にそれが表われていたのではないか?
そんな風に考えられなくもないが、あくまでこれは後付けの想像にすぎない。
どんとの歌詞の世界には、かなり具体的な表現で死後の状況と重なるものも多い。
先ごろ発行された小嶋さちほさんの著書によると、死の3か月前に書かれた、まだ作品化される前のメモには、ほとんど「予知」としか思えない内容も含まれていたという。
ただただ、「不思議である」と言う他ない。
どんとは多くの美しい作品、楽しい作品を残し、その作品にまつわる物語を体現し、私はそれを遠くから眺め、楽しんできた。
しかしそんな傍観者である私には計り知れない思いが、身近な人々の中にはもちろんあったことだろう。小嶋さちほさんは著書の中で、葬儀が終わってからの自身の内面について、〈日常の地獄〉という言葉を使っている。
そこに他者がさしはさむ言葉など、あるはずもない。
ともかく、私は今後も折に触れてどんとの曲を聴き、考え続けることだろう。
とくに「沖縄三部作」と呼ばれる、95年以降のソロ活動については、そう思う。
●ごまの世界
●DEEP SOUTH
●サマー・オブ・どんと実況録音盤 1998
パフォーマーとしてのどんとは、顔も体格もけっこう日本人離れしていて、「異相」と呼べるカッコよさだったのだが、同時に繊細で知性的な面もあわせもっていた。
沖縄での作品には「彼岸」を歌った作品が多数あるが、完全にあちら側に行ってしまっているかと言うとそうでもなく、こちら側からの視点と混在したものが多い。
この世の価値感を超越してしまっているものもあるが、どこか「この世の出来事」を愛でて懐かしんでいる雰囲気が漂っている。
ライブの形でファンが参加できる追悼行事もあるが、真宗式の葬儀を受けて、戒名もある。
私の思うどんとの魅力は、そうした「境界をまたにかける」自由さだ。
小嶋さちほさんの著書の「虹を見たかい?」というタイトルは、どんとの作った美しい曲のタイトルでもある。
私もあの懐かしい海岸で、何度も虹を見た。
ほとんど行くたびに見ていたような憶えがある。
元々海岸や河川敷のような水と陸の境は、虹の出やすい地形ではある。
水と陸をつなぐ場所には、天地をつなぐ橋もかかりやすい。
また、海岸や河川敷は、市が立ち、人や物が交流する場所でもあり、芸能が生まれる場所でもある。
どんとの曲を聴いていると、そうした場所に足を運びたくなるし、そうした場所で空を眺めたくなってくる。
そういうことだったのか。
ここ2年ほどあの海岸のお祭りに行っていない。
またいつか、虹を見に行きたい。
(「どんと」終 レビューに続く)