2017年10月18日

「全部×つけたるねん」

 衆院選が近い。
 選挙が迫ると毎回思い出すことがある。
 確か二十年以上前のことだったと思う。
 その時も選挙が迫っていて、母親と話していたらたまたま「最高裁判所裁判官国民審査」の話題になった。
 罷免すべきだと思う裁判官の氏名に×印を記入し、それ以外は何も記入してはならないという、アレである。
 それについての母親のセリフが、以下のものだ。

「いつも全部×つけたるねん。腹立つから!」

 ちょっと笑ってしまったことを覚えている。
 普段は真面目で大人しい母なのだが、生真面目な分、筋の通らぬことには時に強硬な姿勢をとることがある。
 言葉遣いは大雑把ながら、およそ実効性の無い、無意味な儀式と化した国民審査制度自体に対する拒否感には、吹き出しながらも共感してしまった。
 以来私も、「腹立つから全部×」を通して今に至る。

 いつの日か制度が改正され、「罷免すべきでない優良な裁判官に〇を付ける」という真逆の方式になったら、真面目に考えて審査しようと思っている。

 衆院選そのものについては、以前の選挙前に書いた争点は自分で決めるという記事と同様に検討し、投票する。
 争点を誰かに設定してもらおうという心根が、そもそも民主主義ではないと思うのだ。
posted by 九郎 at 21:49| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

SFへの扉 藤子F不二雄先生のこと

 なにげなくTVに視線をおくると、ドラえもんの「バイバイン」の回だった。
 子供の頃読んだマンガ版の記憶がよみがえってくる。
 大好きなおやつのくりまんじゅうを惜しんだのび太が、ドラえもんに「バイバイン」という薬剤を出してもらう。
 食べ物に一滴かけると、五分後に二倍に増えるという秘密道具である。
 一個が二個、二個が四個、四個が八個の倍々ゲームの仕組みになっていて、最初は喜んで何個か残しながら楽しんでいたのび太。
 しかしそのうち食べきれなくなり、くりまんじゅうはあっという間に家に溢れ……
 という恐怖のエピソードで、子供心に「倍々は恐ろしい」と強く印象に残った。
 最後は膨大な量のくりまんじゅうを巨大な風呂敷詰めにし、ロケットで宇宙に追放するというオチだったが、小学校低学年の私は全然すっきりしなかった。
 いくら宇宙が広いとは言え、いつか全宇宙がくりまんじゅうで埋め尽くされる日が来るのではないか?
 そしてそこまで行くのに、そんなに時間はかからないのではないか?
 破滅の時がくるとして、その五分前まで、まだくりまんじゅうは宇宙の半分しかないのだ。
 いまがその五分前でないと、誰が言いきれるだろう?
 言葉にするとそんな恐ろしさを感じていたのだ。

 ドラえもんに限らず、藤子不二雄両先生のマンガには時々「怖い」ものが紛れ込んでいた。
 F先生は、私が生まれてはじめて認識した「好きな作家」だった。
 小学一年生の頃、確か風邪で休んでいたときに、親が小学舘の学習雑誌「小学一年生」を買ってきてくれた。
 そこではじめて「ドラえもん」を読み、ハマってしまったのだ。
 確か付録の小冊子がドラえもん特集で、藤子不二雄先生が二人コンビであることや、ドラえもん創作の秘密、漫画の絵の描き方などが解説されていたと思う。
 私がかなり意識的に絵を描き始めたのも、その小冊子の解説あたりがきっかけかもしれない。
 解説を読み込み、鉛筆で下描きし、ペン入れのまねごとなども楽しんだ。
 写経的な練習法を開始したのもその頃のはずで、ドラえもんの好きなエピソード丸ごと筆写した記憶もある。
 今思うと一枚ずつの絵ではなく、マンガのエピソード丸ごとの筆写を続けていたら、私はもっとマンガが描けていたかもしれない。
 一枚絵とマンガは全くの別物だということに、当時はまだ気づいていなかった。

 懐かしの小学館の学習雑誌は、今は少子化の影響で学年別ではなくなったようだ。
 現行統合誌「小学8年生」は、最近某首相の爆笑紹介漫画で話題になった。





 小学低学年の頃、ドラえもんからはじまってF先生(当時はあくまで藤子不二雄先生だったが)の作品を色々読み漁っていた。
 中でも特に好きだったのが、「モジャ公」だった。



 作品としてはかなりマイナーな部類に入ると思うが、SF作家としてのF先生の持ち味が遺憾なく発揮されている。
 知的でクールで、ユーモアを基調としながら、恐怖もあり、哲学的命題も含まれる。
 ラストエピソードでは「終末」「カルト教祖」も扱われている。
 マンガではあるが、極上の児童文学でもある。
 これを読み込んで「面白い」と感じ取れた子供時代の自分を、褒めてあげたいのだ。
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | 児童文学 | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

90年代の手記「月物語」5

 顔がじりじり熱くなって目が覚めた。
 もうすっかり日が昇っていた。
 近くのテントの前でナンを焼いていた人に、「すいません、今何時かわかります?」と聞いたが、笑って首を振るだけだった。
 月の祭はこの日で最後。
 ライブなどの予定はなく、みんなで祭の余韻を楽しむ『後の祭』という日程だそうだ。

 僕は波打ち際で、四人ぐらいいた子供達と遊んだりして、ゆっくりすごした。
 ちょっとびっくりしたのは、子供の中の一人に「なんでヒゲがないんや? 女か?」と聞かれたことだった。
 その子の周りでは、成人男性はみんな髭を生やしているらしい。
 素晴らしい環境に育っているようだ。
 子供の中の一人はラッキーと呼ばれていて、後で聞いたらどんとのお子さんだった。
 ラッキーは波打ち際で竹の棒を拾って、「これ三線」と言いながら弾く真似をして見せてくれた。
 さすがだと思った。

 海辺ではどっかの神社の人や「超古代史」を研究している人達が、車座になって「しんぽじゅーむ」とやらを開いていた。
 オカルト好きの僕は、普段なら食いつくのだけれど、睡眠不足の状態で聞いているのは不可能な内容だった。

 昨夜とは正反対に、昼間の浜は人が少なかった。
 アジアの猥雑な市場のようだったビーチはすっかり片付き、「日常」に戻っていた。
 波の音と明るい空と子供の遊ぶ声。
 このまま滅びたいほど平和だった。

 子供たちと遊んでいた流れで、のんびりしていたどんととも、少しだけ雑談させてもらった。
 昨夜のライブやその海岸の風景など、なんということもない話題だったが、どこの誰とも知らない人間に構えずに付き合ってくれたのが嬉しかった。
 ライブでの派手なパフォーマンスと、普段のもの静かな佇まいの差が、祭の夜と昼との違いにシンクロしているようにも感じた。
 ハンモックで眠っている赤ちゃんの掌をしげしげと眺めて、「ちっちゃいなぁ、何で動いてんねやろう」とつぶやいていたどんとの姿が、今も忘れられない。

 そうこうしているうちに日が傾いてきた。
 時間の経つのが、本当にはやかった。
「そろそろ帰るわ」
 僕はモヒカン男に声をかけた。
「面白かった。またなんかあったら呼んで」
 モヒカン男がバス停まで見送ってくれた。
 途中、古い灯台を曲がるところで、どんととすれちがった。
「お帰りですか?」
 微笑みながら声をかけてもらった。

 バスの待ち時間があったので、最後に少しモヒカン男と話した。
「昨日、変な女がおって困ったわ。全然知らんのになんか体ひっつけてくるねん。ああいう子、ちょっと怖いなあ」
「なんや、あれ知らん子やったんか? スタッフかなんかかと思たわ」
 そんなどうでもいいようなことを話して時間をつぶした。
 バスが来た。
 僕は乗り込みながら「ほな、また」と言った。
 モヒカン男も軽く手を上げた。
「ほな」

     *     *     *

 90年代半ば、「月の祭」直後に書いた手記の内容は、だいたい以上のようなものである。
 これを描いた時点では、その後「続き」があることなど、想像もしていなかった。
 不思議な巡り合わせの中で、私は「古い友人」とも再会することになった。

 祭の影-1
 祭の影-2
 どんと3
 どんと4
 どんと5

 そして「月物語」は、いまでもなんとなく、続いているのである。
(「月物語」の章、了)
posted by 九郎 at 22:00| Comment(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

90年代の手記「月物語」4

 ライブが終ると、さっそくスタッフが機材をバラし始めた。
 野外のライブはこれで終り、後は海の家内の徹夜のライブを残すのみだったのだ。
 演劇をやっている身としては、バラシの大変さをよく知っているので、放っておけなかった。
 ジョアンに荷物を預かってもらい、手伝うことにした。
 モヒカン男に紹介してもらい、他のスタッフに交じって、でかいスピーカーやアンプ等を運んだ。
 僕と同じように、スタッフを手伝っている一般客も何人かいた。
 一時間ほどで片付けを終えると、夜中の十一時になっていた。
「これからが本番やで」
 笑うモヒカン男に案内してもらった。
 中ではもうライブが始まっていて、各種布をうまく使って作られた小さなステージでは、一本の古いアコースティック・ギターを回しながら、飛び入りを含めて弾き語りをしていた。
 だいたい、ブルース系が多かった。

 モヒカン男は進行の仕事があったので、僕はジョアンの店に預けていた荷物を受け取り、ついでにタコスをごちそうになった。
 ジョアンはさっきまで野外のライブに出ていたバンドの人達と友達らしく、僕のスケッチブックをその人達に見せてくれていたそうだ。
「すごく褒めてたよ」
 そんなお世辞に調子に乗って、近くのベンチで飲んでいたバンドメンバーやどんとの所に挨拶に行き、それぞれを描いたページを受け取ってもらってしまった。
 それからしばらく、ビールを飲みながら屋内のライブを見ていると、銀髪の女の人が声をかけてきた。
「あの〜、ずっと絵を描いてた子やんね? 頼んだら似顔絵とかやってくれる?」
 後で知ったのだが、昼間からずっとスケッチブックを持ってうろうろしていたので「あの絵を描く人」として顔が売れていたらしい。
「あ、いいですよ。今すぐですか?」
「描いてくれる? じゃあ、お礼はどうしようか」
「え〜と、じゃあ、何か飲み物を」
 これでワンドリンクかワンフードで似顔絵を引き受ける、その夜の僕の仕事が始まったのだった。
 銀髪の女の人はシャケさんといった。
「絵描きさんは名前はなんて言うの?」
「僕ですか? Hっていいます」
「Hくんね。あ、ごめん。こんなぺらぺらしゃべらずに、じっとしてた方がいい?」
「ぜんぜんかまいませんよ。どっちかというとその方がいいくらいで」
 初対面の人にあんまりかしこまっていられると、表情や特徴がつかみづらいものだ。
 色々しゃべってもらった方が、キャラクターがつかみやすい。
 それが僕の似顔絵スタイルだった。
 こんな感じでシャケさんを皮切りに五人ほど描き続け、つまりは酔っ払ってお腹もいっぱいになった。
 僕は机に向かって一人で描く絵も好きだが、こうして誰かと向き合って、または誰かを観客にしながら描くのも大好きなのだった。
 そのころモヒカン男は、女の子としきりに何かしゃべりながら盛り上がっている様子だった。
 ジャマしちゃ悪いし、こっちはこっちで結構忙しかったのでそっとしといた。

 午前三時を過ぎた頃、ついに屋内ライブのネタが尽きた。
 僕にとっては一日目だが、最初から祭に参加している人達にしてみれば三日目である。
 そろそろ体力の限界に来ていたのだ。
 海辺の深夜から早朝にかけての時間帯は、想像以上に冷え込んできた。
 ライブを終えて、それでもまだ起きているメンバーは、それぞれいくつかのグループにわかれて、焚火や火鉢にあたりながら、暖をとっていた。
「寒いな〜。風呂行こうぜ、風呂」
 モヒカン男が誘ってくれた。
 僕達は海の家から旅館の風呂場に上がり、夜の海を見渡せる湯につかった。
 そこで初めて、ゆっくり話した。
 昔の話はほとんどしなかった。
 月の祭についての話題ばかりだった。
 八年ぶりで会った高校時代の友人と、こんな所で湯につかっていることが、不思議で仕方がないような、当り前のことのような、妙な感覚でくらくらしていた。
 まあ、単に酔っ払っていただけかもしれないが……

 風呂から上がると、シャケさんが手招きをしていた。
「サンマが焼けたから一緒にどう?」
 僕はシャケさんとサンマをつつきながらビールを飲んだ。
 いったい今日何本目だろうか?
 その後、モヒカン男と、その友達のアーミー服に鼻ピアスの男と一緒に、カルロスと呼ばれていたおじさんのカクテルの店で火鉢にあたった。
 するとそこに、ブルースを歌っていたおじさんがふらふら歩いてきた。
「あれ〜カルロスどこ行ったん? おらへんのん?」
「上で寝てるみたいですよ」
 と鼻ピアスの男が答えた。
「店ほったらかしてなんで寝てるんや。そこの女の子にカクテル頼まれたんやけどなあ。ちょっと起こしてくるわ」
 しばらくするとカルロスと連れ立って帰ってきた。
「いやな、そこの子がなんか飲みたいらしいんよ。え〜と、なんて言うたかな。カ、カ、カルボナーラやったっけ?」
 そうとう酔っているようだ。
 その場にいたみんなが「それはスパゲティ!」とつっこんでげらげら笑った。
 つっこまれた当人は「ああ、そうか」とぽかんとしていた。
 注文の「カルボナーラ」がいつまでたっても届かないので、女の子が店までやってきた。
「あの〜、カルーアミルクたのんでたんですけど……」
 謎が解けて、またみんな爆笑した。
 それから僕達は朝まで飲み明かして、夜明けのゼンザイをみんなで食べた後、それぞれの寝床に着いた。

 僕は砂浜に寝袋を敷いて、リュックを枕にした。
(続く)
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2017年10月09日

90年代の手記「月物語」3

「おお!」
 しばらくはこっちが誰かわからなかったみたいだが、二、三秒おいてから返事があった。
「来てくれたんか!」
「うん、昼前からおったんやけどな、みんな寝とったみたいやわ」
「そうそう、昨日徹夜やったからなあ」
「チケット、まだ持ってへんねんけど、ある?」
「あるで。ちょっと待ってな」
 そいつは、腰からじゃらじゃら吊下げている首飾りのうちの一つをはずした。
 それは木片に「月」という焼き印を押し、紐を通したものだった。
「これ、首にかけといて。ちょっと俺、まだ仕事あるから。ごめんな、後で話しょう」
「うん、ほんなら、また」
「また」
 僕はチケットを首にかけて、モヒカン男を見送った。

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 それから手頃な流木の切れ端を拾い、石に絵を描いて売っているおばさんに少しペンキを借りて、ジョアンのタコス屋の看板を描いた。
 彼女のリクエストで「喜」という文字をデザインしてみた。
 石屋のおばさんと世間話をしながら描いていると、モヒカン男がビール瓶を片手にやって来た。
「まあ飲んでーな。せっかく来てくれたんやから、最初の一本ぐらいおごるわ」
 僕がジョアンに看板を頼まれたことを話すと、
「へ〜、そうやったなあ。お前、絵描くの好きやったもんなあ」
 と、しばらく僕のスケッチブックを見ていた。
「あ、ちょっとライブの準備始まったみたいやから行ってくるわ」
「忙しそうやな。悪いな、気ぃ使わして」
「そんなん別にええって。今日のライブはおもろいで〜。どんとも出るからな!」
「うん」
 どうやら本物が出るらしい。

 その後すぐに看板を描き終えたので、僕もステージの方へ行ってみた。
 スタッフの人がマイクを確かめたり、ギターの音の調節をしたりしていた。
 砂浜に座って様子を見ていると、隣にも突っ立って様子を見ている、ジーンズの上下に雪駄ののっぽさんがいた。
 なんか見たことがあるやつだと思ったら、どんと本人だった。
 どんとは立ったりしゃがんだりしながら様子を見ていたが、そのうち飽きてきたのか、その辺りにいた子供を相手に話し始めた。
「みんな年いくつや? へ〜、みんな四才か。ほんなら四才が四人やな!」
 とか、ものすごくテキトーなことをニコニコしながらしゃべっていた。
 ステージ上では女性ボーカルの渋いバンドがリハをやっていた。当時の僕は彼女が誰だか知らなかったが、後にシンガーのHALKO(桑名晴子)さんだったと知った。
 リハーサルとはいいながら、同じ砂浜でフリーマーケットをやっているので、みんな演奏を聴いていた。
 こういうアバウトさは、僕は大歓迎だった。
 みんなもきっとそうだったと思う。
 バンドのリハが終ると、今度はどんとがステージに立った。目の前で軽く三曲ほどやってくれて、ちょっと得した気分になった。
 僕の隣ではいつの間にかモヒカン男も聴いていた。
 どんとの音合せが終ると、後は夕方からのライブを待つばかりとなった。

 日が落ちると、いよいよライブが始まった。
 最初はあの女性(HALKO)のバンドだった。
 座って弾いているスライドギターの人が無茶苦茶カッコよかった。
 どこから湧いて来たのかと思うほど人が集まって来た。
 狭い海岸に、二百人くらいは集まっていたのではないだろうか。
 崖の岩をくりぬいたような所に蠟燭を何十本も並べた、異様にカッコいいステージの周りには、大人や子供や赤ちゃんなど、あらゆる年齢層の人間が集まっていた。
 ライブの大音量とは逆に、空には満月が浮かび、潮が静かに満ちてきて、昼間の情景とはまた違った、独特の雰囲気になってきた。
 座って聴いている人は一人もいなかった。
 みんな踊りながら、思い思いに動き回っていた。
 海に駆け込み、水しぶきを上げながら踊り続ける女の人もいた。
 僕も演奏に合わせて、ミュージシャンの人達のスケッチを描き散らし、何事かと集まってきた人にどんどんばらまいた。
 中盤になり、どんとがステージに駆け上がってきた。
 黒いハットに赤いチェックのスーツ、バカでかい蝶ネクタイに両端のとんがったサングラス、顔にはバシバシのメイクといういで立ちで、
「それではどんとのロックンロールショーをはじめます!」
 と、見た姿そのまんまの宣言をした。

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 そういう派手な登場をしておいて、ちゃんと自分でギターの箱を開け、おもむろに用意を始めたのには爆笑がおこったが、どんと本人は少しも気にせず「スタンドバイミー」という定番中の定番みたいな曲を演奏し始めた。
 あまりの選曲に度肝を抜かれたが、その調子でロックの定番曲をメドレーで演奏されると、嫌でも盛りあげられてしまうのだった。
 それからどんとはギターを三線に持ち替えて一曲やった後、ラストを「ヘイジュード」で盛り上げ、また律儀にギターを自分でしまい「すたこらさっさ」という感じではけていった。
 それからはもうライブはカオス状態になり、再び出てきた女性ボーカルのバンドや和太鼓のグループ、それにどんとも合流して、集団発狂状態になった。
 海で踊り続けていた女の人は、もう寒いのに結局最後まで陸地に上がってこなかった。

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 参加者は全員イカれていたけれども、中でも彼女は凄かった。
 僕は惚れ惚れしながら彼女をスケッチし、ライブが終った時、敬意をこめてお辞儀をした。
 向うからもお辞儀が返ってきたが、残念なことに月の逆光で、彼女がどんな表情だったのかは見えなかった……
(続く)
posted by 九郎 at 21:00| Comment(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする