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2017年03月15日

本をさがして1

 祭をさがして舞台作りに参加した90年代前半。

 祭をさがして-1
 祭をさがして-2

 そして震災やカルト事件で、自分のやりたいことが一旦リセットされてしまったように感じた95年。

 震災記-1
 震災記-2
 震災記-3

 祭の影-1
 祭の影-2

 私は一度立ち止まって、じっくり読書をしたくなっていた。
 元々本を読むのは好きだったのだが、小説等の創作作品が中心だった。
 昔から興味のあった神仏や宗教について、創作経由ではなくちゃんと知りたくなった。
 独学なので、はじめのうちは初歩的な解説書やエッセイ的な読み物から入るのは仕方ないとして、できれば経典、教典等の原典まで読み進めてみたいと思った。
 本来ならもう少し早く、学生時代に存分にこうした読書をすべきだったのかもしれないが、こういうことは「内的必然」が無ければどうしようもないものだ。
 ちょうど震災やカルト等の、目の前の「圧倒的な現実」が強烈すぎて、フィクションがあまり読めなくなっていた時期でもあった。

 まだネットが一般化していない90年代は、何か本を探そうとすると、とにかく足を使わなければならなかった。
 本、それも宗教関連の専門書を探すとなると、街の本屋さんでは間に合わない。
 大型書店か大型図書館、古書店巡りをすることになる。
 昔の本探しは「足が棒になるほど歩き回ること」と、ほぼイコールだった。
 読書するということは、まずは読みたい本を探す旅であり、目星をつけた本を訪ねる旅であり、その果てにようやく本を読むことで起こる脳内の旅の入り口にたどりつくことができるのだ。
 あと宗教関連だと、直接神社仏閣や団体に出向くことも含まれてくる。

 中でも古書店の役割は大きい。
 上は名のある古書店の本棚最上段から、下はBOOK OFFの百円均一コーナーまで、その気になって探すと古本屋の本棚は、宗教やちょっと怪しいオカルトでいっぱいだ。
 あちこちで開かれている「チャリティー古本市」の類も見逃せない。
 専門店では何万円もする本が、(滅多にないことだが)無造作に百円均一で並んでいたりする。
 今に続く私の神仏趣味は、震災後から2000年頃にかけての濃い読書体験に始まっている。
 当時出会った数々の良書や、それにたどりつくまでに浴びるほど乱読した雑本の類の蓄積が、この神仏与太話ブログ「縁日草子」の基礎になったのだ。

 その頃、私がよく通っていた古本市があった。
 毎年春先に開かれる古本市で、不用の本を一般から集めて売り捌き、収益はアジアからの留学生のための支援にまわされるという趣旨だった。
 単行本が300円、文庫や新書は100円均一の値付けだったので、けっこう掘出物があった。
 ただ難を言えば、こうした古本市はビジネスではないので専属スタッフがおらず、本の整理がほとんどされていなかったことだ。
 一見さんは膨大な本の山の前で、ただ呆然と立ち尽くすことになりやすい。
 貧乏だった私は、とにかく安く必要な本を揃えたい一心で、暇を見つけては発掘作業のような本探しを続けていた。
 発掘作業というのはたとえ話でも何でもなくて、たまに落盤事故まがいの「本の雪崩」に遭遇し、身の危険を感じることもあった(笑)
 これではラチがあかないと、後に「古本ボランティア」として整理を手伝っていた時期もあった。
 自分の欲しい本を探すのが主目的だったで、ボランティアとしてはやや動機が不純だったのだが、それでも素人ぞろいの中では「本に詳しい人」としてゴー腕をふるった。
 売上アップに貢献し、古本市を主宰しているスタッフの人に感謝されたりした。

 馬鹿な私は、少しおだてられると全力で木に登ってしまう。
 自分のための資料探しという当初の目的はどこへやら、無意味に高性能な「古本整理マシーン」と化して、只働きに夢中になった。
 手段が目的化するとは、まさにこのことである。
 自分で言うのもなんだが、私は生来凝り性で生真面目なので、一旦始めたことは徹底するのだ。
 独自に古本整理のノウハウを理論化し、わかりやすくレポートにまとめ、スタッフの皆さんに配ったこともある。
 そのレポートは私がボランティアを卒業した後も、何年か読み継がれていたようだ。
 内容のさわりを覚えている範囲で再現してみよう。

・本はとにかく何らかの形で整理されたものを表に出しましょう。未整理のダンボールは奥でいいです。ごちゃごちゃのままでは普通の人は探せません。整理した分だけ売れ、その分新しく表に出すことができます。
・段ボールを上下にカットして薄い箱二つにし、本を一重に並べるようにすると、探しやすく、積み重ねも可能になります。
・以下のような売れやすいものは専用のコーナーに。
・時代小説や歴史小説は全巻揃いの状態でくくっておけば、必ず売れてスペースが空きます。
・その他流行作家は作家別で箱詰め。
・児童書や絵本。
・辞書の類(学生や留学生のお客さんが多いので)
・岩波文庫/新書、中公文庫/新書は専用箱へ。
・文芸のハードカバーは意外に売れないので後回しでもいいです。
・「窓ぎわのトットちゃん」と「サラダ記念日」と赤川次郎の文庫はとにかく数が多いので、見つけたらそれぞれ専用箱へ。

 最後の項目などは、いかにも90年代っぽい(笑)

 このように獅子奮迅の大活躍を繰り広げたところで、得るものは少ない。
 岩波文庫や新書で出ている古典や基礎文献はすぐに揃うが、それらは金さえ払えば誰にでも買える資料だ。
 値段が高いか安いかの違いに過ぎない。
 本当に欲しい「手に入り難い」文献に巡り合うことなど、滅多にあるものではない。
 しかし不思議なことに毎年数冊は、欲しくてたまらなかった絶版本が、本の山から顔をのぞかせて「待ってたよ」と私に微笑む。
 しかもご丁寧に、本棚からちょっとはみ出していたりするのだ。
 この瞬間の快感を言葉で表現するのは難しい。
 ジャンルは違えど、何らかのマニアの人にだけ、私の気持ちはわかってもらえるのではないだろうか。

 ともかく、歩き回ったり積み下ろしたりというような地道な「肉体労働」とともに、私は勉強を開始するのに必要な分量の本を、まずはガサッと揃えることができた。
 今ならネット検索が入り口として適当になるだろうから、肉体労働の要素は大幅に減っているかもしれない。
 しかし一言いわせてもらえば、何ごとかをある程度の専門性を持って、自主的に勉強しようとするならば、ネットで得られる情報だけでは全く足りない。
 勉強は座ったままではできないのだ。
 くたくたになるまで足を使うというプロセスは、時代を超えて必須なのである。
 これは何かについて学んだ人なら、誰もが通ってきた道ではないかと思う。
(続く)
posted by 九郎 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

本をさがして2

 私がこの神仏与太話ブログ「縁日草子」を立ち上げ、様々に語り続けるに至ったのには、いくつかの原点がある。
 そのうちの一つが、全てがリセットされた95年頃、書店でたまたま見つけた一冊の文庫本の衝撃だった。
 五木寛之「日本幻論」である。
 それなりに小説は読んでいたのだが、実はそれまでこの作家の作品を読んだ経験はなかった。
 もちろん名前は知っていたのだが、書店で手に取ったのは全くの偶然、気まぐれだったはずだ。
 パラパラとページをめくって流し読みをすると、一気に引き込まれた。
 レジに直行し、そのまま貪るように読んだ。
 歴史の影に埋没した様々な民衆の姿、「隠岐共和国」、「かくれ念仏」、そして「蓮如」。
 この本にはかつて存在し、今はもうほとんど痕跡も残っていない民衆の生き方が紹介されていた。
 一般に日本人は「長いものには巻かれろ」式で、支配層に対してきわめて従順であることばかりが強調されがちであるが、幻の隠岐共和国や加賀一向一揆のように「下から持ち上がった形での自治体制」が存在したかもしれないという点に、強い興奮を覚えた。
 当時は新潮文庫から出ていたのだが、現在はちくま文庫版が入手しやすいようだ。


●「日本幻論―漂泊者のこころ: 蓮如・熊楠・隠岐共和国」五木寛之(ちくま文庫)

 その頃よく立ち寄っていた喫茶店で、この本を飽きもせず何度も何度も興奮しつつ読み耽った記憶がある。
 繰り返し読み返すうちに文庫本のカバーはボロボロになり、本の角は摩滅して丸くなった。
 このままではいつ本自体が崩壊してもおかしくない。
 その後も何度となく再読するであろうことがはっきり分かっていたので、先に刊行されていたハードカバー版を探し出し、控えに購入した。
 あるとき、行きつけの大型書店で、新刊発売記念としてサイン会が開催されたことがあった。
 私はポケットにボロボロになった方の「日本幻論」を忍ばせ、新刊本を手にサインの列に並んだ。
 自分の順番が回ってきたとき、恐る恐る「あの、失礼ですが、こちらの本にサインをいただいてもよろしいですか?」と、古びた文庫本を差し出した。
「いいですよ、両方とも書きましょう」
 五木寛之さんは笑いながら新刊本とともに受け取ってくださった。
 サインを書き終わるまでの短い時間、雑談に付き合ってくださった。
「この本は自分でも気に入っているんですよ」
「僕は祖父と父が浄土真宗の僧侶なんですけど、この本を読んであらためて仏教や他の宗教のことを学ぶようになりました」
「それは嬉しいですね。これからも勉強なさってください」
 作家にとっては数多くのファンの中の一人との、他愛もない雑談だったはずだが、私にとっては大切な思い出になった。
 だから、今も続けているのである。

 最初の一冊「日本幻論」を手に取って以降、五木作品の中から同様のテーマを扱った作品を追うようになった。
 刊行時期が近く、ほぼ続編と言える内容なのが、以下の本である。


●「蓮如―聖俗具有の人間像」五木寛之(岩波新書)

 私は浄土真宗の僧侶の家に生まれ、結局自分では得度はしなかったものの、同年代の中では比較的「真宗風土」のようなものを体感して育ってきたと思う。
 そんな私なので、宗祖である親鸞についてはそれなりに知識があり、「歎異抄」くらいは手に取ったことがあったけれども、蓮如についてはほとんど何も知らなかった。
 ただ、勤行の折に読まれる「御文章」の筆者であるらしいということぐらいしか知識がなかった。
 鎌倉新仏教の祖師の一人としての親鸞は、教科書にも載っているし、一般に紹介される機会も多いのだが、本願寺中興の蓮如はそうではない。
 一般のイメージとして「教えの親鸞、組織の蓮如」という類型があり、浄土真宗、とくに東西本願寺から一歩でも離れると、蓮如の名が話題にのぼることは少なかったのではないかと思う。
 蓮如に関する事跡が、書籍などを通じて紹介されるようになったのはわりに近年のことで、そのような機運の醸成に貢献したものの一つが、五木寛之の一連の著作であったということは言えるだろう。
 子供の頃から独特の抑揚と共に耳にし、自分でも音読してきた「御文章」。
 それは、どのような内容だったのか?
 それは、どのような時代背景で成立したのか?
 大人になってから「再会」し、あらためて考えてみるきっかけになったのが、この本だったのだ。


 私は何らかのテーマにハマると集中的に読み漁る読書スタイルを持っている。
 次に読み進んだのは同じ著者の「風の王国」だった。


●「風の王国」五木寛之(新潮文庫)
 ただ「歩く」というたった一つの行為を軸に、古代・中世・近代・現代がつなぎ合わされ、「歩く」ということが思想にまで高められる不思議な物語である。
 表の歴史として豊富な文字記録が残っている世界、平地に定住し、農耕を営む「常民」の世界と並行し、かつて存在したもう一つの世界。
 定まった住居を持たず、農耕に関わらず、山・川・海を経巡って暮らす「化外の民」の世界。
 この物語の中で描かれる、葛城二上山を本拠とする山民をルーツに持つ人々の姿は、著者の綿密な考証により、まるで実在する集団のように生き生きと描かれている。
 先に紹介した「日本幻論」は、後半じわじわと蓮如に関する記述が多くなっていくのだけれども、前半はかなり多様な「かつて存在したもう一つの日本」が紹介されている。
 その中の一つである「山民」の世界を、物語として読みたい場合はこの作品ということになるだろう。

 素晴らしい物語を読み終えると、その甘美な余韻の中で、「この物語は本当にこれで終ってしまったのだろうか?」とか「続きはもう無いのだろうか?」と、欲が出てくる。
 無いものねだりは程々に、そうした「楽しくて、やがて寂しき」感覚こそ、大切に味わうのが良い。
 今ならそうした「間合い」が理解できるのだが、はじめて「風の王国」を読んだ時、私はまだそこまでわかっていなかった。
 同じ作者の「戒厳令の夜」を読んだり、その他の著者の「サンカ」をテーマにした本を読んでみたりしたが、直接「風の王国」に続くものは見出せなかった。
 五木寛之の仏教をテーマにした一連の著書は気に入ったので、折に触れて読み進めるうちに、2000年代に入ってからようやく「風の王国」の後日譚と言える記述に出会った。
 私が大好きな「日本幻論」「蓮如―聖俗具有の人間像」からつながるテーマを持つ「日本人のこころ1〜6」として刊行されたシリーズである。
 こちらも、現在はちくま文庫版が入手しやすいようだ。




 どれも「日本幻論」の世界をさらに展開する刺激的な内容なのだが、中でも「風の王国」に連なるのは以下の一冊だった。

●「サンカの民と被差別の世界」五木寛之(ちくま文庫)
 中国地方に実在する山の民に連なる人々が、フィクションとして描かれた「風の王国」を読み、熱烈な読者になり、五木寛之自身がそうした人たちに直接会って対話することになる物語。
 虚構と現実が交錯して新しい歴史が生み出されていく過程を、ドキドキしながら私は読み耽った。
 そしてその仲介の役割を果たした沖浦和光との対談も刊行される。


●「辺界の輝き」五木寛之/沖浦和光(ちくま文庫)
 葛城二上山から当麻寺、金剛山。紀ノ川を通過して瀬戸内、中国地方へと、漂白に生きた人々の文字に残されなかった歴史が、対談と言う「語り」の中で描き出されていく。

 五木寛之は、作家である。
 宗教者ではないし、専門の研究者でもない。
 作家の書くものは、小説以外であっても、基本的には「物語」であり、もっと言えば「与太話」だ。
 だから作品を読んだことで何かを「学んだ」気になってはいけないのだが、心に何らかの火を灯されるということはあるし、それが作家の力、物語の力と言ってよい。
 テキ屋の啖呵のごとく感情を煽り、巧みな口上で魅力的なテーマを叩き売るのが、優れた作家の仕事だ。
 学びは後からついてくる。
 90年代半ば、あのタイミングで一連の五木寛之の著作に出会えたことは、幸運だったと今でも思っている。

 最初の扉は「日本幻論」だった。
 はるかに時が流れ、私は数えきれないほどの本を読み、遍路を重ねた末に、雑賀衆の活躍した石山合戦と言うテーマに行き当たっている。
 浄土真宗、蓮如、もう一つの日本、化外の民など、昔感銘を受けた要素がすべて詰まったテーマである。
 あれから二十年以上たって、最初の扉を今もう一度潜ろうとしているかのような感覚を抱いているのである。
(続く)
posted by 九郎 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

本をさがして3

 90年代半ば、私が思い立って宗教関連の本を探し始めたのは、直接的にはやはりあのカルト教団の事件がきっかけだった。
 世代的には信者の下限あたりと重なっていて、興味の対象も近い。
 当時のサブカル界隈で生息していたり、ある程度の学歴があったりする若者の多くがそうであったように、直接の知人はいなくても「知り合いの知り合い」くらいの距離感の教団信者は何人か確認でき、人のつながりの面でもさほど遠くはない。
 そうした諸条件から考えて、自分と彼らがかなり近い立ち位置にあるのはわかる。
 同時に、感覚的には「ぜんぜん違う」という思いもある。
 何が同じで何が違っているのか、言葉にできないもどかしさのようなものを感じていた。
 かの教団・教祖は自らを「仏教」あるいは「密教」であると言い、幾人かの宗教学者も、事件前の段階ではそうした見解を肯定的に評していた。
 教団信者の述懐としてよく紹介されるものに、以下のような言葉があった。

「日本の寺は風景でしかなかった」

 言わんとしていることは、わからないでもない。
 真理を求めて取り組めるような「教え」や「行」が、そこにはないように思えたというのは、当人にとっては事実なのだろう。
 主体的に求めれば「教え」も「行」もちゃんとそこにあったのではないかとも思うけれども、「見ようとしない者には見えなかった」ということは十分考えられる。
 私の場合はそうした日本的な「風景としての仏教」が、嫌いではなかった。
 盆暮れの里帰りの時に御経や和讃、御文章を唱えたり、たまに法事があったりという風景が、わりに好きだったのだ。
 そんな私から見ると、かの教団は、少なくとも私の中の「仏教」とはかけ離れて見えた。
 教義的には日本の大乗仏教ではなく、初期仏教やチベット密教を導入しているから違って見えるのだという説明は、言葉としては理解できる。
 しかしそれでも、「違うのではないか?」という感覚的な疑問はぬぐえなかった。

 自分の持つ違和感の正体を確かめたくて、様々な仏教書を渉猟し始めた。
 当時は入門書やムック本、雑本の類まで、手当たり次第に数えきれないほど読んだ。
 あれから時は流れ、仏教全般ということであれば、今でも手元に残し、たまに読み返しているのは、以下のようなオーソドックスな入門書だ。


●「仏教 第2版」渡辺照宏(岩波新書)
 自分なりに勉強し始めた頃、何から読んだらよいのか全くわからなかったので、とにかく岩波新書のスタンダードなら間違いなかろうと手に取った。
 結果的には大正解だった。
 厚過ぎず、薄すぎないほどよい分量で、インド〜中国〜日本の仏教全般を、比較的平易に解説してある。
 最初期に内容の確かなこの一冊に目を通していたおかげで、その後の読書の筋を大きく外さず進めることができたのではないかと思う。
 仏教で何か一冊と人に聞かれた時は、この本を紹介することにしている。
 若者相手だと、岩波新書の青版はちょっと地味に映るようで、ビミョーな反応が返ってきたりすることもある(笑)
 しかし、作りのいい加減なムック本に手を出すくらいなら、オーソドックスな一冊をしっかり読んでおいた方が絶対良いのである。
 どこの図書館にも標準装備されているだろうけれども、岩波新書の一冊くらいはまず買って手元に置くべし。

 さらに詳しく知りたい場合は、角川文庫に収録されている以下のシリーズが良いと思う。








●「仏教の思想 全十二巻」(角川文庫ソフィア)
【インド篇】
1「知恵と慈悲〈ブッダ〉」増谷文雄・梅原猛
2「存在の分析〈アビダルマ〉」櫻部建・上山春平
3「空の論理〈中観〉」梶山雄一・上山春平
4「認識と超越〈唯識〉」服部正明・上山春平
【中国篇】
5「絶対の真理〈天台〉」田村芳朗・梅原猛
6「無限の世界観〈華厳〉」鎌田茂雄・上山春平
7「無の探求〈中国禅〉」柳田聖山・梅原猛
8「不安と欣求〈中国浄土〉」塚本善隆・梅原猛
【日本篇】
9「生命の海〈空海〉」宮坂宥勝・梅原猛
10「絶望と歓喜〈親鸞〉」増谷文雄・梅原猛
11「古仏のまねび〈道元〉」高崎直道・梅原猛
12「永遠のいのち〈日蓮〉」紀野一義・梅原猛

 全十二巻、四冊ずつの構成でインド、中国、日本の仏教の流れを紹介したシリーズ。
 70年代に刊行されたものだが、90年代後半に文庫化された。
 かのカルト事件後、筋の良い仏教書が次々と刊行されたり復刊されたりしていた記憶がある。
 私が感じた「そもそも仏教って何なんだろう?」という疑問は、カルト事件のリアクションとして、わりと広く一般に共有されていたのかもしれない。
 これらの本を(全部理解できるかどうかはともかくとして)一度体感しておけば、次に何を読むべきかということがわかってくる気がした。
 
 また、仏教のみを扱ったものではないが、当時よく読んでいた本の中に、以下のものがある。

●「宗教を現代に問う〈上中下〉」毎日新聞社特別報道部宗教取材班(角川文庫)
 1975〜76年にかけて、毎日新聞紙上で274回にわたって連載された記事の集成。
 単行本は76年、文庫版は89年に刊行された。
 70年代半ばの時点での宗教状況について、広範に取材された労作である。
 上巻には当時の水俣の取材も含まれており、今そこにある地獄の中で、地元で多くの門徒をかかえる浄土真宗や、民間宗教者がどのように苦闘したかが記録されている。
 私が本書を手にした時には初出から20年が経過していたが、ほとんど違和感なく「現代」の内容として読み耽ったことを覚えている。
 そこから更に20年が経過した今読んでみても、多くの内容で「現代」そのものを感じる。

 
 仏教に関して言うなら、やはり最初はある程度評価の定まったスタンダードな本から読むのが良い。
 岩波文庫で刊行されている様々な経典のシリーズも、読んでみれば思った以上に読み易く、面白いものだ。
 よくあるタイトルに「早わかり」みたいなことをうたっている本は、結局心に何も残らないことが多い。
 何を学ぶにしてもそうだが、やたらに近道を探したりせず、幹線をただひたひたと進むのが一番だと、あらためて思う。
(続く)
posted by 九郎 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

本をさがして4

 何かを学ぼうとして本を探すということは、信頼できる著者を探すということと重なる。
 なんでもそうだが、「密教」というテーマはとくに著者選びに注意を要する面があると思う。
 90年代半ば頃、色々読み漁って、人にも勧められると判断した著者、著作は、たとえば以下のようなものがある。


●「理趣経」松長有慶 (中公文庫BIBLIO)
 名著中の名著ではないだろうか。
 密教について、曼荼羅について、まず最初に何を読むべきかと問われれば、一秒も迷わずこの本を推す。
 著者を身もふたもなく一言で紹介するなら、「高野山で一番偉いお坊さん」ということになるだろう。
 理趣経の解説を軸としながら、チベットまで視野にいれた密教の思想を、極めて平易な語り口で紹介してある。
 仏教の入門書とかムック本は毎月のように刊行されていて、高名な学者やお坊さんが編者や監修に名を連ねている場合も多いが、明らかに名前を貸しているだけというようなケースをよく見かける。
 この本はそういうのとは全く違い、書くべき人が全力投球で書き上げた入門編であり、読み込むほどに発見がある奥の院みたいな一冊なのである。
 私がこの本と出会ったのも、宗教関連の本を読み始めた最初期だったと記憶している。
 ふりかえってみると私は、学び始めのスタート地点で前回記事でも紹介したような良書を、けっこう手にとっている。
 若い頃の自分の眼利きを褒めてやりたい気分である(笑)


●「マンダラ(出現と消滅)―西チベット仏教壁画の宇宙」松長有慶(監修)・加藤敬(写真)(毎日新聞社)
 密教と言えば曼荼羅である。
 私は絵描きのハシクレなので、性分として曼荼羅にも「絵画的な質」を求めてしまうところがある。
 同じ曼荼羅でも図版によってかなり違って見えるので、「良い図が掲載されている本」はとにかく貴重なのだ。
 この本は前述「理趣経」の著者が、チベット密教の現地調査に行った際の成果を紹介した図録である。
 チベット密教の曼荼羅が、きちんとした解説と共に日本で一般に紹介された中では、最初期のものになるのではないだろうか。
 収録されている曼荼羅がどれも極上の逸品ぞろいで、これだけ揃った本はなかなかない。
 内容に比して、現在古書価格がさほど高騰していないのがまた素晴らしい。
 曼荼羅好き必携の一冊だと思う。

 私は最終的には大きなサイズの曼荼羅を自分でも描いてみたいという夢を持っているので、「実際描く」ことを視野に入れた解説を、どうしても読みたくなってくる。


●「曼荼羅イコノロジー」田中公明(平河出版社)
 空海により日本にもたらされたのは「中期密教」までで、その後も発達し続けた「後期密教」は、現在主にチベット文化圏に伝承されている。
 長い年月をかけて構築された密教のロジックの部分、曼荼羅の生成理論は、チベット仏教まで視野に入れることでより明瞭になる。
 図像としての曼荼羅の解説本としては、この一冊が最もお勧めになる。
 著者はチベット密教についての良書も多く手掛けている。


●「超密教 時輪タントラ」(東方出版)
●「性と死の密教」(春秋社)

 密教を名乗るカルトのテロ事件勃発を受けて、密教側の視点から、まともに回答しようとした貴重な試みもあった。


●「密教の可能性―チベット・オウム・神秘体験 超能力・霊と業」正木晃(大法輪閣)
●「増補 性と呪殺の密教: 怪僧ドルジェタクの闇と光」正木晃(ちくま学芸文庫)

 同じ著者は、曼荼羅についても貴重な調査結果を紹介している。


●「チベット密教の神秘―快楽の空・智慧の海 世界初公開!! 謎の寺コンカルドルジェデンが語る」正木晃・立川武蔵(Gakken graphic books deluxe(5))

 マンダラは仏教だけの専有ではなく、宗教を超えた広がりを持つ表現形態だ。
 文化横断的にあらわれる「タントリズム」という視点から、マンダラ的な図像を集成する試みもある。


●「マンダラ―神々の降り立つ超常世界」立川武蔵 (学研グラフィックブックス)

 チベット密教に関する良書の多くは、90年代、とくに95年以降に刊行された。
 そこには、カルト教団によるテロ事件へのリアクションという面があったと思う。

 本による独学の場合、とくに最初が大切だ。
 まず良いものを読んでおくと審美眼ができ、迷わなくなるのである。
(続く)
posted by 九郎 at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

本をさがして5

 幼児の頃の私は、両親が共働きだったので、昼間は主に母方の祖父母の家で過ごしていた。
 母方の祖父は大工だった。
 木彫りを趣味でやっていて、それは片手間というにはあまりに膨大な情熱を注いでいた。
 木彫り作品は言うに及ばず、作業場から道具、細かな彫刻刀の類などの多くは自作。
 玄関を入ると、仏像や天狗や龍などが、所狭しと並べられていた。
 中にはまるで七福神に仲間入りしそうな雰囲気のサンタクロースもいた。
 祖父はよく山に入り、気に入った形の木材(根っこや木の瘤も含む)を拾ってきては、それに細工を施したりしていた。
 切り出されてきたアヤシイ形の珍木が、祖父の手によって更に得体の知れない妖怪達に変貌していた。
 幼い頃の私は、そんな制作現場を眺めるのが好きで、祖父の操るノミや彫刻刀が様々な形を刻んでいくのを、いつまでも飽きずに観察していた。
 私にとっての祖父は、山に入っては色々な面白いものを持ち帰り、それを自在に操って怪しい妖怪に改造できる「凄い人」だった。
 そして私は、いつか自分も同じことをするのだと心に決めていた。

 祖父は彫刻の資料として各種の文献も集めていた。
 おそらく「原色日本の美術」あたりだと思うのだが、様々な仏尊が掲載されている大判の図鑑のようなものもあった。
 私はそれをパラパラめくっては、一人興奮していた。
 特に形相凄まじい「明王」の一群にハマった。
 仏様にも色んなキャラクターがいて、色んな姿をしていることを知った。
 当時は(今も?)「仮面ライダー」や「ウルトラマン」の全盛期で、「○人ライダー」や「ウルトラ兄弟」という概念も出来上がっていたのだが、幼い私にとっては仏尊図鑑も怪獣怪人図鑑も全く区別は無かった。
 宇宙のどこかで戦っているヒーローの一種として、明王の姿に目を輝かせていた。
 まあ、決して「間違い」ではない(笑)

 90年代に入ってから、その祖父は亡くなった。
 祖父手製の彫刻刀の類は、一部を私が引き継ぎ、せっかくなので何体か仏像彫刻の真似事もしてみた。
 大工である祖父とは違って、木材や刃物に素人の私には木彫は難しかったが、自分なりにできる範囲の表現というものがあるはずだと、ぼちぼち試していた。
 90年代当時は「円空・木喰ブーム」のような機運があって、各種書籍が刊行されたり、展覧会が開催されたりしていた。
 簡略化した彫り方の参考に、実物を観に行ったり、図版を集めたりもしていた。

 私が最初に「西村公朝」という名を意識したのは、90年代も終盤に入った頃、「NHK趣味悠々」で「西村公朝のほとけの造形」というシリーズの講師を勤めておられた時のことだった。


●「西村公朝のほとけの造形」(NHK趣味悠々)

 聞き手に和泉淳子(能楽師で、狂言の和泉元彌の姉)、日比野克彦(アーティスト)を迎え、毎回親しみやすい素材や手法で仏画や造形を指導。
 他にも仏の造形に関する様々な知識を、惜しみなく披露してくださる素晴らしい番組だった。
 とりわけ、木材それぞれの個性を生かした木彫の指導は本当に素晴らしかった。
 あらかじめ予定した形に無理矢理木を彫り込んで行くのではなく、実際にノミを入れてみて木と対話しながら、繰り返しこまめに下絵を描き直し、荒彫りと墨線、淡彩で仕上げていくスタイルは、まさに目からうろこだった。
 西村公朝スタイルを学ぶと、仏の造形は本当に楽しくなった。
 誰にでも可愛らしい仏像が作れてしまうノウハウは、円空や木喰のスタイルにも比肩し得る発明ではないかと感じた。
 番組を見、本を読んだだけだったのだけれども、勝手に仏像彫刻の「心の師」と仰いでいた。
 仏像修復の第一人者として数々の国宝級を手がけ、仏師としても第一人者であった師だが、私が一番好きなのはやはり荒彫り+淡彩の可愛らしい作品群だ。
 木目や節など、材それぞれの個性を大切にしながら、その場その場の即興性を大切に、生き生きとした仏様を刻みだすスタイルである。
 当世第一の技術を持った師が、あえてあのスタイルを採っていることに、とてつもない凄みを感じるのである。
 創作において先行作品に学び、技術を磨き、手間をかけることはもちろん大切な前提だ。
 しかし、これは絵描きのはしくれとしての自戒なのだが、一生懸命研究し、練習し、手間をかけて、それで満足しては駄目なのだ。
 大切なのは、そこにある作品が、「生きている」かどうかを、構えずに見定めていくこと。
 自分が作品に注いだ労力などは、最後はさらりと捨て去らなければならない。
 ものを創る人間は、苦労や努力を「頼み」にしてはならないのだ。
 西村公朝のような人にそれを実践して見せられてしまうと、あらためて背筋がしゃんと伸びてくるのである。 

 もしかしたら私は、亡き祖父と西村公朝師を、大変失礼ながらどこかで重ねて見ていた面があったのかもしれない。
 一度だけ講演会でお見かけした師は、柔和で瘦せているけれども、木を扱う人らしく、非常に骨格のしっかりした佇まいだったと記憶している。
 
 その師も、平成15年に亡くなられた。
 私の手元には今も何冊かの御著書がある。
 いずれも仏像造形や仏教の様々な知識について、飾らず、平易に語った名著ばかりだ。
 今後も私は繰り返しこれらの本を開くことになるだろう。

 数ある名著の中から何点か、紹介しておきたいと思う。


●「西村公朝と仏の世界―生まれてよかった」(別冊太陽)
 私が好きな西村公朝さんの「荒彫り+淡彩」の作品を見るならこの一冊。

●「やさしい仏像の見方」 西村公朝・飛鳥園(とんぼの本)
 仏教の世界観のビジュアル面について、きわめて平易に納得できる形で解説されている。

●「仏像は語る」西村公朝(新潮文庫)
 西村公朝の「思想」の部分については、この本が主著になるのではないだろうか。
 この本の中にはご本人の様々な実体験が語られており、仏教、仏像、修復の在り方など、縦横無尽に語りつくしている。
 中には「霊験譚」と呼べるものもたくさん紹介されている。
 あるエピソードの中では、親交のあった行者さん達の使う一種の「超能力」に関心を持ったことが記されている。
 単に関心を持っただけでなく、一時期は霊感トレーニングに夢中になってしまったことがあると言う。
 しかしある時、そのような遊び半分の霊感だけに捉われることは仏師としての仕事の邪魔になることに気付き、「超能力開発」を中止した経緯が、赤裸々に述べられている。
 これなども、深く心に刻むべき一章である。

 ここに紹介した本だけではなく、どれを読んでも面白いものばかりなので、機会があればぜひ一度手に取ってみてほしい。
(続く)
posted by 九郎 at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする