この機会に、こちらのカテゴリ:教養文庫でもレビューを書いておこう。
宮沢賢治の作品は、子どもが読みやすいかというと、実はそうでもない。
現代は「わかりやすく、ストレスなく楽しめる」作品が世に溢れているので、そうしたエンタメと同じ気分で手にとると、戸惑うだけになってしまうことも多いだろう。
小学校国語教科書によく『やまなし』が掲載されているのは、宮沢賢治の入り口として非常に良い。
普段TV等で親しんだ、「てっとりばやく筋を追う」のとは全く違う作品の楽しみ方があるという体験を通して、不思議なイメージが記憶に刻まれる。
とは言え、宮沢賢治の作品に全くエンタメ性がないかと言えばもちろんそんなことはなく、今読むとけっこうポケモンぽかったりする。
物語の冒頭で自然に分け入り、生物を基本としながら少し変わった奇妙な「精霊」と出会い、言葉でやりとりを交わしていく構成のせいだろうか。
とくに存命中に刊行された唯一の童話集『注文の多い料理店』には、そういうタイプの作品が多く収録されている。
この童話集は今も様々な形で刊行されているが、刊行当時の構成や挿絵が再現され、解説も豊富な角川文庫版がお勧めだ。
●『注文の多い料理店』宮沢賢治(角川文庫)
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(カバーはかなり以前の物)
以下、各作品について簡単に紹介してみよう。
■『どんぐりと山猫』
タイトル作以外では、この掲載一作目が好きな人は多い。
冒頭の山猫の手紙の「とびどぐもたないでくなさい」というフレーズで、もう宮沢賢治のペースに巻き込まれてぐいぐい読まされてしまう。
お話の内容自体は「ドングリの背比べ」だったりするのがまた良い(笑)
■『狼森と笊森、盗森』
子供の頃読んだ時はピンと来なかった。
今読むと、北米インディアンあたりの創世神話のようにも読める。
岩がしゃべり、森がしゃべり、狼がしゃべり、山の異人がしゃべる。
笊を持った山男は、「箕作り」のサンカのイメージか?
内容はファンタジーなのだが、語り口は透き通った理系なところが賢治節だ。
■『注文の多い料理店』
賢治の基本は「イメージ投げっぱなし」だ。
文字情報から自力でイメージを描けるかどうかが楽しめるかどうかのポイントで、自然の風景から切り離されがちな現代の子どもの状況は、賢治作品を読むときのハードルになっている。
童話集『注文の多い料理店』の場合は、挿絵の効果が大きく、このタイトル作には一般に受け止めやすい素材や構成がある。
■『烏の北斗七星』
私が今住んでいる都市部でも、夕方、烏の群れがやたらに鳴いていることがある。
何か事件が起こっていそうで、その内容が知りたくなるが、あいにく烏語は解さないので詳細は不明だ。
この作品は、そういう烏の大騒ぎから発想したのかもしれない。
さすが賢治の妄想力のスケールは大きく、烏の軍人、老若男女のロマン、北斗七星の宇宙イメージの広がりは、『宇宙戦艦ヤマト』並みだ。
■『水仙月の四日』
雪国の春、最後の吹雪が荒れ、外出していた少年が危機に陥る。
今読むと、雪婆んご、雪童子、雪狼のキャラデザをポケモン風にすれば、ポケモンシリアス回のイメージがよく似合うと感じる。
雪童子がふと人間の子どもに同情し、そっと助けて去るところなど、とくにそう感じる。
■『山男の四月』
山男は『狼森と笊森、盗森』の山男と同じキャラクターだろうか?
あれからかなり年月が経って、神通力を心得ているような感じもする。
町中に入ってから怪しい薬売りとやり合う展開は、結局夢オチになるのだが、もしかしたら賢治がこういう夢を見て作品化したのかもしれない。
■『かしわばやしの夜』
宮沢賢治の童話は音読してこそ楽しい。
とくにこの作品は、途中からラップバトルみたいな展開になるので音読向きだ。
頭での「理解」が主体になる黙読ではわからなかった面白さが、音読すると体にしみこんでくる感じがする。
■『月夜のでんしんばしら』
ごく素直に読むと、タイトル通り月夜のそぞろ歩きのおりに、線路わきの電信柱の列を眺めながら着想した作品と見る。
ただ「電気総長」の怪しさからすると、まだ「電気」「電信」というものが目新しく、電信柱が風景にまだ馴染んでいない時代が生んだ、幻想の一種ともとれる。
いつの時代も「新しい技術」は妖怪じみた印象を与えがちで、最近の「コロナワクチンと5G妄想」なども記憶に新しいところだ。
■『鹿踊りのはじまり』
これも枯野を見晴らしている間に見た幻想という体裁。
栃団子と手ぬぐいに、こわごわにじり寄ってくる六頭の鹿たち。
台詞と踊りと歌がものすごく面白い。
草食動物つながりか、うちにいるウサギの行動パターンとも似て見える。
賢治は野山の鹿もよく観察しており、その実体験ありきの幻想なのだろう。
■付録『注文の多い料理店』新刊案内
本書冒頭の「序」とともに、昔読んだ時は「作者が自分で何をゴニョゴニョ書いているのだろう?」と思った。
今読むとものすごく「分かる」感じがする。
とくに大人で「宮沢賢治がよく分からない」という人は、まず取説として「序」やこの「新刊案内」を読むと良いのではないか。
■解説「兄、宮沢賢治の生涯」宮沢清六
12ページほどの短い文章だが、著者を身近に知る弟の貴重な証言で、必読。
■解説「新しい古典復刻の弁」小倉豊文
賢治存命中に刊行された唯一の童話集初復刻の企画担当者による解説。
活発に創作していた時期の賢治の動向がかなり詳しくまとめられている。
人付き合いの苦手な「孤独な詩人」のイメージが強い賢治だが、これを読むと明治に生まれ、野心と茶目っ気に溢れ、仲間と激論を交わしながら駆け巡る大正の若者の姿が浮かんでくる。基礎資料。
他にも早坂暁による解説「注文の少い本」、中村稔による詳細な年譜など、本文158ページ、解説その他の資料が80ページ近く。
角川文庫『注文の多い料理店』は、宮沢賢治の一冊目としていまだに不動の価値があると思う。







