2019年04月21日

70年代、記憶の底1

 私が生を受けたのは70年代初頭。
 当時は高度経済成長の終盤で、いわゆる「新三種の神器」であるカラーテレビ・クーラー・自家用車の広まりと共に、地方の生活道路にアスファルト舗装がいきわたりつつある年代だった。
 急速に現代文明化されると同時に、まだ昔ながらの民俗・土俗が十分残されていた時代である。

 古い記憶を探ってみる。
 幼い頃の思い込みや記憶違い、あるいは何らかの理由で改変された記憶があるかもしれないが、なんとなく今の自分の元になったのではないかと思える、いくつかの原風景がある。

 父方の祖父は浄土真宗の僧侶だった。
 祖父母宅は寺ではなかったが、法事のおりの集会所を兼ねていて「おみど」(漢字で書くと「御御堂」か?)と呼ばれる広い座敷があった。
 むしろ「おみど」が主で、居住スペースが従であったかもしれない。
 父方の祖父母宅は城下町の外れにあり、その周辺は昔の町屋風の、間口が狭く奥に長く伸びた建物がいくらか残っていた。
 表門を入ると正面に「おみど」の入り口がある。
 障子を開けて入ると、畳敷きの広い座敷があり、奥には一段上がって仏具が並べられた祭壇があった。
 ちょうど劇場の舞台と客席の構成に似ていて、「舞台ソデ」にあたる板敷きを抜けると、そこが「楽屋」である居住スペースになっていた。
 子供の頃、盆暮れに祖父母宅に里帰りした時は、私達家族はこの「おみど」に寝泊りし、朝夕には「おつとめ」として勤行が行われた。
 祭壇にはいくつもの燭台やお灯明を模した豆電球があって、勤行の際にはそれらが点灯された。
 真っ暗闇だった祭壇スペースが、蝋燭や豆球のオレンジ色の弱い光に照らし出される。
 金色の仏壇仏具がキラキラと輝いて、様々な形態がぼうっと浮び上がる。
 一部、絵図なども描かれていたはずだ。
 私はその中の燭台の一種が気になって仕方がなかった。
 耳の尖った亀の上に鶴が乗っていて、その鶴が蝋燭の台を咥えている燭台である。
 他の仏具も子供にとっては不可解な形の物ばかりだったが、この燭台のことはとくに印象に残っている。
 蝋燭の灯りは、通常の天井からの蛍光灯の照明とは全く異なる。
 物を横又は下から照らし、ゆらゆら揺れる弱い光。
 物の影は暗く長く、しかも生き物のように揺れ動く。
 非日常の照明。
 仏具の金色は怪しく輝き、もうすぐ始まる勤行の声を待っている……

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 お灯明の準備が整い、一同が集まると勤行が始まる。
 大人たちは勤行用の冊子を開き、子供たちはオールひらがなの折本を各々開き、真宗開祖・親鸞作の讃歌「正信偈」を唱和する。
 哀調を帯びたメロディがついている。
 民族音楽として聴くと、アジア的な音階が心地よい。
 続いてこちらも親鸞作の「念仏和讃」を唱和する。
 こちらは一応和語なので、子供心にもなんとなく意味がとれる所がある。
 本文の横には節回しを表現した棒線がついていて、はじめての人でも唱和している内に唱え方がマスター出来るようになっている。
 念仏「南無阿弥陀仏」の部分は、「なむあみだぶつ」ではなく「な〜もあ〜みだぁあんぶ〜」という感じになる。
 子供のことなので、決して喜んで参加していた訳ではなかったが、縁者一同で声を合わせて唱和するのは、それはそれで楽しかった。

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 浄土真宗の勤行はかなり昔からカセットテープ販売されていたし、近年ではもちろんCD化されている。
 今、私の手元には京都の本願寺売店でゲットしてきた声明のCDがあるが、そのジャケットには「読誦の練習に便利 頭出しを多く設定しました」と表記してある。
 いまやお経の読み方もデジタルで練習するのが普通なのだ。
 私が子供の頃、祖父の後を受けて父が得度した時にも、よくテープを聴いて練習していた。子供心に、お経を録音したものが売られていること自体に驚愕した覚えがある。
 テープやレコードというのは、普通の音楽を聴くものだとばかり思っていたからだ。
 もちろん浄土真宗の歴史の中では、このように録音されたものが練習のお手本になった期間はごく短い。
 はるかに長い何百年もの期間は、当然ながら師から弟子へ、親から子へと、脈々と口承される以外に伝達方法は無かったはずだ。
 そこにはおそらく様々な唱え方の「流派」というか、「地方色」のようなものがあったのではないかと想像してしまう。
 例えば我が家の場合、祖父のお経の唱え方に少々独特のものがあったことが判明し、父の代になってから唱え方が修正されたことがあった。
 便利な時代なので、本山で管理している「正解」と比較対照されやすかったために起った出来事だ。
 これが録音技術や五線譜の無い、移動の不便な昔の時代であれば、祖父のお経の読み方は代々そのまま受け継がれて行った事だろう。
 新しい技術によって「正解」が記録され、お坊さんの練習も便利になった反面、おそらく日本中に数限りなく存在したであろう「唱え方のバリエーション」が、消えて行ってしまっている可能性はある。
 時代の流れかもしれないが、ちょっともったいない気もする。

 念仏和讃のゆったりと哀調を帯びたメロディは、子供だった私の魂の底に刻まれた。
 今でもふとした瞬間に、幼い頃から徐々に作り上げられた和讃のイメージが蘇ってくる。
 暗い闇夜の海を、のたうつ波に揉まれながら小さな舟が漂っているイメージ……
 このイメージがどこから出てきたのか、記憶は定かでは無い。
 親鸞は表現として「海」の喩えをよく使っているのでそこから来たのかもしれないし、「補陀洛渡海船」のことをどこかで聞きかじったせいかもしれない。
 あるいは単純に、ゆったりしたメロディが「波」っぽかったというだけかもしれない。

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 私が浄土真宗の勤行に親しみを感じるのには、「子供の頃から唱えてきたから」という以上の理由はないだろう。
 それが「御題目」であれ「君が代」であれ、「インターナショナル」であったとしても、同じように幼い頃耳にしていれば親しみを感じたはずだ。
 自分の記憶の底に根ざした懐かしいメロディを大切にしつつも、割と機械的な刷り込みで感情が生まれてくる人間の習性の部分も忘れずにいたい。
 無所属で自分なりに色々な神仏のことを調べてみて、そう思う。
(続く)

posted by 九郎 at 00:11| Comment(0) | 青春ハルマゲドン | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

カテゴリ「青春ハルマゲドン」開幕の辞

 私は70年代初頭に生を受け、80年代に少年期を過ごした。
 そして続く青年期、時は二十世紀末の90年代、まさに「世も末」を思わせる世相や天変地異の中、関西サブカル界隈の片隅に生息していた私も、まともにその荒波にもまれることになった。
 とても消化しきれぬあれこれを抱えたまま、年を重ねた2010年代。
 再び来訪する天変地異やカルト事象に、かつて棚上げにしてきた「心の宿題」が、雪崩を打ってのしかかる。
 おりしも私は不惑を越えて、身体のトラブル散発し、果ては生涯初の開腹手術まで受ける羽目に!
 所謂「中年の危機」の、非常に分かりやすいサンプル状態になり果てた(笑)
 かくなる上は覚悟を決めて、心に抱えた「90年代のおとしまえ」と真正面から切り結び、死中に活を求めんと、ひたすら書き続けたのが2017年。
 カテゴリ「90年代」と関連記事を、内容と時系列で整理してみると以下のようになる。

●93〜94年、小劇場の舞台美術を担当していた頃
 祭をさがして-1
 祭をさがして-2
●同時期の94年、古い友人に誘われ、不思議な祭に参加
 月物語
●そして95年、阪神淡路大震災被災
 震災記GUREN-1
 震災記GUREN-2
 震災記GUREN-3
●震災と、それに続くカルト教団のテロ事件に衝撃を受けた顛末
 祭の影-1
 祭の影-2
●生来の孤独癖をこじらせ、一人に戻った顛末
 本をさがして-1
 本をさがして-2
 本をさがして-3
 本をさがして-4
 へんろみち-1
 へんろみち-2
 へんろみち-3
 へんろみち-4

【関連記事】
 最初の修行1
 最初の修行2
 最初の修行3
 最初の修行4

 めぐる輪廻のモノローグ1
 めぐる輪廻のモノローグ2
 めぐる輪廻のモノローグ3
 めぐる輪廻のモノローグ4

 ヤマトと仲なおり
 ヤンキーサブカルチャー

 終末サブカルチャー
 「終末後」のサブカル
 世紀末サブカルチャー
 黒い本棚(70〜80年代オカルトサブカルチャー)

 へんろみち 90年代熊野-1
 へんろみち 90年代熊野-2

●カテゴリ「90年代」最終章へ
 青春ハルマゲドン-1
 青春ハルマゲドン-2

 関連記事も含めると、書きも書いたり一年におそらく400字詰め換算で1000枚以上。
 久々に「完全燃焼」を味わいつ、最後の最後に引きずり出したのが「青春ハルマゲドン」というおバカな言霊。
 そう、私の90年代は、私自身の心の中に起こった一種の「ハルマゲドン」だったのだと総括し、ひとまず自己治癒は成ったのであった。

 しかしながら、あくまで自分の気の病をなんとかすべく書き散らした代物ゆえ、あまり他人様が読めるよう整理された順序にはなっていない自覚はあった。
 2010年代ももうおしまいの今年、なんとか読み易い形に集成し直したいと考え、この度新カテゴリをスタートさせたいと思う。
 膨大な分量の関連記事を順序立てて抜粋、または加筆し、できることなら9月の文学フリマ大阪に、一冊の本の形で出品できればと目論んでいる!

 70〜90年代サブカル最終戦争
「青春ハルマゲドン」開幕!
posted by 九郎 at 00:14| Comment(0) | 青春ハルマゲドン | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

第七回文学フリマ大阪 (2019/9/8)

 今年9月開催の「第七回文学フリマ大阪」に出店が決まりましたので、ご報告。
 前回参加はもう四年前になりますね。

 文学フリマ大阪2015

 その時は知り合いの出店に個人誌で便乗させてもらう形でした。
 今回はフルスペックのわが「縁日屋」で出陣します。
 そしてそろそろ、新作個人誌の制作も開始します。
 乞うご期待!
posted by 九郎 at 23:29| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年04月13日

ヤマザクラ2019

 先週末、恒例のヤマザクラ花見に行ってきた。
 昨年のスケッチでは、かなり色使いについて収穫があった。

 お花見2018
 お花見2018その2

 今年はどんな発見ができるだろうか。

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 近辺で一番好きな樹で昼食と花見。

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 人通りも少ない中、贅沢なひととき。

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 桜だけではなく、早春の山では様々な花見が楽しめる。

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 お気に入りのヤマザクラは、毎年モクレンと同時の開花が楽しめていたのだが、去年の台風からか、モクレンの方は倒れてしまっていた。
 コラボは今年で最後かもしれない。

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 もちろんスケッチも。
 桜の季節の色合いは、明度を上げて、彩度はやや抑えて。
 緑が鮮やかになるのは桜の直後、葉桜から新緑にかけてなので、緑系は抑えめに。
 白い紙に水彩ならピンクはやや強め、影のパープルを少し効かせて。

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 描いていて一つ気付いた。
 上記のような桜の季節の色彩は、そのまま桜餅の色合いだ!
 餅の中の餡の色は、桜の幹の暗色に似てる(笑)

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 色々感じ取りながら、今年のヤマザクラのスケッチ完成。
 ピンクはスキャンや印刷で出にくく、意外と写真で撮った方が良いこともある。

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 今年も良い花見、良いスケッチが出来たと思う。
posted by 九郎 at 18:47| Comment(0) | 季節の便り | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

怪異とロスジェネ

 先ごろ、このカテゴリでも紹介してきた実話怪談の書き手・川奈まり子さんが、Twitterで呟いておられたことが気になった。
 怪異体験の聴き取り対象の年齢層が、「ロスジェネ」と呼ばれている層とかなり重なっているのではないかという主旨の呟きである。
 ロスジェネとは、いわゆるバブル世代の直後、就職氷河期を経験した、年齢で言うと三十代後半から四十代後半にかけての年齢層を指す。
 別の分類では「団塊ジュニア」とも重なっており、同年代の人口が多いので受験や就職で過酷な競争にさらされたにも関わらず、政策的には放置されてきた世代でもある。
 実は私も、この世代に引っかかっている(苦笑)
 現在の少子化の流れは、この世代が家庭を持ち、子育てに入ることが困難だったために事態が悪化したともいえる。
 民主党政権で実施された「子ども手当」は、極めて不十分ながらも、団塊ジュニアに現ナマが撒かれた希少な政策であった。
 年代別の人口を考えると、このタイミングが少子化に抗するラストチャンスであったかもしれないのだが、政権交代によりあっさり撤回され、少子化対策は既に手遅れになった。
 本来もっともっと手厚く支援されるべきであった団塊ジュニアにろくな補給を与えず、無意味な精神論で玉砕を強いてロスジェネ化させたこの国は、旧日本軍の愚策「インパール作戦」から何一つ変わっていないようだ。

 日常生活や体調の不安定、強いストレスは、おそらく怪異と親和性が高い。
 これまでの成育歴をふり返ると、私自身ははっきりと「怪異」の領域まで入ってしまうことは少なかったのだが、それに近い「夢がやや現実に浸入してくる」体験はあった。
 いわゆる「金縛り」や「幽体離脱」などである。

 金縛りと幽体離脱

 幼児期、思春期、社会に出る前後、あとは「中年の危機」の年代に、それは出やすかったと記憶している。

 ロスジェネが今現在、怪異の体験を語るケースが多いというのは、「さもありなん」と感じた。
 四十路を越えると、それまでの自分をあれこれ振り返ることも多いだろう。
 今現在だけでなく「過去がぶり返して現在の体験化する」というのもありそうだ。
 怪異の効用というか、怪異を心と体の治癒過程に軟着陸させるノウハウというものもあるはずで、昔はそれを宗教や民俗が担っていたのだろう。
 先に挙げたような怪異に会いやすいそれぞれの年代で、節目として民俗行事は用意されている。
 怪異現象には一応「科学的説明」がつくものも多く、私がよく体験してきた金縛りや幽体離脱はその典型。
 しかしながら「科学的な説明」の欠点は、実際体験している最中の恐怖感に対し、屁のツッパリにもならないところだ(笑)
 不動真言なんかの方が「現場」では有効だったりすることを、私自身これまで度々実感してきた。

 経済的にも人との縁からも疎外されがちだったロスジェネは、伝統的な宗教や民俗からも切り離された年代。
 心身の不安定から怪異に遭遇してしまった際のセーフティーネットが何もない、いわば「怪異難民」になってしまっているのかもしれない。
 そしてそこに口を開けて待っているのがスピリチュアル系カルトだったりする。
 そう言えばロスジェネは子供時代から青年期にかけて、メディアがオカルトだらけだった世代でもあり、オウム世代とも一部重なっている。

 このカテゴリ「怪異」で考えるべきことが、少しずつ焦点を結んできたようだ。
posted by 九郎 at 22:58| Comment(0) | 怪異 | 更新情報をチェックする