2017年03月30日

旧キット 1/144 ボール

 もういっちょ!

 今月最後のプラモ紹介は、連邦の量産MS(?)ボール。
 こちらも基本的に昔と同じ300円で入手可能。


●1/144 RB-79 ボール

 このプラモは小学生時代に作った記憶がない。
 小遣いは限られているので、「ボールはいらん!」と思ったのだろうか。
 荷物整理をしていたら、完成させていないものが見つかった。
 おそらく90年代に買ったものだと思うが、なぜ買ったかは覚えていない(笑)
 
 今回は全くの素組み。
 塗装前の写真を撮り忘れたので、いきなり完成写真からいってみよう。

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 飾り台と、1/250の小サイズのボールがおまけに付いている。
 1/250というのは、ガンプラブーム当時発売されていた「ガンダム情景模型」や、一部のモビルアーマー、Gアーマーなどと共通のスケールで、並べられるようになっているのだ。

 成型色はアニメ設定の地色に近い、薄いラベンダーだった。
 1/144のプラモ本体は、頭頂部の砲台と腕関節が可動。

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 どこからどうみてもボール以外の何物でもない。
 作業用ポットを応急で武装したみたいな「間に合わせ感」が、とにかく物量でジオンを圧倒しようとする連邦の焦りを表しているようだ。
 MSなのに、中古だったら百万くらいで売ってそうな、見事な雑魚キャラの雰囲気がたまらない。
 相方のジムと並べると、エースパイロットが駈るガンダムの華々しい活躍とは違う、一般兵士のリアルな戦場の空気が感じられてくる。

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 ボールはもうこの旧キットで十分じゃね?
 とも思うのだが、一応HGUC版も紹介しておこう。
 二機セットとはいえボールで千円超えは、私としては「高け〜」と思ってしまうのだが、色分けや可動、コクピットまで再現されていれば、このくらいの値付けにはなるだろう。
 それはわかるのだけれども。。。


●HGUC 1/144 RB-79 ボール ツインセット

 旧キット作例紹介、今月はここまで!
posted by 九郎 at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

旧キット 1/144 ジム

 今月は連邦で行きます!

 続いてのネタは連邦の量産型MS、GM(ジム)。
 こちらも基本的に昔と同じ300円で入手可能。
 プレミア価格で買うようなものではない。


●1/144 RGM-79 ジム
 
 今回は全くの素組み。

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 成型色はガンダムよりやや色味の強い、薄いエメラルドグリーンのような感じ。

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 ジムはいわば「量産型ガンダム」だ。
 生産コストを抑えた一般兵士用のMSを、ガンダムから引き算して絶妙に「弱そう」なデザインにまとめてあるのが素晴らしい。
 先月紹介した旧型ザクでも述べたけれども、一度完成させたデザインから「盛って」強そうにするよりも、「削って」弱そうにする方がデザイン作業としては高度ではないかと思うのだ。

 ガンダムと形状の共通点が多い分、先行発売のガンダムのプラモから改良されている箇所がいくつかある。
 ガンダムやザクでけっこう難易度の高かった腕の取り付けが、シンプルに挟み込みになり、クリック構造も付いている。
 腕の形状は微妙にレベルアップ。
 右手はスプレーガンを持った状態と、サーベルが持てるように穴の開いた握り手が付属。
 シールドののぞき穴は開口。
 などなど。

 このプラモも小学生の頃作った覚えがある。
 おっさんになってから作ると、プラモの出来は向上させつつ、見た目はきっちり「弱そう」に製品化しているバンダイの企業努力が見えて、味わい深く感じられるのである。

 いつものように缶スプレーのつや消しブラックから、アクリルガッシュ筆塗りで塗装。

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 白っぽい部分はアニメ設定ではもっと色味が強いのだが、私は彩度を落とすスタイルが好みだ。

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 ガンダムとの比較。

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 ジムは、定価が安かった頃の初期のHGUCでも発売されていて、こちらも味わい深い良いプラモだ。
 堅気の衆にはこちらがお勧め。



 でも、私はやっぱり旧キットがいい。
posted by 九郎 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

旧キット 1/144 ガンタンク

 続いてガンタンク。
 こちらも基本的に昔と同じ600円で入手可能。


●1/144 ガンタンク

 このプラモも小学生時代に作ったことがある。
 1/144サイズのMSでは最高値の部類で、同じ600円はジオングとゾックだけだったと記憶している。
 まずは素組み。
 例によって、ライトグレーに見えるところはパテによる修正が必要な個所。

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 ガンダムの倍の値段だけあって、圧倒的なボリュームだ。
 成型色はダークブルー一色で、キャノピーもクリアーではないけれど、キャタピラは軟質素材使用でけっこうモールドが細かい。

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 今回はちょっとだけ改造した。
 素組みだと、肘関節が可動の仕組みはちゃんとあるのにパーツが干渉してほとんど曲がらない。
 このままでは手のバルカン砲を前に向けようとすると、「前へならえ」みたいになってしまう。
 溝を延長し、少々肘の内側を削ることで、多少は曲がるようにすることができる。
 あと、ボリュームがありすぎて素組みの完成品は箱にしまえなくなるので、腰部と両腕は脱着可能にした。
 後の収納まで考えるのが、大人のプラモ作りのたしなみである!
 、
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 戦車なので、足元(足じゃないけど)中心に汚すのが楽しい!

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 腰を脱着可能にするついでに、回転もできるようにした。

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 設定ではコアブロックが収納される箇所なので回転できないはずなのだが、やはり「戦車」としては砲部の回転は欲しいのである。

 私は個人的な趣味から「旧キットしばり」で作っているけれども、今普通にガンタンクが欲しいなら、HGUC版を買うのが正解だろう。
 色分け、可動、キャノピーのクリアー化など、旧キットの欠点が全部解消されていて、しかも実売価格にほとんど差がない!


●1/144 HGUC ガンタンク
 
 ただ、やっぱり「おれの思うガンタンク」より、ちょっとスマート過ぎるのが難……

 ともかく、連邦のV作戦コンプリート!

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posted by 九郎 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

旧キット 1/144 ガンキャノン

 相変わらず暇を見つけてはガンプラ旧キットを作っている。
 今回は1/144ガンキャノン。
 以前作った1/100リアルタイプガンキャノンは本当に良いプラモで、私の旧キット趣味に火をつけてくれた作品になったのだが、小サイズのこちらはどうだろうか。
 例によってamazonでは高値がついている時期もあるが、基本的には昔と同じ300円で入手できる懐かしプラモである。


●1/144 ガンキャノン

 まずは素組み。

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 成型色は赤一色で、ちょっと目が痛い。
 1/100は成型色だけでもかなり色分けが出来ていたのだが、廉価な小サイズモデルなのでこれは仕方がない。
 形状自体は1/100をそのままサイズダウンした感じで、よくできている。
 確かガンプラブーム当時も1/100が先行で、後から1/144が発売されていたはずだ。
 関節の構造などはかなり省略されていて可動軸がちょっと細く、塗装のためにいじっていたら肘関節を折ってしまった。
 折った瞬間記憶がよみがえってきた。
 ああ、そうそう、小学生の頃も同じところを折ってしまったっけ!
 仕方がないので片肘は接着固定。
 もともと動かして遊ぶつもりはない(もうおっさんだから)ので、別に問題ないのだが、子供の頃はショックだったなあ……
 上の写真でライトグレーに見えているところは、パーツの合いが悪かったり、ヒケがあったりしたところを、タミヤパテで修正した箇所。
 旧キットを作る以上、こうした基本工作は楽しまなければならない。

 色はいつものごとく、缶スプレーのつや消しブラックからアクリルガッシュ筆塗り。
 今回アニメ版ではなく、リアルタイプカラーにしてみた。

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 まさにガンキャノン!
 おっさんの記憶の中のガンキャノンそのもの!

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 1/100と並べるとこんな感じ。

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 ついでに1999年発売のHGUC第一弾、1/144ガンキャノンとも並べてみよう。

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 こちらも発売当時買ってみて、接着剤要らず、塗装要らずでここまでよく動く完成品ができるのかと驚愕したのを覚えている。
 デザイン上どうしても肩幅が広くなるところを、キャノンを「少しはみ出させる」形でスタイルをまとめた発想が素晴らしく、とても良いキットなのだが、結局素組みした時点でそれ以上いじる意欲がわかず、放置していた。
 今はバージョンアップ版も発売されているけれども、ちょっとガンキャノンにしてはスタイルが良すぎて、おっさんの感覚には合わない(笑)
 やっぱりガンキャノンは武骨な支援メカでないとね。



 可動フィギュアを比較的安価に欲しいなら、HGUCは素晴らしい。
 しかし、プラモを模型としてがっちり作って塗りたいなら、やっぱり旧キットだ!
posted by 九郎 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

本をさがして9

 90年代半ば以降、神仏や宗教についての読書を開始した頃、わりとリアルに心配していたことがあった。
「こんな本ばかり読んでたら、頭イカれてしまうんじゃないか?」
 ぶっちゃけて言えば、そんな懸念だった。
 そもそも絵描きなので、軽微ながら「幻視」の傾向はあった。
 日常生活に支障が出るほど「見えっぱなし」ということはなかったが、疲労や睡眠不足でぼんやりしている時、変な感じになることはたまにあった。
 睡眠時にいわゆる金縛りや幽体離脱みたいな体験はけっこうあったし、悪夢や怪夢の類はよく見た。
 そして、我ながら呆れるほど融通の利かない、思い込みの強い性格である。
 下手に宗教書を読み込んだりすると、本当におかしくなってしまうんじゃないかと思ったのだ。

 そんな懸念を抱えていたので、まずは河合隼雄の本をよく読んだ。
 どれを読んでも面白いのだが、入り口として読み易いのは以下の本あたりではないかと思う。


●「無意識の構造」(中公新書)
 ユング派の心の構造の考え方を総合的に分かりやすく解説した入門書。
●「子供の宇宙」(岩波新書)
 カウンセリングの場面で起こる様々な出来事や、児童文学の中に描かれる子供の内的世界について、実例を挙げながら紹介。
●「明恵 夢を生きる」(講談社+α文庫)
 中世の僧・明恵の「夢記」を題材に、夢に関する様々な事柄を幅広く解説。

 どの本もかなり知的刺激を受けるにも関わらず、ふわりと包み込むような読後感が素晴らしかった。
色々あっても、「ああ、多少イカれてても大丈夫かな」と思えるところが救われるのである。

 精神については他の著者の本もそれなりに読んだが、何か問題を抱えた時に、誰の本を読んでもいいというわけではないことはよくわかった。
 読んだことでかえって追い詰められ、失調する場合もあり得るなと感じた。
 この記事で紹介している著者、著作は、あくまで「私の経験に照らして大丈夫」と感じたものである。

 同じ頃、私が「心の在り方」に関連してよく読んでいた、あるサブカル系のライターがいた。
 名を村崎百郎という。
 自ら「鬼畜」「電波系」を名乗り、日々受信する妄想やゴミ漁りを、狂的、露悪的な文体でサブカル系の雑誌に記事を連発していた。
 巨躯に片目だけを露出した頭巾姿、シベリア出身で中卒の工員、暴力事件を度々起こしたキチガイというプロフィールだった。
 もちろん本名は別にあり、そうしたプロフィールも「事実そのもの」ではなかったのだが、文体の異様な迫力が「真実味」を持たせていた。
 実際、「ひっきりなしに何かが聞こえる」タイプの人であったことは間違いないだろう。

 村崎百郎のことはずっと気になっていて、90年代以降も何か本が出れば手に取っていたが、2010年、ある事件でお亡くなりになってしまった。
 その当時、当ブログでもごく簡単に書いた通り、この人に対して「冥福を祈る」とか紋切り型の言葉をおくることは、少々ためらわれたのである。
「本、何度も繰り返して読みました。『電波系』と『赤泥』は、いまでも読み返してます」
 もしお会いすることがあったなら、たぶんこの一言だけ伝えて早々に退散しただろう。

 事件の報道を知ってから数日、ネットで偶然のぞいたページに、少し感じるところがあった。
 yahoo知恵袋に寄せられた質問の一つである。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1027682090
息子が「ドグラ・マグラ」という本を持ってます
表紙のイラストが怪しげです
裏表紙に[これを読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。]とあり、あらすじ的なことは書いてありません
どんな内容なのでしょう?
息子は大丈夫でしょうか?


 ベストアンサーに思わず笑ってしまった。
 その回答だけで十分なはずなのだが、親切な人たちが一々補足しなければならない風潮に、仕方のないこととはいえ、野暮なものを感じた。
 こんなつまらん世の中、どんどんつまらなくなるニッポンで、彼は「村崎百郎」をやってくれていたのだな……
 そんな風に思ったのだ。

 そう言えばこの「ドグラ・マグラ」も、当時何回か読んだ覚えがある。

 
 私が90年代に繰り返し読み、今でもたまに読み返す村崎百郎の著作は以下のもの。
 単著ではないが、かの人の「鬼畜」の部分と、何と表現すべきか言葉が難しいのであえてこの言葉を使ってしまうが、「愛すべき」部分が、それぞれいかんなく発揮された二冊だと思う。


●「電波系」根本敬 村崎百郎(太田出版)
●「電波兄弟の赤ちゃん泥棒」村崎百郎 木村重樹(河出書房新社)

 村崎百郎の死後、関係者の証言と単行本未収録の文章を集めた一冊が刊行された。


●「村崎百郎の本」(アスペクト編)
 私が大好きだった雑誌「imago」掲載の一文も収録されている。
 タイトルは「キチガイの将来」。
 いつも通りの露悪的な文体の底に、キチガイとキチガイ予備軍に対する(これも他に適当な言葉が見つからないのでやむなく書いてしまうが)「やさしさ」が感じられ、しんどくても生きていける気がする名文なのである。
 鬼畜を装っていても実はイイ人みたいな紹介のされ方は、村崎百郎本人が最も嫌うだろうということは分かり切っているので、表現が難しい。

 村崎百郎の死の直後、私は自分の記事のタイトルに「偽悪と露悪の向こうがわ」と書いた。
 ちゃんと表現できている気がしなくてその後もあれこれ考えているのだが、彼を表すのに適当な言葉はまだ見つかっていないのである。


 私が90年代に読み耽った「こころ」に関する両極端とも言えるお二方は、今はもうどちらもお亡くなりになってしまった。
 一通り読み終わった後、当時の私は、軽い失望と共に、一安心した。
「おれには本当に狂ってしまえるほどの才はないな」
 そんな風に、了解できたのだ。
(続く)
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする