2017年04月15日

本をさがして16

 我が敬愛するおりがみ師、河合豊彰さんの本に出会ったのも、90年代のことだった。
 例によって宗教関連書を漁りに古本屋に行った時、100円均一のワゴンコーナーがあった。
 保育社カラーブックスの中の一冊「おりがみ」を何気なく手に取り、表紙を見た瞬間、身体に電流が走った。


●「おりがみ」河合豊彰(保育社カラーブックス)

 そこには赤いおりがみで作られた、見事な般若の面が大写しになっていた。尖った角も出っ張った頬も目も鼻もきちんと作られ、カッと開いた口がもの凄い迫力だった。
 なんだ? これが本当におりがみ?
 ページを繰って折り方を確かめてみると、鶴の折り方を基本に、ハサミは一切入れていないようだ。
 他にも様々な伝承おりがみとともに、著者自身の考案した数々の「創作おりがみ」が紹介されていた。
 当時の私は宗教とともに世界の民族芸術、とりわけ仮面文化に関心があって資料を集めていたのだが、この本の中に、多数のおりがみによる仮面が含まれていたことにも興味をひかれた。
 もちろん即買い。
 ついでに久々に「おりがみセット」も購入し、帰宅後、さっそく「般若」に挑戦してみた。
 途中で多少手こずりながらもおりあげてみると、表紙写真とは微妙に違った表情のお面が出来上がった。

 著者自身も解説で述べているが、おりがみ面は、おる人によって様々な表情に出来上がるのが面白いのだ。
 私はすっかり感激して、他のお面にも次々に挑戦してみた。
 そのうち、同じ保育社カラーブックスで、多数の河合豊彰のおりがみ本が出ていることを知った。
 お面だけでなく、私好みの仏像的なおりがみもたくさん紹介されていて、よけいにハマっていった。


●「おりがみ入門」
●「創作おりがみ」
●「おりがみU」
 
 私は取り憑かれたように関連本を探し、お面や仏像をおりつづけた。
 河合豊彰のおりがみ本は他にも多数あるが、中でも集大成とも言える主著は、以下のものになるのではないかと思う。



●「おりがみ歳時記 春 夏 秋 冬」河合豊彰(保育社)

 お面をおるには丈夫な和紙が良く、大きな紙でおった方が表情が作りやすいこともわかってきた。
 和紙はアクリル樹脂で固めると頑丈に仕上がることも覚えた。
 本に載っているおり方を参考に、少しの工夫で新しいお面が出来上がるのも本当に楽しかった。
 以下にその当時私がおった作品の一部を紹介してみよう。
 画像一枚目の中央が「般若」の面だ。

ori-01.jpg

ori-02.jpg

 私のおりがみの「心の師」は、残念ながら2007年にお亡くなりになったけれども、流派として残っているようだ。

 永遠のバイブル、カラーブックスの「おりがみ」も、現在は版型の大きな復刻版が刊行されている。
 機会があれば一度手にとって見てほしい。


●「復刻版おりがみ 基本から創作まで」河合豊彰 (カラーブックス)
 あらためて読み返すと、巻末に簡潔にまとめられている「折り紙の歴史」が興味深い。
 そもそも日本のおりがみは、儀礼に使用されるための「秘伝」から始まったのだ。


 おりがみに再びハマったのとほぼ並行して、90年代の私は「切り絵」の手法にも関心を持ち始めていた。
 切り絵師・宮田雅之の、流麗な「線」に魅せられたことが大きい。
 どんなジャンルにも言えることだが、その世界の「申し子」としか表現できないような第一人者と言うものは存在する。
 河合豊彰氏はまさに「おりがみの申し子」だし、切り絵のジャンルで言えば、なんといっても宮田雅之がそうだ。


●「宮田雅之の切り絵八犬伝」(平凡社別冊太陽)
 没後、追悼として発行された一冊。
 氏の刀さばきが刻み込む妖艶な描線が「八犬伝」の世界と奇跡的にマッチして、ページを開けば凄まじいばかりの「怪しの世界」が繰り広げられる。
 大胆な構図は動画を見るごとく、規則的に刻まれた直線は建築物を見るごとく、極限まで究めた省略は抽象絵画を思わせ、流麗な曲線は無音の音楽を響かせる。
 絵描きの端くれとして氏の作品を鑑賞すると、無駄な線を極力省く精神力に、つくづく頭が下がってしまう。
 自分の腕を誇りたいのは絵描きの本能のようなもの。紙を切りつつ己の技をも断つような静かな気迫、なかなか真似できるものではない。
 
 私は今でも雛人形を折り続けている。
 また、表現上の手札の一つとして「切り絵」も使い続けている。
 極楽往生源大夫
 四聖獣
 そして和紙という素材には、ずっと変わらず思い入れを持っている。


 和紙を「折る」「切る」という要素を含めれば、御幣や切り紙なども同様の文化として視野に入ってくる。


●「土佐・物部村 神々のかたち」 (INAX BOOKLET)

 それは先の記事で紹介した、陰陽道的な神仏習合の民間信仰の世界とも重なってくるのだ。

 和紙にまつわる自分の持ち方の底流には、神仏への関心と同一のものがあったのだなと、今は納得している。
(続く)
posted by 九郎 at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

本をさがして15

 度々述べてきた通り、「日本の伝統」というものを考える時、記紀神話や神道は一つの重要な素材ではあるけれども、イコールではない。
 あくまで、「文献として確認し得る中では最古層」であるにすぎない。
 それ以前にも様々な古伝承があったことは、他ならぬ記紀自体に記述されている。
 さらに言うなら、天皇家に繋がる天津神以前に、日本の国土には「先住民」がいたこと、天津神が謀略を使う侵略者であったことなども、意外に赤裸々に記述されている。
 天津神はどこからやってきたのかと問われて「高天原」と答えるのは「信仰」であって、史実ではあり得ない。
 ごく常識的に考えるならば、「大陸から」ということになるだろう。
 そもそも神道と道教にかなり共通性のあることは、昔から様々に論じられてきた。


●「混沌からの出発」五木寛之 福永光司(中公文庫)
●「隠された神々―古代信仰と陰陽五行」吉野裕子(講談社現代新書)

 記紀神話に道教の影響がみられるというよりは、東アジアに広範に遍在する道教文化の中の、ローカルな一派が神道であると考えるのが自然なのだ。
 ある時期、道教的な文化を持つ氏族がこの列島にやって来て、先住民と衝突したり交流したりしながら徐々に定着した。
 そしてその後も度々外来の文化や人を受け入れ、混じり合ってきた構図こそが「日本文化の伝統」ということになるだろう。
 規範にすべき「日本固有の純粋な道」のようなものが、歴史上のどこかの時点に存在すると考えるのは国学的な一つの価値観に過ぎない。
 数知れない暴虐に彩られた世界史の中で見るならば、この狭い日本列島の中では比較的穏便な統治が行われてきたということは言えるかもしれない。
 天皇という存在が、そのことに一定の役割を果たしてきた可能性は、十分考えられる。
 歴代天皇は、もちろん保守的ではあったけれども、時代に応じて様々な外来文化を、率先して受け入れてきた史実も幾多あるのだ。
 ただし、一般庶民が天皇の存在を認知していた期間は、きわめて限られる。
 近代に入って天皇が歴史の表舞台に復帰する以前、庶民にとって「テンノウ」と言えば、祇園の牛頭天王を指す言葉だったはずだ。

 牛頭天王はまさに神仏習合を代表するような強力な祭神で、当ブログでも最初期から陰陽道関連のカテゴリで紹介してきた。
 カテゴリ:節分
 カテゴリ:金烏玉兎
 陰陽道、陰陽師、そしてその代名詞である安倍晴明は、平安時代の実在の人物がフィクション化されることで、何度かのリメイクがなされてきた。
 江戸時代には物語の主要なキャラクターであったし、90年代頃からは、夢枕獏の小説作品で人気を博した。
 夢枕獏の描く晴明像、陰陽師像があまりに魅力的であったため、以後の創作物に登場する晴明や陰陽師のイメージはその影響を受け、ほとんど一色に塗りつぶされてしまった感すらある。
 フィクションの世界ではそうした「塗りつぶし」が度々起こるものだし、エンタメとして楽しむ分にはとくに問題はない。
 ただ、ちょっと注意したいのは、中世から近世にかけての神仏習合の宗教者の全てが、陰陽道や陰陽師でくくり切れるものではないということだ。
 それに類する占いや祈祷などの呪的行為を行う者は、平安時代当時から数限りなく存在したが、朝廷に正式に仕える「陰陽師」は限られており、その他はまた様々な別の名で呼ばれていた。
 その実態は単に「宗教者」という範囲も超えていて、ときに芸能者でもあり、医者でもあった。
 とくに日本の庶民文化や芸能史を考える時、陰陽道(とそれに近接する神仏習合の信仰)を抜きにはできないのだ。
 90年代の私は、陰陽道や神仏習合という捉えどころのない難物についての本も数多く読んでいた。
 当時読んでいた本ではないけれども、今お勧めするなら、たとえば以下の二冊。


●「陰陽師とはなにか:被差別の源像を探る」沖浦和光(河出文庫)
●「陰陽師―安倍晴明の末裔たち」荒俣宏(集英社新書)

 他にもカテゴリ「節分」「金烏玉兎」で本の紹介は多く行ってきた。

 日本における「近代化」は、神仏が猥雑に共存した庶民の豊かな生活文化を、国家神道一色に塗りつぶしてしまった側面がある。
 現在「日本神話」として流布されているイメージは、かなり人工的に復古されたものであることには留意しなければならない。
 庶民が長らく親しんできたテンノウという名が、近代化によって牛頭天王から天皇にすり替わったことは、ある意味象徴的であったのかもしれないのだ。
(続く)
posted by 九郎 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

本をさがして14

 神道は、近代において「国家神道」という官製カルトの母体となった。
 その史実から目を背けないという前提に立つならば、日本古来の「神ながらの道」を学ぶことは、豊饒な世界でありえる。
 外来の様々な文化、宗教とゆるやかに折り合いをつけながら伝承され、展開してきた在り様は、非常に面白いのだ。
 古代から近現代までの神道の展開を幅広く紹介できるのが、鎌田東二という語り手である。
 現在オーソドックスな神社神道の流れから、やや「横道にそれた」人物や言説が多く扱われており、90年代に神道についての読書を始めた当初の私は、好んで著作を読み漁っていた。


●「神界のフィールドワーク」鎌田東二(ちくま学芸文庫)
●「霊性のネットワーク」鎌田東二 喜納昌吉(青弓社)

 神社神道から少し横道に入り、あるいは一歩踏み込もうとしたとき、よく目にするのが「古神道」というキーワードだ。
 文字通り解釈するならば「古い神道」ということになるけれども、実際には古神道は「新しい」ことが多い。
 様々な宗教、宗派で何らかの「革新」が行われる場合、よく採用されるロジックが「原点に還れ」という復古運動で、「古神道」は神道における復古であるケースが多い。
 知的に復古すれば国学的な流れになり、神懸りで復古すれば教派神道的な流れになる。
 国家神道の場合も「復古」の過程でカルト化したケースだが、近代以降の日本の神道には他にも様々な復古の形があった。
そこには、神道本来のおおらかさを失った強権的な国家神道へのカウンターとしての現れもあったのだ。
 そんな「古神道」というカテゴリを幅広く紹介できる語り手が、菅田正昭である。


●「古神道は甦る」菅田正昭(たちばな教養文庫)
●「言霊の宇宙へ」菅田正昭(たちばな教養文庫)
●「複眼の神道家」菅田正昭(八幡書店)

 国家神道へのカウンターとしての古神道というモチーフは、70年代から80年代のオカルト界隈でも多く紹介された。
 孫引きを重ね、「ゆるふわスピリチュアル」と化した今のオカルト本とは違い、当時刊行されたものは古文献等の原資料からがっちり読み解いてゆく内容であったので、今開いてみても読み応えがあるものが多い。
 私が今でも手元に置いているのは、たとえば以下の本。


●「神々の黙示録」金井南龍ほか(徳間書店)
 異端の神道家・金井南龍をはじめとするメンバーの座談を編集したもの。
 武田洋一名義の編者は、後に多くの古文献を復刻した八幡書店を立ち上げた、武田崇元である。
 昔は古書店で割と安く入手しやすかったのだが、何年か前からスピリチュアル界隈で「白山」がプチブームになり、その源流になった本書も再評価されたようで、今は少々高値になっているようだ。

 カウンター神道の文脈に登場するキーワードの一つに「古史古伝」というものがある。
 一般には「古事記以前の書」と紹介されることが多いのだが、これも現行テキスト自体は「新しい」。
 古神道モチーフの中の一つとして、90年代の私は関連書をよく読んだけれども、今は離れている。
 内容はそれなりに面白いのだが、どこまでが古伝承でどこからが書き加えなのか判然とせず、そこを掘り下げるほどの興味が持てなかったためだ。
 来歴の真贋を棚上げするならば、内容的には「ホツマツタエ」や「カタカムナ」が興味深かったと記憶している。
 今、一応手元に残しているのは概説的なものだけで、まあそれで十分だと思っている。


●「古史古伝の謎」(別冊歴史読本)
●「謎のカタカムナ文明」阿基米得(徳間書店)

 80年代からオカルト趣味を持っていた私からみると、今刊行されているスピリチュアル関連本はちょっとぬるすぎる。
 ぬるいだけでなく、戦前回帰カルトやスピリチュアルマルチの入り口になってしまっているケースが多々あるので、あまりお勧めできない。
 古書価格でさほど高くないタイミングで入手できるなら、一昔二昔前の本の方がよほど読み応えがあるのである。

 明治時代に国家神道体制が確立して以降は、むしろ弾圧された側の新宗教の方に見るべきものがある。
 国家の方が新宗教より狂っていた時代もあったのだ。
 先に紹介した菅田正昭「古神道はよみがえる」あたりに幅広く紹介されているけれども、いくつか非常に心惹かれる「教え」があった。

 当時、何気なく手に取った白く簡素な冊子があった。
 パラパラめくってみると、中ほどにどうやら創世神話を語っているらしい一章があった。
 大まかなストーリーは以下のようなものだった。

 この世の始まりは泥海
 それを味気なく思った月神と太陽神は
 泥海の中から魚と巳を引き寄せて、男と女の元とした
 シャチ、カメ、フグ、ウナギ等の生き物を引き寄せて、
 体の様々な働きを作り、ドジョウを魂とした
 小さな人類が生まれては滅び、
 最後にメザルが一匹残った
 それが今の人間の祖先である

doro-01.jpg


 読み進めると、昔どこかで聞いたことがあるような、懐かしい感じがした。
 その簡素な冊子「天理教教典」は、当時百二十円ぐらいだった。



 江戸末期、中山ミキによって創始された天理教は、とくに関西ではそれなりに信仰されており、親類縁者の中に一人くらいは関係している人がいてもおかしくはないのだが、私自身はとくに何の関わりもなかった。
 それにも関わらず、この「泥海神話」に懐かしさのようなものを感じたのは、田んぼと古生物図鑑に囲まれて育ってきた原風景のせいだろうか。

 更に詳しく調べてみると、「天理教教典」の神話の記述の元になった、「泥海古記」という不思議な書物が在るらしいことを知った。
 この書物「泥海古記」は「どろうみこうき」と読み、「こふき」と表記されることもある。
 教祖・中山ミキが折に触れて語った創世神話を、古い信者が書きとめたものであり、筆者や年代によっていくつかの異本がある。
 もっとも流布されたものは、教祖の「お筆先」に似せた和歌体で書かれたものだが、結局教祖の納得した内容のものは完成しなかったらしい。
 国家神道体制下では記紀神話以外の神話体系は認められず、天理教はこの泥海神話が原因で何度かの弾圧を受けたと言う。
 そのため「泥海古記」は厳重に隠蔽されて、実態のつかみづらいものになってしまった。
 弾圧の恐れのなくなった戦後、ようやく復元された内容が、現教典の第三章「元の理」である。

 90年代から天理教関連の資料を読み始めた一つの成果、そして天理教についてのまとめは、当ブログのカテゴリ:泥海で紹介している。
(続く)
posted by 九郎 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

本をさがして13

 いわゆる「日本神話」は、子供の頃からけっこう好きだった。
 もちろん子供なので「記紀」そのものではなく、絵本やマンガ、アニメ化されたものを楽しんだのだが、「国生み」「黄泉の国」「岩戸隠れ」「大蛇退治」などなど、どのエピソードも奇想天外で面白く感じた。

 同じ頃、昭和天皇についてはとくに思うところはなかった。
 歴史の授業で習ったり、歴史モノに出てきたりする、幾人もの天皇の子孫であることは、頭では理解していたが、普段の意識では「たまにTVで見るおじいちゃん」という以上には、何の感想も持っていなかった。
 マンガ「はだしのゲン」ではかなり批判的に描かれていて、作中のゲンや著者の中沢啓治がなぜそのように感じるようになったかは理解できたが、その怒りを「わがこと」と感じるまでには至らなかった。
 なにしろ、子供だったのだ。
 色々自分で考えて判断できる年齢になったのは、ちょうど今の天皇が即位してからになる。
 90年代の幕開けとほぼ同時に「平成」は始まり、それからずっと見続けてきたが、私が今の天皇に感じるのは「頭の下がる思い」と言うほかない。
 知も徳も兼ね備え、柔和な物腰の中に「鋼の意志」も垣間見える。
 日本で最も不自由な、がんじがらめの立場に置かれながら、抑制された「お言葉」と移動のタイミングを武器に、たえず静かなメッセージを発し続けるお姿は、見事としか言いようがない。
 
 子供の頃から神社も好きだった。
 自宅近くに比較的大きな住吉神社があった。
 当時はまだ季節のお祭も盛んで、隣接する溜池で釣りをしたり、境内にあった地区のプールで泳いだり、ときに社殿の屋根によじ登って怒られたりしながら、毎日のように遊んでいた。
 
 日本神話も、天皇も、神社の佇まいも、どれも自分にとっては好もしい。
 しかし、それでもなお「引っかかる」ものがある。
 それが何なのかを知りたくて、90年代の私は本を読み漁っていた。
 まずは「古事記」そして「風土記」だ。

 古事記、記紀神話、日本の古伝承についての本も数えきれないほど刊行されていて、何から読んだらよいのか迷うところだ。
 以前の仏教全般の記事でも述べたけれども、そういう時はごくオーソドックスなものから読んだ方が良い。
 古事記のオーソドックスと言えば、以下に紹介するものになると思う。


●「新版 古事記 現代語訳付き」(角川ソフィア文庫)
 私が90年代によく読んだのは角川文庫のもう一つ古い方の版だが、こちらの新版も良い。
●「古事記(上)全訳注」(講談社学術文庫)
●「古事記」(岩波文庫)


●「風土記」(岩波文庫)
 風土記は日本の古典の中でも最古層に属するが、内容的にはさほど難解なものは無い。より原典に近い雰囲気を感じ取るには岩波文庫版がお勧め。
●「風土記」(平凡社ライブラリー)
 手軽に親しむには現代語訳されているこちらの版がお勧め。

 大人になって読み返してみた原典は、やはり途方もなく面白かった。
 ただ、「記紀神話」をもって「日本古来」とするには、少々但し書きが必要であることも分かってきた。
 事実だけ視るならば、古事記や日本書紀は、その成立当時有力だった各氏族の伝承を(かなり政治的に)集大成した「新たな神話大系」だ。
 記述通り開闢以来伝えられてきたものではもちろんないし、史実としては「皇紀」と同じだけ遡れるものでもありえず、たかだか千数百年、主に宮中で本が伝承されてきたにすぎない。
 その間も、「古事記」そのものや、天皇という存在が一般庶民にもずっと親しまれてきたという事実はない。
 実際の庶民の信仰では雑多な神仏習合の時代の方がはるかに長いし、長さだけで言うなら記紀よりはるか以前から続いたアニミズムこそが「本来の姿」ということになるだろう。
 記紀神話に価値がないと言っているわけではない。
 それは非常に魅力的な神話体系であるし、政治的に集大成されたものとはいえ、古代の神々や天皇の行跡が、善悪を超えてかなり赤裸々に記述されているところは興味深い。
 不思議な懐の深さ、大らかさは感じられる。
 だが、これだけが日本ではないのだ。
 何万年もかけてこの列島に様々な人々や神仏が渡来し、混じり合い、変容してきたこと全部が日本なのであって、歴史上どこかの時点に「正解」があるわけではない。
 本来の国柄であるとか、純粋な神道などというものが歴史のどこかにあったとすること自体が、近世以降の国学〜復古神道〜国家神道という一連の流れから出た「新説」に過ぎないのだ。


●「国家神道」村上重良(岩波新書)

 国家神道は、一言でいうなら「きわめて短期間で破綻した近代日本の新興宗教」だ。
 史実ではありえない神話を現実の天皇制に仮託して強引に「復古」し、その結果国を滅ぼしたカルトであり、国家権力を背景にした官製カルトであることを考えると、悪質さは日本史上でも突出していると言える。
 国家神道体制が確立する過程で起こった、神社合祀、神仏分離、廃仏毀釈により、庶民の信仰や鎮守の森が破壊され、人心も自然も荒廃していった過程は、まなり早い段階から南方熊楠によって鋭く指摘されていた。


●「神社合祀に関する意見」南方熊楠

 また、90年代の私の「最初の一冊」である五木寛之「日本幻論」の中の、「隠岐共和国の幻」の章にも、それらの問題は集約されて語られている。



 この本には、柳田国男と南方熊楠も取り上げられている。
 記紀だけでなく「民俗学」もまた、在りし日の日本の姿を知るには欠かせない。


●「遠野物語・山の人生」柳田国男(岩波文庫)


 私が神社や現天皇、日本神話自体には心惹かれながら、どうしても違和感がぬぐえなかったのは、「国家神道」という官製カルトが原因であった。
 そしてそれは決して過去の遺物ではないのである。
 戦前回帰を志向している神職はわりにたくさん存在して、エコやスピリチュアル趣味で無邪気に神社巡りをするうちに、国家神道的な刷り込みがなされてしまう場合も無しとは言えない。
 某総理大臣夫人などはその口かもしれない。

 ただ、繰り返すけれども、カルトが生じたからと言って、母体となった記紀神話を否定するわけではない。
 カルトはあらゆる宗教、信仰から等しく生じうるのだ。
(続く)
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

本をさがして12

 たまにサヨク的な言辞を記事にする当ブログであり、パワーバランスとしての「心情左翼」を自認する私であるけれども、さほど確固とした政治的立場を持つわけではない。
 子供の頃から小柄で、おまけに弱視児童が出発点なので、「反骨」が性分になっている。
 今でも「多数派」とか、「権力」とか、「図体がデカい」とかいう相手には、とにかく無条件に反発を感じる。
 そうは言っても柔弱な絵描きに過ぎないので、普段から喧嘩上等で相手かまわず食ってかかっているわけではないが、表面上大人しく、基本的には争わず、しかし深く静かに不服従は通す。
 あくまで「反骨」という性分が基本であり、個別の言辞が、世間一般の通念から見て「サヨクっぽく」なるのは結果に過ぎない。
 だから、そうした性分から共感できる語り手には、昔から左右の枠を超えて心惹かれるところがあった。
 90年代の私は「右翼」と呼ばれる中にも、お気に入りの論者が何人かいたのだ。

 読み始めは鈴木邦男だったと記憶している。
 当時は他称「新右翼」、自らは「民族派」と名乗っていた一水会の代表を務めていて、政治や思想にこだわらない幅広い活動を繰り広げていた。
 私が最初に読んだのも、90年代当時ハマり切っていたプロレス関連の書籍だったはずだ。
 率直で小気味の良い語り口が痛快だったので、たとえば以下のような「本業」の方の本も読むようになった。


●「脱右翼宣言」鈴木邦男(アイピーシー)

 何と言っても面白かったのは、94年から「週刊SPA!」で連載されていた「夕刻のコペルニクス」だった。
 それまでに体験してきた「実力行使」を含む民族派運動、思想の枠を超えた幅広い交流、かつて自身に向けられた赤報隊嫌疑などなど。
 素材だけでも十分に刺激的だったのだが、そうしたヤバいネタを語ることによって、各方面からの抗議、脅迫、警察のガサ入れなどが次々と誘発され、それがまた同時進行で連載に取り上げられるという暴走ぶりが、毎週楽しみで仕方がなかった。
 連載はかなり長く続いたけれども、94年の開始から96年分までを収録した一冊目が、飛び抜けて濃厚で面白かった。


●「夕刻のコペルニクス」鈴木邦男(扶桑社文庫)

 前回記事で紹介した突破者・宮崎学との対談本もある。


●「突破者の本音―天皇・転向・歴史・組織」宮崎学 鈴木邦男(徳間文庫)
 この両名、実は早大の学生運動時代は敵味方の関係にあり、乱闘を繰り広げていたとのこと。
刊行当時、「キツネ目の男VS赤報隊!?」というような煽りがつけられていたと記憶しているが、その宣伝に違わぬ濃密な一冊になっていた。

 昨年は日本の右傾化という論点から「日本会議」に関する書籍が一斉に刊行され始めたが、その中でも嚆矢というべき一冊に、鈴木邦男に関する記述があった。


●「日本会議の研究」菅野完(扶桑社新書)
 鈴木邦男が高校時代から「生長の家」の信仰を持っており、早大在籍時に右派の学生運動のリーダーであったこと、そして内部抗争により、運動からも教団からも放逐された経験があることは、自身で繰り返し語られてきたところだ。
 当時「放逐した側」であったメンバーが、現在の「日本会議」を築き上げた経緯は、この本の末尾で初めて知り、90年代になんとなく「空白部分」として残っていた箇所に、思いがけずピースがハマったような感慨を持った。
 そして、私が「右翼民族派」である鈴木邦男の著作を長年にわたって愛読しながら、「日本会議的なもの」に対しては一貫して反発を感じていたことの原因も、ようやく腑に落ちたのである。

 鈴木邦男のリアルタイムの動向は、以下のサイトで週一で紹介されている。
 鈴木邦男をぶっとばせ!


 90年代当時の私が愛読していた、鈴木邦男をはじめとする複数の語り手が、敬意と共に度々取り上げていた名があった。
 野村秋介である。
 右翼民族派でありながら反権力、そして左右を超えた幅広く濃密な交流という、私好みの思想傾向の原点になったような人物であることが伺われ、興味を惹かれて著作を読み耽った。


●「さらば群青―回想は逆光の中にあり」野村秋介(二十一世紀書院) 
 93年、朝日新聞本社での「自決」と同時に刊行された、野村秋介の主著である。
 600ページ近い厚みの三部構成。
 第一部は折々の随想や生い立ちに関する記述、第二部は「ナショナリストの本分」、第三部は朝日新聞との論争の集成になっている。
 天皇を奉じるナショナリストであり、改憲派、朝日新聞批判と並ぶと、昨今のネット右翼と変わらぬ印象になるかもしれないが、中身は全く異なる。
 改憲派ではあったが、現憲法の基本理念は肯定しており、決して明治憲法への復帰は主張していなかった。
 むしろ戦前回帰、軍国主義的な、思想無き「反共右翼」は明確に批判しており、国家神道体制も否定している。
 一貫して反権力であり、政権と癒着するジャーナリズムや、見せかけの言論の自由を舌鋒鋭く暴き立てる語り手であった。
 朝日新聞との論争、そして「自決」にしても、戦うべき価値を認めてこそのものだったのだ。
 既に二十年以上前の著作であるけれども、天皇や愛国、改憲を語る時、時代を超え、左右の立場を超えて傾聴すべき論点が詰め込まれた一冊である。
 保守を名乗る者の振舞いの幼稚さ、薄汚さが目に付きすぎる昨今、再読されるべき語り手であると強く感じる。
(続く)
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする