2018年04月13日

全ガンダム大投票40th

 79年の初代「機動戦士ガンダム」放映からそろそろ40年経とうとしている中、これまで制作された「ガンダム」を冠する全作品の人気投票が、NHKのBS特番企画であるという。

全ガンダム大投票40th
投票期間:3月2日(金)〜4月20日(金)
●アニメ作品1作品のみ
●モビルスーツ3機まで
●キャラクター5キャラまで
●ソング2曲まで

 正直、集計結果にあまり興味はないし、5月の特番本番もたぶん視ないと思う。
 それでも、「自分なりに考え、ルールの枠内で投票する」ということ自体には、非常に意欲が湧く。
 おっさんになって多少は広くなった視野で、子ども時代から思春期にかけて大好きだったガンダムについて、あれこれ考える楽しみを、味わいたいのだ。

 まずはアニメ作品たった一つを選ぶ。
 先の公式サイトの「全ガンダム」の作品リストを見て、しばし呆然とする。
 こんないっぱいあったのか……
 ぜんぜん知らない作品も多い。
 40年の歴史の中で、今や私が知っているガンダムは「ほんの一部」になってしまっていた(笑)
 私は私の知る範囲内から選ぶしかないので、鑑賞経験のある作品を以下にリストアップしてみる。

1、TV版「機動戦士ガンダム」
2、劇場版「機動戦士ガンダムT」
3、劇場版「機動戦士ガンダムU 哀・戦士編」
4、劇場版「機動戦士ガンダムV めぐりあい宇宙編」
5、TV版「機動戦士Zガンダム」
6、TV版「機動戦士ガンダムZZ」
7、劇場版「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」
8、TV版「∀ガンダム」
9、TV版「動戦士ガンダム ユニコーン RE:0096」

 全56作中、たった9作品!
 なんや、おれって全然ガノタちゃうやん!
 ちょっとショック!

 ……気を取り直して投票行動を。

【アニメ作品1作品のみ】
 子どもの頃、空前のガンプラブームと同時進行でハマり切っていたのは、やはり1〜4の「ファーストガンダム」だ。
 そしてこの中からだと、やはり原典中の原典、1のTV版を選びたくなる。
 作り手にも時代背景にも恵まれ、放映時は不人気で、何度も路線変更の末打ち切りになったことすら、全て作品にとってはプラスに作用した。
 危ういバランスの上に成立した、奇跡のような作品で、やっぱり「別格」だ。
 しかし、である。
 今回投票できるのは一作品のみ。
 そこにファーストガンダムを選んでしまうと、私がガンダムに抱いている様々な感情のニュアンスが、全部白飛びしてしまうような気がする。
 投票を私の「思い」の表現行為とするならば、せめて三作品投票させてほしい所だが、今回はそういうルールなので仕方がない。
 苦肉の策として、1〜4のファーストガンダムは私の脳内で「殿堂入り」とし、残る5作品の中から選ぶことにする。
 ファーストを除外するなら、「Z」に対する感情が最も強い。
 単純に「良い作品」とか「好きだった」と言うことは出来ない。
 率直に言えば、初代の重圧に押しつぶされ、迷走してしまった作品だと思う。
 しかし放映時、思春期に入っていた私は、ある意味「歪」なこの作品に、さんざん失望しつつも目を離せなかった。
 ガンダムってなんだ?
 作品ってなんだ?
 そんな青臭い問いを、中二病真っ盛りの私は飽くことなく自問し続けたのだった。

 ということで、作品は「Z」に投票。

【モビルスーツ3機まで】
 これも選べる数が少なすぎる!
 三機だと、私が普通に考えたら「ガンダム、量産型ザク、シャア専用ザク」以外に選びようがない。
 これでは私の感情の機微を表現できないので、ここもやはりファーストの三機は「殿堂入り」扱いで、それ以外から選んでみる。
 そもそも「ガンダム」って何だったのか?
 デザイン的な視点からそんな根本的な問いかけをしてみた時、選びたくなるのは以下の三機だった。

●Zガンダム
 偉大過ぎる初代ガンダムの重圧を受け、変形機能の制約まで背負わされ、それでもこれだけカッコよく神秘的なデザインを作り上げた偉業!
●νガンダム
 洗練された飛行形態へ変形するZ、力感溢れる合体変形のZZから、一転して原点回帰。
 シンプルで「これぞガンダム」というデザインが素晴らしい!
●∀ガンダム
 ガンダムのデザインとは何か?
 立体物になるとものすごくハイレベルなのがよく分かるのに、二十年近く経ったいまだに消化しきれない「未来系」のデザイン!

【キャラクター5人まで】
 これもシャアとアムロはとりあえず「殿堂入り」で除外し、それ以外から選んでみる。
●ジオン・ズム・ダイクン
 ファーストではほとんど名前しか出てこなかった、シャアの父で、近年「ORIGIN」で初めて詳細が語られた。
 スペースコロニー独立運動のカリスマ的な指導者で、シャアは本来ならその後継者になるべき「神童」だった。
 しかしザビ家に両親を謀殺されたことにより、復讐の念でシャアの精神は傷つき、歪む。
 ガンダムの物語は、ある意味シャアの心の傷、狂気が牽引しているのだが、それは父の死に淵源がある。
●ブライト・ノア
 ガンダムのストーリーの骨格は、シャアの狂気と、それに対するアムロのリアクションだが、二人の主人公は「普通ではない」人物だ。
 作品には「普通の人」の視点が絶対的に必要で、ファースト〜Z〜ZZ〜逆シャアを通じて登場したブライトさんは、その代表だ。
 はるかに時が流れて「ユニコーン」で再会した時も、ブライトさんはやっぱりブライトさんだった。
●ララァ・スン
 ガンダムにはフラウやセイラなど、ヒロイン的な女性が何人か登場するが、物語の根幹にまで食い込んだのはやはりララァではないかと思う。
 ファースト以降の作品でも、「強化人間」として登場する悲劇的な数々の女性キャラには、どこかララァの面影があった。
●ミライ・ヤシマ
 子供の頃、ミライさんがやたらモテるのが謎だった。
 セイラのような美少女ではなく、フラウのような可愛い女の子タイプでもない。
 マチルダさんのような分かりやすい美女でもない。
 おっさんになった今は、もちろんその魅力がわかる(笑)
 ファースト作中で、ホワイトベースの搭乗員に「身内」の雰囲気が漂っているのは、ミライさんの存在があったからだ。
 ファーストとそれ以降の作品で一番違うのは、実は「ミライさんの不在」かもしれない。
 ●ランバ・ラル
 華々しいエースパイロットの活躍ではない、地べたを這いずるような一般兵士の戦場描写があるのも、ガンダムの魅力の一つだ。
 そんな泥臭い戦場を代表するキャラは、ランバ・ラルではないかと思う。
 以前、旧キット・グフの製作記事でも、この人物については紹介したことがある。

【ソング2曲まで】
 ファーストのTV版主題歌「翔べ!ガンダム」が、如何に作品の内容と無関係であったかは、以前記事にしたことがある。

 連邦のプロパガンダ?

 ロボットアニメの主題歌としてはまことにオーソドックスでよくできた曲だったが、「リアルロボット」の新地平を切り開いたガンダムという作品には、まったくミスマッチだった。
 内容に相応しい主題歌が制作されたのは、劇場版三部作からのことだった。
 ということで、「ガンダムV めぐりあい宇宙」から一曲選曲。

●めぐりあい

 ファーストの劇場版三部作完結から三年、待ちに待った続編「Z」は、素晴らしくカッコよく、壮大な主題歌と共に始まった。
 その後、私が味わうことになった葛藤と共に、強く記憶に残った主題歌を、二曲目として選んでおきたい。

●Z・刻をこえて

 この二曲、カラオケの持ち歌でもある(笑)


 投票、楽しかった!
 ガンダムに思い入れのある人で、まだ未投票の人は是非!
posted by 九郎 at 23:59| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年04月12日

フェイクニュース?!

 またまた旧聞に属するが、今年2月末の毎日新聞の記事が、とある界隈をざわつかせたことがあった。
 記事自体はタレント・森口博子のインタビューであり、新曲録音に関するものだ。
 以下にネットで無料公開されている記事冒頭を引用してみよう。

 森口博子 原点回帰に魂震える
「Zガンダム」主題歌、32年ぶり録音
 バブル直前の日本にロボット、いやモビルスーツのブームをもたらしたのは1985年の「機動戦士Z(ゼータ)ガンダム」だった。79年に始まったZの付かない初代は“序章”的位置付けで、「Z」から、今に連なるロボットアニメ、ガンプラブームやアニソンブームが始まったと言っていい、エポックメークな存在である。その主題歌「水の星へ愛をこめて」を歌って森口博子は芸能界デビューを果たした。


 Zガンダムの後半主題歌で歌手デビューした森口博子の、32年ぶりの主題歌録音についてのインタビューであるから、ある程度「盛った」煽りはあってしかるべきだとは思う。
 しかしながら、80年代初頭のガンプラブームを実体験した40〜50代のオールドファンから見れば「噴飯もの」としか言いようのない作文で、当然の如く炎上した。

 以下にまとめ記事からネット上の主な反応を引用してみよう。

「事実に反している」
「知りもしない事を偉そうに書くな」
「Zの前はどうした?ニワカめが!!フェイクニュースだ」
「もう初代ガンダムのブームを知らない世代が毎日新聞の記事を書く様になったんだ」
「初代が序章…あんな濃い内容なのに序章…? たぶん書いた人は初代見たこと無いんじゃないですかね」
「ファーストがあってZ、ZZ が出てきた訳で、フェイクと言うより【無知の極み】的な記事」
「ガンプラブームは『機動戦士Zガンダム』が始まる5年前の1980年から起きており、当時のガンプラブームは毎日新聞でも報道している筈ですが?」
「毎日新聞は正気か!?初代はアニメ映画史で初の三部作を公開しその際オリジナルのアニソンを作ったりとブームを牽引。またガンプラは既に初代の頃に超絶ブームだったぞ!」


 ……だいたい言い尽くされているが、一応私なりに「史実」をまとめてみる。

・79年放映開始の初代TVアニメ「機動戦士ガンダム」は、本放送こそ視聴率の振るわない「打ち切りアニメ」であったが、口コミや再放送等で徐々に人気が高まり、TV版を再編した80〜81年の劇場版三部作で空前のブームになった。
・劇場版の主題歌は当時のアニメソングとしては珍しくヒットし、歌番組でも演奏された。
・同時期に空前のガンプラブームが勃発した。
・80年代初頭の爆発的なブームにより、ビッグバンのように「ガンダム市場」が形成され、以後40年にわたって作品制作、関連ビジネスが継続している。

 つまり、「ガンダム」は作品評価もガンプラブームも「初代>>>>>>後継作品」であって、毎日新聞の記事は短い紹介文の中に「不正解」ばかり詰め込んでしまっていることになるのだ。
 たぶん記者の人はまだ年若くて、ガンダムについて何の興味も持っていなかったのではないかと思う。
 一大市場を形成している作品の紹介にしては、ずいぶん迂闊な記事を書いてしまったもので、気の毒ながら炎上しても仕方がない。

 記事で取り上げられた「機動戦士Z(ゼータ)ガンダム」は、初代ガンダムの直接の続編にあたり、85年にTV放映された。(このあたりの時系列は、以前投稿した極私的リアルロボットアニメ年表参照)
 劇場版三部作完結から3年待たされ、ファンの期待が過剰に高まり切ったタイミングで制作された「Z」だったが、残念ながら「スマッシュヒット」とは行かなかった。
 ファンにとっても、そしておそらく富野監督にとっても、「愛憎渦巻く」というのが正直なところだったのではないかと思う。
 ただ、これは結果論になるけれども、「Z」が初代のように綺麗に終わり切らなかったことが、逆にガンダムワールドを延命させた面は確かにあった。
 初代のような「空前のブーム」は起こせなかったが、それなりの数字は取れ、放映中からさらなる続編の制作が決まった。
 ストーリーは迷走気味でもプラモはそこそこ売れてビジネスとしては成立し、翌86年のTVアニメ「ZZ(ダブルゼータ)」、88年の劇場版完結編「逆種のシャア」へとつながっていった。
 そしてシャアとアムロの物語が決着した後も、世界観を替えながら「ガンダム」を冠した作品は断続的に制作され続け、ガンプラの新作も発売され続けた。
 こうした構図は「ウルトラマン」「仮面ライダー」「スーパー戦隊」等、先行する70年代子供番組のビジネスモデルと共通しており、80年代以降はそこにやや年長者向けコンテンツとしての「ガンダム」が加わったということだ。
 こうしてあらためてふり返ってみると、「ガンダム市場」が長期安定的に定着していく起点が、「Z」にあったということは言えるかもしれない。
 もし初代以降、続編が作られなかったとしたら、ガンプラの80年代旧キットが、昔の値段のままで再版され続けているという奇跡のような現状は、ありえなかったかもしれないのだ。

 おや?

 すると、炎上した毎日新聞の「Z」紹介記事も、言葉の選択は適切でないにしても、あながち間違ってはいないような気もしてきた……



 ネットの炎上を遠目に眺めながら、そんなことをつらつら考えているうちに、関連記事のヘッドラインの一つが目に付いた。
 NHKのBS特番向けに、「全ガンダム大投票」が行われているという。

 特設サイト:全ガンダム大投票40th
 投票期間:3月2日(金)〜4月20日(金)

 これまで制作された全ての「ガンダム」作品から、
●アニメ作品1作品のみ
●モビルスーツ3機まで
●キャラクター5キャラまで
●ソング2曲まで
 以上の条件で投票し、人気ランキングを決定するという。

 ちょうどガンダムに関する記憶を手繰っているタイミングだったので、投票に参加してみることにした。
(続く)
posted by 九郎 at 23:01| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年04月08日

読む駄菓子3

 今現在、子ども向けホビーの王様は、やっぱりゲームになるだろう。
 実際おもしろいし、お手軽だし、時間を潰せるし、友だちと盛り上がることもできるので、これはまあ仕方がない。
 ゲームで自然に身に付くスキルもたくさんある。
 それ以外の楽しみを子供に伝え、ゲームを相対化させるかどうかが、保護者や教育関係者の腕の見せ所になるだろう。

 ゲームが不動の王座に就いたのは、たぶん83年のファミコンの発売以降になるはずだ。
 ファミコン以前は、長らくマンガの王座が続いていた。
 70年代後半にもオモチャとしてのゲーム機は存在したが、多くは一機につき一ゲームで、ビジュアルも貧弱で、数あるホビーの中の一つに過ぎなかった。
 TV画面に接続し、本体とバラエティに富んだ各種ソフトで楽しむ形式はファミコンから始まり、そこから長期政権が始まったのだ。

 子ども向けホビーの王座がマンガからゲームに移行する間隙、ほんの2〜3年のことではあるけれども、プラモデルが男の子向けホビーの主役に躍り出た時代があった。
 80〜82年にかけて勃発した、空前の「ガンプラブーム」の期間である。
 このブームについては、これまでにも繰り返し記事にしてきた。

 地方の小学生が体感したガンプラブーム
 ブーム当時のガンプラ

 そんなブームを背景に、小学館の「コロコロコミック」に対抗して講談社から81年に刊行されたのが、「コミックボンボン」だった。
 創刊時の盛り上がりを直接体感した私たちにとって、ボンボンと言えば「子ども向けプラモ雑誌」だった。
 ガンプラを始めとするリアルロボットプラモ制作をテーマにした「プラモ狂四郎」が一番人気で、カラーページでは毎号ハイレベルの作例が紹介されていた。
 他の連載作品も、ポケバイ、ラジコン、特撮自主映画など、ホビー色の強いものが並んでいた。


●「プラモ狂四郎」やまと虹一(82〜86)
●「おれのサーキット」山口博央(82〜86)
●「ラジコンキッド」作:神保史郎 画:のなかみのる(84〜87)
●「特撮大作戦ザ・トクサツマン」国友やすゆき(84〜86)

 また、ガンダムから始まったリアルロボットアニメはほぼ全作品コミカライズされ、切れ目なく連載が続いた。
 リアルロボットアニメはストーリーが複雑であることが多かったが、池原しげと等職人的なマンガ家の手によって上手くダイジェストされ、全体の流れが理解しやすいよう配慮されていた。
 新人賞からは近藤和久がデビューし、リアルロボット表現の名手へと成長、アニメのメカデザインやプラモ表現にも逆に影響を及ぼしていった。


●「機動戦士ガンダムMS戦記」
●「機動戦士Zガンダム」

 また、オリジナルストーリーマンガでも非常に印象的な作品があった。


●「はじけて!ザック」井上大助(84〜86)
 連載開始当初は爽やかな学園バトルものだったが次第に「暴走」が始まり、凄惨なバイオレンスアクションへ変貌、最後には「ハルマゲドン」まで突き進んだ。
 読者層からは完全にずれていて、後に単行本で「迷宮神話」と改題され、カルト的な人気を獲得した。


 80年代から90年代にかけてライバル誌としてデッドヒートを繰り広げた二誌だが、タイアップ路線を強力に推し進め、ヒット作が切れ目なく続き、ホビー色も吸収したコロコロに対し、ボンボンはプラモ人気の漸減もあって次第に部数を減らし、07年には休刊した。

 私は小学校高学年から一貫してプラモ少年だったので、どちらかというと「ボンボン派」だった。
 しかしさすがに十四歳を超えたあたりからコロコロやボンボン等の雑誌は卒業し、週刊少年マンガ誌や模型専門誌へと移行した。

 コロコロで言えば「ゲームセンターあらし」、ボンボンで言えば「プラモ狂四郎」の功績は本当に大きい。
 現代ニッポンのゲームやフィギュア等のホビーの隆盛の礎になったのは間違いない。
 なにしろ、近年になってようやく現実化したe-SportsもVRも、ほぼ40年前の作品のメインテーマとして描かれているのだ。
 子どもの頃の私が熱狂したものの、まともに内容では評価されにくい両作品。
 しかしそうした「読む駄菓子」的な作品が、はるか未来の巨大市場の「預言書」または「生みの親」であったという史実には、なんとも言えない痛快さを感じるのである。
(「読む駄菓子」の章、了)
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

読む駄菓子2

 3月号の発売停止騒動を受けて、ン十年ぶりにじっくりコロコロを開いてみた。
 私が子どもの頃読んでいたのと、様変わりした面も多々あるけれども、骨格部分では全く変わっていないと感じた。
 相変わらずの「読む駄菓子」として、小学生たちを楽しませ続けているのだろう。

 私がリアルタイムの子ども読者としてコロコロを熱心に読んでいたのは、1980年前後の数年間だったはずだ。
 今調べると創刊が77年なので、初期の代表作が出そろって最初の盛り上がりを見せていた時期と重なっているようだ。
 私がマンガを読み始めたのが就学とほぼ同時で、学習雑誌「小学一年生」を買ってもらったのが最初だったと記憶している。
 藤子不二雄「ドラえもん」のあまりの面白さに魅了され、自分でもマンガ絵を描き始めた経緯は以前記事にしたことがある。

 SFへの扉 藤子F不二雄先生のこと

 80年代直前のジャンプやマガジン、サンデー、チャンピオン等の週刊少年誌は読者の年齢層がかなり上になっていて、小学校高学年くらいにならないとなかなか読みこなせなかった。
 大人気だった「ドラえもん」を主軸に、あらためて低学年でも読めるマンガ誌として創刊されたのが「月刊コロコロコミック」だった。
 同じ小学館の「小学〇年生」でも大々的に宣伝されていて、みんな最初は「ドラえもん」目当てに読み始めた。
 私の場合は学年が進むとともに小学館の学年誌は卒業し、学習雑誌は付録の充実した学研の「科学と学習」に移行、マンガ誌はコロコロに移行していった。
 周りもそんな感じの子が多かったと思う。

 当時からコロコロはメディアミックスだった。
 マンガのアニメ化、アニメのコミカライズ、ホビーなど、およそ子どもの興味の対象は全部ぶち込んであり、それは現在も全く変わっていない。
 コンピューターゲームの勃興期で、家庭用携帯ゲーム機が大流行した時流に乗って登場したのが「ゲームセンターあらし」だった。

●「ゲームセンターあらし」すがやみつる(78〜83)
 アニメ化され、ホビーバトルものの嚆矢になり、現在のゲーム大国ニッポンの基礎を築いたような、サブカルチャーの名作である。

 流行り物のオモチャや遊びの類はとりあえず作品化されていて、「チョロQ」をテーマにしたバトルものなども記憶に残っている。

●「ゼロヨンQ太」池田淳一(82〜85)

 当時は「釣りキチ三平」の影響もあって、ルアー釣りがブームになっていたので、釣りバトルマンガもあった。

●「釣りバカ大将」桜田吾作(80〜83)

 変わり種としては「受験」をテーマにしたバトルというのも人気だった。

●「とどろけ!一番」のむらしんぼ(80〜83)
 子どもが多く、受験戦争の過熱していた世相を反映しての作品だと思うが、さすがに「お勉強」だけで連載をもたせるのは困難だったのか、後半いきなりボクシングものに路線変更したのにはひっくり返った。

 主軸の「ドラえもん」、バトルものと並んで、忘れてはならないジャンルがもう一つある。
 低年齢向け「駄菓子マンガ」の、ある意味王道中の王道、「下ネタギャグ」である。
 時代と共に読み捨てられ、評価されることが少ないジャンルだが、読者の記憶にはけっこう刻まれていたりする。
 私が覚えているのは、たとえば以下の作品。

●「ロボッ太くん」とりいかずよし(80〜84)
 主人公は少年ロボットで、「スペアチンポ」という秘密道具を色々「付け替えて」活躍する!
●「超人キンタマン」立石圭太(81〜87)
 ウルトラマンを模した三頭身キャラを主人公に、「お面ライダーマン」や「オガンダム」等のパチモンキャラがドタバタをくり広げる!

 こうして思い返してみると、当時はパロディや下ネタに関する規制が、今よりはるかにユルユルグダグダだったのだなと再認識する(笑)

 この路線のコロコロにおける最大ヒット作が「おぼっちゃまくん」になるはずだが、残念ながら私は年代がずれていて、その盛り上がりは体験していない。

●「おぼっちゃまくん」小林よしのり(86〜94)

 コロコロには他にも、たまに子どもが本気で怖がるようなトラウマ恐怖マンガなども載っていて、こちらも記憶に刻み込まれている。
 興味のある人、私と同年代で憶えのある人は、以下のキーワードで検索してみてほしい。

●「蛙少年ガマのたたり」よしかわ進
●「地獄の招待状」槇村ただし

 小学校高学年になるとそろそろ週刊少年マンガ誌が読めるようになってきて、コロコロも卒業していくことになる。
 ただ、私がその移行期を体感した「80年前後」という時代はちょっと特殊で、戦後ニッポンサブカルチャーに多大なインパクトをもたらした「事件」があった。
 空前の「ガンプラブーム」である。
 プラモが子ども向けホビーの王様にのし上がったその特異点に、低年齢向け雑誌の一番人気「コロコロ」を猛追した競合誌があった。
 81年創刊の「コミックボンボン」である。
(続く)
posted by 九郎 at 00:47| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

読む駄菓子1

 今年2月、当時発売されていた「月刊コロコロコミック3月号」掲載のマンガがニュースになったことがあった。
 ちょっとした「国際問題」にまで発展したので、覚えている人も多いと思う。
 もう新年度なので今更のタイミングだが、色々思うところがあったので、遅ればせながら覚書にしておきたい。

 あらましを振り返ってみよう。
 問題になったのはギャグマンガ「やりすぎ!!!イタズラくん」のワンシーンだ。
 登場人物がテストを受けている。
 試験問題の中に、チンギス・ハーンの肖像を見て「モンゴル国の皇帝 チ(  )・(  )ン」の空欄を埋めて名前を記述する設問があった。
 登場人物はチンギス・ハーンの肖像の額の部分にちんこの絵を描き、名前を「チ( ン )・( チ )ン」と書き込むオチだ。(このネタがギャグとしてなんぼほどのもんかということは、とりあえず保留する)
 それに反応したのが、モンゴル出身で大相撲の元横綱・朝青龍だった。
 ツイッターで問題のコマを紹介するとともに、祖国の英雄が侮辱されたとして、わりと厳しめの批判を呟き、炎上が始まった。
 モンゴル、日本双方の大使館、出版社である小学館も巻き込んで炎上は拡大し、最終的には作者の謝罪と「3月号」の販売中止に至った。

 件の作品、私も読んでみた。
 作者の制作意図の中に「モンゴルに対する侮辱」は含まれていなかったであろうことは、まあわかる。
 そもそも作品内のテストで出題されている肖像にはチンギス・ハーンだけでなく、アインシュタイン、ナポレオン、足利義満等もあって、それぞれにアホなラクガキが施されている。
 文脈上、「特定の人物や国への誹謗中傷」ではなく、「試験という厳粛な場面でも、ついついふざけたラクガキをしてしまう子どもの習性」を扱った作品であることは、明らかだと思う。

 子どもという小動物は「うんこちんちん」が大好きで、教科書や問題用紙にこのようなアホなラクガキをしてしまう習性を持つものだ。
 恥ずかしながら、私の小学校(高学年)の頃の教科書も、掲載されている全ての肖像にリーゼントとサングラスが描き込まれていた。
 当時「つっぱりブーム」だったのだ。
 我ながらアホ丸出しであるけれども、全ページ「うんこちんちん」だらけの教科書を持つ友人もいたので、それより多少はマシだったかもしれない。
 ……と、ここまで書いて思い出したが、そう言えば私も別の教科書のページの端っこに、「おしりからうんこが次々落ちていくパラパラマンガ」を描いていたっけ(悲)
 あかんやん!
 おれも完全に最低レベルのアホガキやん!
 
 ともかく、まずはそうした子どもの習性が、作品制作の大前提にはあっただろう。
 問題になったギャグ作品のネタが、大人の目にくだらなく見えたとしても、コロコロの読者層である子どもたちにとって爆笑だったであろうことは、想像に難くない。
 子どもレベルの下ネタラクガキが発想できる幼児性と、商業マンガレベルの作画技術の両立は、実はけっこう難しい。
 作者は手練れの児童マンガ家に違いない。

 ただ、「単なる子供のラクガキ」と、「大部数のメジャーマンガ雑誌掲載作品」は、やっぱり違う。
 ネット時代でもあるので、ワールドワイドで描写がどのように受け止められるかということは、想定しておかなければならない。
 そこは「子ども感覚」のマンガ家より、「大人役」の編集部がチェックすべき領域だ。
 たとえば、宗教的な崇拝対象になっている人物の肖像にラクガキするのは、ネタとしてマズそうだということはわかりやすい。
 今回の作品内でも、そこは避けてある。
 しかし私自身の感覚でいうと、はるか昔の統治者・権力者にどのようなラクガキがされようと、たとえそれがかなり好きな人物であっても「怒り」は湧かない。
 今回の作品でも、アインシュタインファンや義満ファン、ナポレオンファンが抗議したという話は聞かない。
 チンギス・ハーンのモンゴルでの敬愛され方というのは、確かにちょっと「想定外」の領域だったかもしれない。
 もしかしたら「歴史上の人物」というより、「神話的な英雄」に近い感覚だろうか。

 違和感を持った人がそれなりの人数生じた以上、今回のネタは「良くなかった」ということだ。
 悪意はなかったけれども「良くなかった」表現と、それに対する処分のバランスとして、歴史ある雑誌が潰れるというような極端まで至らずに済んでホッとしている。
 この手の低年齢向けマンガ雑誌は「読む駄菓子」として、いつまでも子ども感覚そのままの楽園であってほしいのである。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする