2018年12月25日

年を忘れつ師を想う

 忘年会シーズンである。
 百点満点には程遠いけれども、まんざら捨てたものでもなかったこれでの人生、全員参加の強制忘年会のある職場と今まで無縁だったのは、とくに幸運だったことの一つだ。
 酒はまあ、嫌いではないけれども、飲みたくもない場で飲みたくもない人間と飲むのは、難行苦行に近いだろう。
 若い頃は師匠によく飲みに連れていってもらったが、義理で付き合ったことは一度もない。
 俺も師匠も泡盛好きで、むしろ俺が師匠の話を聴きたかったので、そこにハラスメントの要素は一切なかった。
 数年前に亡くなってから、かえって師匠のことをよく思い出す。

 俺の師匠が偉かったのは、人間としてはあくまで対等で、技や知識の面でだけ圧倒的であったこと。
 技は、目の前でやって見せる。
 知識は、日常会話の端々に溢れだす。
 それで、たまたま俺の方がちょっとだけできることや知ってることがあると、「おお、なるほど!」と喜んですぐ取り入れる。
 本物の実力と自信がないと、なかなかできることじゃない。
 やっぱり師匠は偉かった。
 師匠がこんな感じだったら、敬意はほっといても湧いてくる。
 教わる方の目が確かなら、上下など関係必要ないのだ。
 俺も年食ってあの頃の師匠に近くなったけど、あれは見習わんといかんなと、あらためて思う。

 実力のないバカほどどうでもいいことでマウントを取りたがるし、我がニッポンのセンセーや上役の大半は、そういうバカで溢れているのだ。
 自戒を込めて。


 思い返せば、俺は中高と超スパルタ受験校で、当時ですら時代錯誤の軍隊式体罰指導を受け続け、心のどこかが酷く傷ついてしまっていたのだ。
 師匠はそんな俺に、至極真っ当な師弟の在り方で接してくれた。
 あまりこの言葉は好きではないが、それはやはり「癒し」であったと思う。

 今でもついつい「スパルタ」と書いてしまうのだが、あれは正しくは「虐待」であった。
 虐待は俺の魂の深部に刻まれ、多分一生消えることはない。
 無意識のうちに「スパルタ」と書いてしまうのがその証。
 心底恐るべきは虐待の連鎖だ。
 どのように恫喝し、追い込めば、人は隷従するか。
 そのノウハウを俺は刷り込まれてしまっているので、加害者になる危険性は十分ある。
 だからこそ、つらいばかりでなくもちろん楽しいこともあり、自然豊かで牧歌的なバンカラ気風の魅力もあった我が母校のかつての指導方針を、ここはあえて「虐待であった」と言い切らねばならぬ。
 負の連鎖を自分一代でなんとか断ち切るために。

 師匠は俺に良心回路を組み込んで、虐待経験に上書きしてくれたが、残念ながらその効果は不完全だ。
 心身の疲弊などの隙を突き、いつでも悪魔回路の方が起動する。
 キカイダーの「ギルの笛」が鳴るようなものだ。
 それをよく自覚しておくことだけが、加虐衝動を抑止する。

 自分に刻まれた虐待を、なるべく冷静に分析する事で分かることは多い。
 虐待は必ずしも身体的な暴力や感情的な暴言に限らない。
 笑顔と善意と優しさに満ちた虐待というものもあり得る。
 鞭と鎖の散在しない、「厚待遇の奴隷」が存在するのと同様である。
 俺が中高生の頃受けた体罰指導は、教師にとっては善意であり、熱意であった。
 今にして思えば歪んだ嗜虐も間違いなくあったと分かるのだが、当時の俺にはそこまで見えていなかった。
 厳しい体罰指導と引き換えの進学実績により、善意の虐待体制の完成する。
 これは昨今表面化している部活の体罰と全く同質で、「熱心な指導」という建前で、体罰(=虐待)や、長時間の練習、非科学的な食事の強制がまかり通る。
 ほんの一握りの成功事例(それも指導の賜物であるかは疑わしい)のために、潰された児童生徒が山と積み上げられる。
 そうした指導に馴らされた者が指導者に回り、虐待は連鎖する。
 もちろん疑問を感じて連鎖を断ち切る者もいるが、自己否定を伴うのでかなり難しい。
 俺が通っていた中堅私立受験校でも、純粋培養のOB教師が多くて、確実に虐待は連鎖していた。
 当時ですら時代錯誤の校風には、そのような背景があった。
 虐待は、肉体的にはもちろんのこと、精神的な被害も深刻だ。
 本当に嫌な言葉だが「奴隷根性」というものはある。
 恫喝で馴らされた者は主体性を喪失し、進んで隷従を求めるようになる。
 嬉々として他人にも奴隷根性を強い、従わない者を憎悪するようになる。

 長い受験勉強から解放された大学時代、カルトにハマる真面目で優秀な学生の事が度々話題になる。
 俺の見聞きした範囲では、大学で急にカルト志向になったのではなく、そもそも幼少の頃から受けた指導がカルトじみていたケースが数多い。
 一見「熱心な指導」の皮を被った虐待は、世に蔓延しているのだ。

 日本では学校でも社会でも奴隷根性を強いられる場面が多々あるが、大学というのは例外的にそうした圧力が低い。
 難関大学合格者の中には幼少の頃からの厳しい受験指導しか受けてこず、主体性が全く育成されないままに、いきなり「自由」に放り出され、途方に暮れるケースがある。
 保護者も受験校教師も、生徒を難関大学に押し込みさえすれば自分の役目(善意の虐待)は終わったつもりで、「後は自由に楽しく生きよ」と放置する。
 しかしそれは、お座敷犬をいきなりサバンナに放つのと同じ種類の、新たな虐待行為だ。
 主体的に歩むことを成育歴の中で全く教えられなかったタイプの大学生は、いきなり与えられた自由と自己責任に戸惑い、強制を受けないことにむしろ物足りなさを感じ、かつて受けた「善意の虐待」と同じようなものを求めるようになる。
 私の知る範囲でも、そのような流れでカルトに走った同窓生が何人かいた。

 青春ハルマゲドン(後半)

 表面上は「体罰」という肉体的な暴力を使っていなくとも、子供の自主性を奪い、奴隷根性を植え付ける指導法は色々ある。
 宿題を大量に出す教師や塾講師、とにかく長時間の練習を課すコーチなどがそれにあたる。
 保護者にとっては「極めて熱心な先生」に映るが、指導の実態は虐待だ。
 むやみに大量の宿題や長時間の練習を課す指導者が多いのは、それが一番簡単に「熱心さ」を誇示できるからであって、生徒のためを思ってのことではない。
 無能な指導者ほど、生徒の大切な生活時間を浪費させることに熱心だ。
 それで結果が出ないと、自身の無能を棚に上げ、生徒の努力不足を責める。
 すると素直な「いい子」は、以下のように自分を責める。
「先生はこんなに熱意をもって指導してくれているのに、自分の努力が足りないばかりに結果が出ず、そのことで先生を苦しめている」
 この「先生」の部分を入れ替えれば、学校であれ部活であれ塾であれ、または宗教であれ企業であれ、どこでも虐待カルトは成立する。
 もちろん国や軍隊でも同じだ。

 最近Twitterで以下のような呟きを目にした。

「圧倒的努力は必ず報われます。報われないのはそれが圧倒的努力ではないからです」

 指導者として無能な者の典型的な言い種であるが、これが言論機関たる出版社の経営者の発言であるのだから絶望的な気分になる。
 何事かを為すには、個人の資質、適切なノウハウに沿った努力、そして何よりも運や巡り合わせが不可欠だ。
 根性論だけが成功の鍵であるかのように言う者は、自分に都合の良い奴隷を欲しているのである。
 この手の妄言は「善意の虐待大国」ニッポンに蔓延している。
 虐待や酷い搾取の被害者側が、このような妄言を嬉々として持ち上げるサンプルとして、先の妄言に多数の賛同のコメントがぶら下がっている。
 これも一種の「虐待の連鎖」である。
 幼い頃から表面上は暴力に見えない「善意の虐待」に馴らされた若者は、「自分の頭で考え、意思決定する自由」を与えられると逆に戸惑い、再び善意の虐待へと回収されていく。
 カルト的な受験指導を受けた優秀な大学生が、入学後の自由から逃げるようにカルト団体に入るのと同じ構図だ。

 このような世相の中、個人にできることは限られるけれども、まずは自分の中の虐待の連鎖を断ち切ることから始めるべし。
 それこそが、今は亡き師匠への、最良の供養になるだろう。

 カテゴリ「夢」:本当のおわかれ

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posted by 九郎 at 23:24| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

ジオン系MS「モノアイレール」についての覚書

 1979年放映のTVアニメ「機動戦士ガンダム」は、ロボットアニメに多くの革新をもたらしました。
 デザインの上では、主役メカのガンダムと同等かそれ以上に、敵役の量産機「ザク」の功績が大きく、作品の「リアル」な側面を担っていました。
 ザクで創出された意匠は数多いですが、とりわけ印象深かったのが「モノアイ(単眼)」です。
 モノアイが優れている点は、非人間的なメカニックでありながら、レールに沿って頭部をグルッと周回することで「表情」が出せることです。
 ガスマスクを被ったようなおよそ人間離れしたデザインで無表情なザクに、巧みに「演技」をさせてしまうのです。
 真っ暗なレールの中から「ビーン」とピンクのモノアイが点灯し、左右に動いてザク同士アイコンタクトするあのゾクゾク感は、時代を経ても色褪せません。

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 ザク以降のジオン軍MSでも、モノアイの演出上の面白さは有効に活用されてきました。
 ドムが登場した時の「おお! 上下にも動くんかい!」という驚きも忘れられません。

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 水陸両用MSになると、さらにモノアイは進化します。
 実質「頭部」が無くなり、胴体に直接レールが敷かれることで可動範囲が飛躍的に広まり、ピンクのモノアイが自由自在に動きはじめます。

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 その究極がゾック!
 しかも、「見た目より性能高いアピール」で、物凄く素早くモノアイを動かしてみたものの、一撃でやられるオチ付き!
 ある意味あれも衝撃でした(笑)

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 ただ、ファーストガンダムのジオン系MSの中で、終盤登場のゲルググ(実質富野デザイン)だけはちょっと変わっていて、モノアイレールの可動幅が小さく、ファースト以降の続編に登場したジオン系MSに近い雰囲気です。

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 ここは子供の頃から気になって、「後頭部のトサカがセンサーになってて、視野の狭さを補ってる?」などと妄想してました。
 しかしジオン最終MS ジオングになると、モノアイレールの可動が最大限に復活します。
 ピンクのモノアイが登頂部を通ってグリグリ動き回る演出が、異形を際立たせて記憶に残っています。

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 こうして振り返ると、ジオン系モノアイデザインの面白さは、レール上の可動込みのものだったのかなと思います。
 ガンダム第一作以降のジオン系MSの新規デザインで、うまく継承しきれていないなと感じる点が、このモノアイレールで、「単眼」という点だけはクリアされていますが、レールに沿ってグルっと可動するイメージが薄くなっています。
 続編「Ζガンダム」に初期から登場したリックディアスのモノアイが、その典型であるように感じます。
 単眼がレール上を周回するのではなく、設置位置はそのままで角度を変えて視認方向を変える感じのものが多い印象です。
 一見レールに似たスリットがデザインされている場合でも、可動範囲はきわめて狭く、印象に残るシーンが少なくなっています。
 ゼータ以降のMSデザインの骨格を作ったのは永野護で、リックディアスも永野護の手によります。
 そう言えば永野護は好きなファーストガンダムのMSとして、ゲルググを挙げていたことがありました。
 MSデザインを大河原邦男一代限りにせず、他のデザイナーにバトンリレーさせた永野護の功績は大ですが、残念ながら「モノアイレール」にはあまり関心がなかったのかもしれません。(ハンブラビという異様な「例外」もあるので話はまたややこしくなるのですがw)
 一応補足しておくと、私はファースト原理主義者ではありませんし、中高生の頃はむしろ永野信者でした。
 ゼータの永野原案MSは、今から見るとどれも実にMSらしいMSで、好きなのばかりです。
 あくまで「モノアイレール」についての感想です。

 リックディアス的なモノアイ解釈は、小顔で洗練されたカッコよさは出ます。
 続編「逆シャア」のサザビーや、近年作「UC」のシナンジュはそのデザイン的な精華でしょう。
 ただ、ファーストのジオン系MSの、なんともいえぬ異形、なんともいえぬ武骨なイメージは薄れたのではないかと思います。
posted by 九郎 at 07:57| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

柚子湯

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 柚子をもらったので今夜は柚子湯。
posted by 九郎 at 21:16| Comment(0) | 季節の便り | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

上手(かみて)と下手(しもて)

 日本の演劇の用語に「上手(かみて)」「下手(しもて)」というものがあります。
 客席側から舞台を見て、右が「上手」、左が「下手」になります。
 昔、少しだけ関西小劇場の舞台美術をやっていたのですが、恥ずかしながら上手下手の区別にいつも数秒かかってました。
 迷わなくなったのは、実をいうと劇団から手を引いた後、ようやく見分け方に気付いてからです。
 それは以下のようなもの。

「吉本新喜劇で三色チンピラが出てくる方が下手!」

 今から思うと劇団時代の私は、上下を自分から見て右左で暗記しようとしてわちゃわちゃしてしまっていたのです。
 今なら「方向」としてではなく、「機能」「概念」としてわかる気がします。

 日本の伝統的な舞台では(たぶん絵巻物から受け継いだのだと思いますが)、基本的に上手から下手方向に時間が流れています。
 だから主役、主人、上位者は上手から登場し、敵や客は下手から向かってきます。
(現代の新作芝居はそのあたり、もっと自由になっています)
 吉本新喜劇などに今でも残っている観客から見て舞台の「上手から下手へ」という基本的な物語の進行方向は、お芝居の「わかりやすさ」を担保する約束事として機能しています。

 同じ構成は、絵巻物の系譜に連なる縦書き右開きの日本のマンガや絵本の世界でも守られています
 日本のマンガで、主要キャラの顔が「左向き」が多いのは、下手に向けてお話が進行しているからです。
 マンガ好きの中高生が、ちょっと本気でマンガ絵を描き始めようとする時も、右手で描きやすいこともあって、左向きの顔が多くなり、右向きキャラを描くのが、技術的な最初の壁になったりします(笑)

 日本以外の横書き左開き文化圏のマンガは、上手下手が逆転し、お話は右方向へ進行します。
 日本のマンガを海外向けに翻訳する場合、本格的にやると言葉の翻訳だけでは済まず、上下の進行方向まで根本的に逆転する必要があるため、かなり高い「障壁」になっています。
 コンピューターゲーム(たとえばマリオなど)の横スクロール画面も同じ「上下(かみしも)逆転」の形式が多くなっていますが、これはコンピューターがそもそも横書きに対応して作られているためでしょう。

 マンガであれ絵本であれ、右開きであれ左開きであれ、キャラがお話の進行方向の流れに沿って動く分には、絵は描きやすいです。
 難しいのは、その流れに逆らうような動きを描く必要がある時で、たとえば「ひっぱる」という行為をそれらしく見せるのは、意外に難しいです。
 名作絵本「おおきなかぶ」は彫刻家・佐藤忠良が絵を担当し、横書き左開きで進行します。
 話の流れは右向きなので、当然目的物である「おおきなかぶ」は、右側に配置されています。
「ひっぱる」という行為はページ進行、読者の視線の動きと逆向きになるので、どんなに絵で上手く描いても伝わりにくくなります。
 下手すると、同じ絵でも全く逆の動作に見えてきてしまいます。
 重力や力のかかり方、動きの表現のプロである彫刻家・佐藤忠良にとっても「絵本の進行方向と逆にひっぱる」というのは難題だったらしく、描いていてどうしても「押している」ように見えてきてしまい、何度も描きなおしたという逸話があります。
 それほど、お話の進行上の「上下(かみしも)」の感覚は、画面を支配します。
 絵画や一枚イラストと、マンガや絵本等のお話の進行の上下(かみしも)が存在する絵との、一番の違いがこれで、「絵の技術」だけではマンガが描けないのは、このためです。

 時間芸術と空間芸術という分類があります。
 時間芸術は作品内に「時間経過」があるもの。
 広く捉えれば音楽や映像、演劇、文学もこれに入ります。
 空間芸術は絵画や彫刻など、基本的に静止した作品を鑑賞するだけで成立するジャンルを指します。
 絵巻物、絵本、マンガ等は、手法としては絵の要素が大きいのですが、分類としては時間芸術の方に入るのです。

 現代演劇では舞台の「上手下手」の機能は薄れつつあります。
 また実写映像や3DCGでは、物語が「画面奥」へと進行していく、あらたな「上下(かみしも)」の基本形があるようです。
 ただ「シンプルな分かりやすさ」という点においては、まだまだ横スクロール型の物語進行は有効性をもっているわけです。
posted by 九郎 at 00:04| Comment(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

怪人コトリ #全国妖怪造形コンテスト 後編

(続き)

 フィギュア造形の経験値が低いうちは、顔や手足の末端など、細工の難しい所から作り、周辺で辻褄を合わせた方が完成しやすいです。
 そうした末端部分、そして体表の羽毛表現のために、泥縄的に図書館で鳥類図鑑を観ながらスケッチを重ねました。

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 中でも参考になったのが、赤勘兵衛「鳥の形態図鑑」(偕成社)でした。
 細密な線画で描かれた鳥類の図像は、写真よりはるかに理解しやすかったです。



 しょせん架空のモンスターなんですけど、想像で作るにしても材料がないと無理。
「このような形をなぞれば鳥的に見える」ということをまずはスケッチで手になじませ、造形に入ります。

 羽毛等の細工には、百均のネイルアート用具が役立ちました。
 とくに先が樹脂製のヘラは、粘土やエポキシパテがけば立たずに溝を刻むことができ、めっちゃ小さい指先を手に入れたような感覚でした。
 Twitterで紹介されていた便利用具です!

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 翼などの薄い末端部分は粘り強度のあるタイプのエポキシパテ。
 硬化前にヘラなどでぐいぐい形を刻みます。

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 三年ほど前にプラモ復帰して以来の経験から、塗装を想定しながら体表を作ります。
 さほどテクがあるわけでもないので、そこそこモールドがあった方がそれに助けてもらえます。
 そう言えば夏に作ったガジロウ(今回のコンテストの福崎町の妖怪プラモ)が塗りやすかったことなど思い出しながら。

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 作り込む所は作り込みますが、メリハリをつけて小刀の削り跡そのままのような所も残します。
 全てを緻密にやる技術はないのと、動きや勢いを出しやすいためです。

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 そして造形段階の最後の難関、「怪人コトリが担ぐコトリ袋に浮かんだ、攫われた子供たちの無念の表情」を制作します。
 あらためて文字で書くと、我ながらどうかしてます(苦笑)
 顔一つずつエポキシパテを盛りつけ、百均ネイル用品でそれぞれ別の表情を刻みます。
 作ってる間、それぞれの顔と同じ表情をしていました(笑)
 写真はサーフェイサーを吹いた状態。

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 造形が終わったら、目立つ粗だけ修正しながらサフを重ね、全体につや消しブラック。
 そしてアクリルガッシュの茶色をざっと下塗り。

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 下塗りまで進めながら、同時進行で着色案。
 例によって泥縄で鳥類図鑑をめくりながら、色合いを模索します。
 結局、ヒクイドリやキジの配色を参照することに。

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 ドライブラシっぽく色を重ねていきます。
 ノートに書きだした「妖怪談義」の記述を眺めながら、妄想を掻き立てて塗り重ねます。
 地方によっては「脂を搾って南京皿を焼くのに使う」とか。。。

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 あちこちのエッジ部分にゴールド系のドライブラシをかけ、仕上げ。
 確か昔のソフビ怪獣に、こういうアクセントがあったはず。

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 一応尾は浮いていて、細い足の二足自立ですが、広がった四本指なので見た目よりは安定しています。

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 最後にトップコートでつやを整え完成です。

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 応募結果は前回記事冒頭でお知らせしたとおり。
 残念ではありますが、とても充実した制作ができました!

 そして、この怪人の制作過程で人体デッサンの必要性にあらためて思い至ったことから、先月再勉強をはじめたのでした。
posted by 九郎 at 05:57| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする