2018年03月26日

70年代永井豪の「魔神懸かり」

 70年代、永井豪は「スーパーロボット」というサブカルチャーの巨大市場を産み落とした。
 これはTVアニメ、玩具販売と連動したチームプレイの産物であったが、より個人の力が発揮されるマンガ連載においても、同時期の永井豪は凄まじい作品を連発していた。

 永井豪の出世作とされているのが68年〜72年まで連載された「ハレンチ学園」である。
 掲載誌は当時創刊されたばかりの週刊少年ジャンプで、実写ドラマ化もされたこの作品のヒットにより、雑誌の人気も定着していった。
 当時の少年誌としては「過激」なエロ描写を導入したギャグ作品で、永井豪は「先鋭的なギャグ漫画家」、「週刊少年ジャンプの立役者」として、まずは地歩を築いたのだ。
 今の眼で見るとなんということもないエロ描写も、表現の開拓時代には激しい批判にさらされた。
 各地の教育委員会やPTAから目の敵にされ、焚書に近い扱いも受けたという。
 そうした「魔女狩り」にも似たヒステリックな排斥運動は作品にも反映され、作中の「ハレンチ大戦争編」では、排斥側とレギュラーキャラが激しい殺し合いを演じるまでにエスカレートした。
 他愛のないギャグで始まった作品が、一種の「終末」を描く展開へと暴走したのだ。


●「ハレンチ学園」

 同時期にはもうひとつ、飛び抜けたギャグの傑作が「少年マガジン」に連載されている。


●「オモライくん」
 マンガ史上でも空前絶後の「不潔マンガ」である。
 物乞いの少年を主人公に、徹底的に「不潔」を極めたギャグは、あの筒井康隆が熱烈に称賛したことでも知られる。
 エロとは全く別の意味で、現在なら絶対連載不可能な作品である。
 しかし、汚物で埋め尽くされたストーリーの果てには、「命」の強さ、美しさが輝く感動の最終回が待っている。


 ギャグ作家としての実績を足掛かりに、70年前後からの永井豪は本来志向していたSF作品に傾斜していった。
 その代表が、73年から週刊少年マガジン連載された「デビルマン」だった。
 当時の永井豪の才能と狂気が結晶したような、日本マンガ史上最大級の問題作である。
 テーマがシリアスになり、作画密度が濃くなっていくにつれ、作品で描かれる「終末感」は、さらに強烈に研ぎ澄まされていった。
 前作「ハレンチ学園」でのエロ描写に続き、「デビルマン」ではアメコミ調の筋肉描写、血がしぶき肉が引き裂かれる激しいバイオレンス描写が導入された。
 永井豪は、少年誌における性と暴力の表現の開拓者であったのだ。

 私は14歳の頃、はじめてこの漫画版を読んだ。
 初出時からはかなり年数がたっていたが、昔は今よりずっと書店の本の回転が緩やかで、過去の名作が店頭に健在だったのだ。
 それまでにも石川賢マンガ版「ウルトラマンタロウ」や、TVアニメの「デビルマン」「マジンガーZ」「ゲッターロボ」などは大好きだった。
 私の世代は永井豪率いるダイナミックプロの作風で育ったような所があったのだが、漫画「デビルマン」の衝撃は、それまでとは全くレベルが違っていた。
 子供の頃好きだったアニメ版とは、基本設定に共通点はあるものの、ビジュアルもストーリーも完全に別物だった。
 凶悪なデーモンの合体を受け、狂った破壊衝動と正気の間でのた打ち回る主人公・不動明。
 悪魔と合体しつつも、最後まで自分自身の精神を守った主人公の姿は、読んだ当時の14歳という年齢のもたらす不安定な心身と同期して、まるでわがことのように感じられた。
 貪るように何度も繰り返し再読したため、コミック全五巻の内容を全て頭の中に再現できるようになった。
 寝ても覚めても「デビルマン」のことを考え続け、街中で「ビル・マンション」と書いてある看板が視界に入ると思わず振り返ったこともあった(笑)
 もちろん絵の模写もたくさん描いた。
 今風に言うなら完全に「中二病」なのだが、読むこと、描くことで癒される何者かが、確実に当時の私の中にあったのだ。
 私が「14歳の狂気」を乗り切れたのは、この漫画「デビルマン」のおかげと言っても過言ではない。
 
 今現在「自分の中の凶暴な何者か」と対決中の少年少女には是非手に取ってほしい本作だが、入手の際には注意が必要だ。
 多くの加筆バージョンや続編が刊行されているので、なるべく初出に近いものを手に取ってほしいのだ。
 敬愛してやまない永井豪先生には大変申し訳ないのだが、この作品ばかりは加筆が入る度にバランスが悪くなっていくように感じる。
 絵描き目線で言えば、技術的に未熟な(と本人には思える)過去の絵を直したくなる心情は痛いほどわかる。
 しかし作品というものは時として、作家自身にすらうかつに手を出せない、危ういバランスの上に成立した脆く美しい結晶体になるものだ。
 後年の加筆が少ないバージョンで、今現在入手し易いのが、以下の三種である。


●「デビルマン 愛蔵版」永井豪(KCデラックス)
●「デビルマン 全三巻」永井豪(KCスペシャル)
●「デビルマン 完全復刻盤 全五巻」永井豪(KCコミックス)

 そして今回の「画業50周年」を記念して刊行されたのが、以下の三巻完結版。


●「デビルマン THE FIRST」
 連載当時の誌面を、サイズはそのまま、紙質と印刷を高品質にした全三巻。
 本当に長らく待望されていた、この歴史的名作に相応しい仕様の単行本がついに出た!

 序盤の作画にはさすがに時代を感じるが、ストーリーの衝撃は全く色褪せない。
 デーモンの無差別合体、第一次総攻撃を受け、人類が疑心暗鬼から相互に監視し合い、殺し合って自滅していく展開は、テロと分断の時代を迎えた今読むと、改めて慄然とさせられるのである。

 連載時の「デビルマン」は、必ずしも大ヒットした作品とは言えなかったが、後のエンタメ作品に与えた影響は計り知れない。
 現代から近未来を舞台にしながら、神や悪魔や妖怪、科学技術と呪術が混在する「伝奇SF」の世界観は、以後エンタメの一大ジャンルとして成長することになる。


 完膚なきまでに世界を滅亡させた「デビルマン」完結直後、その破滅の風景を引き継ぐように執筆開始されたのが「バイオレンスジャック」だった。
 73年から週刊少年マガジンで連載が開始されたこの作品は、巨大地震で破壊され、隔絶され、戦国時代さながらの無法地帯と化した関東を舞台とする。
 弱肉強食の荒野に忽然と現れた謎の巨人・バイオレンスジャックと、怪異な鎧を身にまとう魔王・スラムキング、そして懸命のサバイバルを続ける孤児集団の少年リーダー・逞馬竜を軸に、野望と絶望、希望渦巻く物語は展開されていく。
 今でこそ「近未来の破壊された無法地帯」という舞台設定は描き尽された感があるが、「バイオレンスジャック」は世界的に見てもかなり発表時期が早かった。
 映画「マッドマックス」より先行しているのである。
 74年に週刊連載終了後、月刊少年マガジンで77年〜78年まで連載された本作は、続く80年代、奔流のように描かれるようになった「終末後」という作品テーマの嚆矢となった。


●「バイオレンスジャック」(少年マガジン版)

 70年代の永井豪は、「全盛期」にあった。
 ここまで紹介してきた「ハレンチ学園」「マジンガーZ」「オモライくん」「デビルマン」「バイオレンスジャック」以外にも、「キューティーハニー」「手天童子」「凄ノ王」等々、ここにはとても書ききれないほど、マンガ史に残る傑作の数々を集中的に執筆している。


●「手天童子」「凄ノ王」

 まさに神か悪魔が取り憑いているとしか思えないような「魔神懸かり」の状態で、中でも突出した異常な傑作が「デビルマン」だったのだ。
(続く)
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

90年代スーパーロボット再評価

 80年代、とくに前半のTVアニメは、「機動戦士ガンダム」から始まったリアルロボット路線が隆盛した。
 そしてスーパーロボット路線がやや下火なまま時が流れた90年代初頭、アニメ「ゲッターロボ號」によってゲッターシリーズが再起動された。
 70年代ゲッターは合体変形に「マンガ・アニメ的なウソ」が多く、玩具ではそのギミックが再現されなかった。
 新しい90年代ゲッターは、そうした欠点を克服した上での再起動だった。
 80年代に飛躍的に進化したリアルなメカニックデザインや変形技術を吸収し、「実際に三機による三種類の合体変形ができるゲッター」としてリファインされたのだ。
 この作品も、そもそもはTVアニメ版先行の企画であったが、同時進行で執筆された石川賢によるマンガ版は、70年代マンガ版ゲッターの直接の続編として独自にストーリーが展開された。


●「ゲッターロボ號」
 前半の精緻なストーリー展開と、終盤のダイナミックプロ的な「暴走」のバランスが絶妙で、個人的に石川賢の最高傑作ではないかと思っている。
 中盤で世界各国のスーパーロボットチームが終結し、内部抗争を経て共闘する展開は、何度読んでも面白い。
 後に映画「パシフィックリム」を観た時、「このスタッフ、ぜったい石川賢読んでるやろ!」と思ったことを覚えている。

 その後も時間軸はやや前後しながら、ゲッターロボシリーズは「真ゲッターロボ」「ゲッターロボアーク」と、2003年まで描き継がれ、スケールの大きなSFサーガとして、石川賢の代表作に成長した。
 リアルロボット路線を経て目の肥えた年長のファン層にも十分応える水準に達し、ゲームとも連動して再評価につながったのだ。


●「真ゲッターロボ」
●「ゲッターロボアーク」

 スーパーロボットの創出者たる永井豪自身が、「Z」のマンガに全力を傾注する機会も、90年代初頭に連載された未完の大作「マジンサーガ」(90〜92年、週刊ヤングジャンプ連載)を待たなければならなかった。
 近未来の火星を主な舞台に、「マジンガ―Z」「グレートマジンガ―」「グレンダイザ―」に登場するキャラクター達が少しずつ役柄を変えながら登場するだけでなく、永井豪の過去作品の中から様々なイメージが再投影されている。
 70年代の「Z」とはまったく別作品で、実を言えば「スーパーロボット」ですらないのだが、青年誌連載で制約が少ない分、存分に永井豪の持ち味が発揮されている。
 さしずめ「スーパー永井豪ワールド大戦」と言った趣のある大活劇で、一読の価値はある。
 現在手に入りやすいのは数年前に再刊された以下の版。


●「マジンサーガ」

 連載当時から大幅な加筆があるが、それでも未完。
 永井豪の絵柄は90年代以降大きく変わってはいないので、加筆分もさほど違和感無く楽しめる。
 とくに戦闘シーンの加筆には、故・石川賢の作画スタッフが参加していると思われ、直近まで「ゲッターロボ」シリーズ等で練り上げられた描写力がよく活かされていると感じた。
 ダイナミックプロによるスーパーロボット路線の、現時点での最終到達点と言えるだろう。
(続く)
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

70年代スーパーロボット・ビッグバン

 アーティストの作品評価において、「広く一般に届いた人気作」と、「ファンの間で愛される最高傑作」の間に、ズレが生じるケースが多々ある。
 永井豪は多くの名作を生み出してきたマンガ家で、後続のサブカルチャーに多大な影響を及ぼしたが、「広く一般に届いた」という意味での代表作は、やはり「マジンガーZ」になるだろう。
 そして「ファンの間で愛される最高傑作」は、間違いなく「デビルマン」だ。

 前者の成立過程については、以下の記事で詳述したことがある。

「スーパーロボット」の誕生

 その他の過去記事からも抜粋・再構成しつつ、紹介してみよう。

 そもそも日本のTVアニメはロボットアニメから始まった。
 言わずと知れた手塚治虫「鉄腕アトム」(1963年〜)である。
 等身大ロボット、巨大ロボットバトル、メディアミックス、キャラクターグッズ展開など、後発のロボットアニメは「アトム」の要素を受け継ぎ、一部抽出したり、新たな要素を次々に添付することで、発展したと言ってよい。
 巨大ロボットバトルの要素を抽出し、「人間が操る」という要素を加えれば「鉄人28号」(63年〜)になり、「兵器としての操縦型巨大ロボット」の流れができた。
 コミュニケーション可能な知能を備えた等身大ロボットの要素は、「人体と機械の融合」という要素を加えた「エイトマン」(63年〜)をはじめ、サイボーグやアンドロイドテーマのマンガやアニメ、特撮作品に継承されて行った。
 アトム以降のロボットアニメを、さらに劇的に進化させた「中興の祖」としては、なんといっても永井豪「マジンガーZ」(1972年〜)が挙げられる。
 先行する「鉄人28号」の操縦型巨大ロボットバトル路線を継承しながら、「マジンガーZ」から独自に創出された要素は非常に多い。
 何よりもまず、実際に人が乗り込む「搭乗型」であることが特筆される。
 これにより、「鉄人」のリモコン操作より主人公との一体感が増し、バトル描写に臨場感が生まれたのだ。
 他の新規アイデアも列挙してみよう。

・人体を約十倍に拡大したスケール感。
・下手すると悪役に見えてしまいそうな、悪魔的でスマートなデザイン。
・新素材や新エネルギー源による高性能化。
・コクピットを兼ねた小型戦闘機との合体。
・飛行ユニットとの合体。
・続編である「グレートマジンガー」まで含めると、主役機の交代劇。
・同じく永井豪率いるダイナミックプロ原作の「ゲッターロボ」まで含めると、複数のチームマシンによる変形合体バリエーション。

 後のロボットアニメにも継承される「ウケる」要素が、これでもかというほど一連のダイナミックプロ原案の作品で創出されているのがわかる。
 他ならぬ「スーパーロボット」という呼称自体が「Z」の主題歌の歌詞の一節で、勇ましく戦闘的なアニメソングの系譜も同主題歌から始まったのだ。

 マジンガーZは玩具にも進化をもたらした。
 ダイカスト素材を使用した頑丈で重量感のある「超合金」と、軽量で比較的大型のソフトビニール製玩具は、以後のスーパーロボットアニメの定番アイテムになり、おもちゃメーカーが作品を提供するビジネスモデルが確立した。
 30分枠の一話完結方式で主役ロボットが活躍するフォーマットは、「ロボットプロレス」「玩具の30分CM」などと言われながらも、多くの優れた作品を生み出した。

 もう一つ確認しておくべきは、これらのダイナミックプロによるスーパーロボット作品は、TVアニメ先行の企画であったことだ。
 こうした構図はほぼ同時期に制作された石森章太郎原作の特撮番組「仮面ライダー」等とも共通している。
 マジンガ―シリーズに関して言えば、同時進行で執筆されたマンガ版よりも、ヨーロッパなど、海外の放映でも絶大な人気を博したTVアニメ版こそが「正伝」だったのではないかと思う。
 永井豪自身によるマンガ版は、厳密には「原作」ではなく、アニメ版と並行したアナザーストーリーであった。
 シンプルな勧善懲悪でスーパーロボットの活躍を描いた良作ではあるものの、必ずしも「全力投球」の作品ではなかった。
 同時期に最大の問題作である「デビルマン」を執筆中で、そちらに主要なエネルギーを傾注しながらの連載だったのだ。

【永井豪マンガ版】

●「マジンガーZ」

 マジンガーシリーズのコミカライズでは、むしろ同じダイナミックプロ内で制作された桜田吾作版が、絵柄の好みは分かれるけれども、骨太なストーリー展開が光る。

【桜田吾作版マジンガーシリーズ】

●「マジンガーZ」
●「グレートマジンガー」
●「UFOロボ グレンダイザー」

 永井豪が原案を担当し、TVアニメにもなった「ゲッターロボ」「ゲッターロボG」も、同じダイナミックプロの石川賢がマンガ版を担当した。
 こちらも手加減抜きのハードな描写で、70年代スーパーロボットマンガの最高峰と言ってよいだろう。



●「ゲッターロボ」
●「ゲッターロボG」

 以後も70年代を通じて、永井豪とダイナミックプロは多くのスーパーロボット作品を生み出し、他の作り手も巻き込んで、サブカルチャーの一大市場を形成していった。
 70年代末の「機動戦士ガンダム」によって、アニメの世界にはもう一段階進化したリアルロボット路線が創出され、やや年長の新たなファン層を開拓した。
 それでも幼年層にも鑑賞しやすいシンプルなスーパーロボット路線への需要は、時代を超えて残った。
 単独テーマのTV番組でなくとも、たとえば特撮ヒーロー番組内の一要素として、スーパーロボットは採用され続けたのだ。

 近年、永井豪自身が過去の有名作の創作秘話を明かすマンガも制作されており、マジンガーZについては、以下に詳述されている。


●「激マン!マジンガーZ編」永井豪とダイナミックプロ(ニチブンコミックス)
 全五巻。
 全てが「史実」というわけではないかもしれないが、マンガとして楽しめる。
 マンガ内マンガとして、マジンガーZを今の作画密度で描き直したものがかなり挿入されている。
 続編にあたる「Z&グレート編」も執筆されており、順次単行本化されている。

 また、執筆年代はかなり前後するが、70年代末に短編で描かれた「異形のマジンガーZ秘史」も存在して、ファンにはこよなく愛されている(笑)
 興味のある人は「思い出のK君」で検索!

 今、試みにamazonで検索してみると、以下のアンソロジーに収録情報があった。
 中身は未確認だが、わりと最近のコンビニ版なので、見かけたらチェックしてみよう。


(続く)
posted by 九郎 at 12:00| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

サブカルカイザー 永井豪

(一度投稿していた記事ですが、加筆して仕切り直し)

 2017年10月にデビュー50周年を迎えたマンガ家・永井豪。
 画業50周年記念で、昨年から作品のアニメ化や再刊、ムック本の刊行など、様々な企画が進行しています。
 二大代表作である「マジンガーZ」と「デビルマン」が新たにアニメ化され、どちらも中々の出来だったらしいのですが、残念ながら私はタイミングが合わずまだ未見。

 次回更新記事から、私が最も敬愛するマンガ家にして、戦後ニッポンサブカルチャーの「帝王」、永井豪を語ってみたいと思います。
 
 劇場版アニメ『マジンガーZ INFINITY』公開に合わせて、バンダイから過去の関連プラモが再版されています。
 いずれも2000年以降発売のキットなので、完成品可動フィギュアでも超合金でもない、スーパーロボットの「プラモデル」としては、現状ではベターな選択になるではないでしょうか。


●メカニックコレクション マジンガーZ
●メカニックコレクション グレートマジンガー
●メカニックコレクション ゲッター1
 永井豪率いるダイナミックプロのスーパーロボット三体。
 軟質素材の多用や、ポリキャップではないABS可動フレームは賛否の分かれる所でしょう。
 私を含めた塗装派には不向きですが、形状・プロポーションは良好です。


●メカニックコレクション ライディーン
 ダイナミックプロ以外のスーパーロボットから、ライディーンも再版。
 ゴッドバードに変形可能。

 そしてもう一つ、十年くらい前から気になっていたZのプラモも再版されていたので、こちらはついに買ってしまいました。
 

●ベストメカコレクション マジンガーZ
 このプラモ、特筆すべきは、マジンガ―Zがロケットパンチに変形!
 ↑上の文章、予備知識のない人が読むと意味がわからず、タイプミスではないかと疑うでしょうけれども、本当に文字通り「Zがロケットパンチに変形する」のです!
 とりあえず商品リンク先の写真を観てもらえれば、何を書いているか理解してもらえると思います。
 マジンガ―zの使う強力な武器は多数ありますが、見た目とネーミングのド派手さから一番印象に残るのは、やはり「ロケットパンチ」でしょう。
 そのZの象徴ともいうべきロケットパンチに、Z自体が変形するというぶっ飛んだ発想に脱帽です!
 ただ、その変形を可能にするために、通常のZの飛行ユニット「ジェットスクランダー」ではなく、「ゴッドスクランダー」という大型の翼に変更されていることが好みの分かれる所かもしれませんが、Z本体はアレンジの少ないプレーンなデザインになっています。

 仮組みしてみたところ、ほぼPS(一部ABS)パーツで軟質素材は無し、ポリキャップ関節なので、塗装派にも嬉しい作りになっています。
 塗るのが楽しみ!

 ガンプラ以外のキットは再販回数が少ないので、スーパーロボットとプラモの両方のファンは、この機会に確保しておきましょう!
posted by 九郎 at 23:59| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

洗脳トリックスター:苫米地英人

 苫米地英人は「とまべち ひでと」と読む。
 90年代、テロ事件を起こしたカルト教団信者の、脱会や脱洗脳の活動でその名が広く知られたと記憶している。
 近年は書店のビジネスや自己啓発の棚に多数の著書が並んでいるので、そちらで名を知った人も多いかもしれない。
 私自身はその手の本を読む習慣はないので、大半はスルーしてきた。
 ビジネス書や自己啓発本の多くは、要するに「いかに現状を追認、あるいは盲従して最大利益を上げるか」に終始しているような気がして、私の好みからするとちょっとぬる過ぎるのだ。
 ただ、少なくともこの著者のベクトルは、「体制批判」「持たざる者への利益誘導」に向いていると認識していて、本業(?)である「認知学者」としての著書の内容はとても興味深く、何冊か読んだ。
 今回、未読も含めて手元にある本を一通り開いてみて、残しておくことにしたのは以下の二冊。


●「洗脳原論」(春秋社)
 おそらく著者の最初の一般向け書籍。
 古今の「催眠」「洗脳」の歴史、そしてカルト教団信者の「脱洗脳」について、初歩からかなり突っ込んだ内容まで概説している。
 同じ著者の中から一冊選ぶとするなら、迷わずこの最初の著作をお勧めしたい。

●「スピリチュアリズム」(にんげん出版)
 世の「スピリチュアル」的風潮に対する、徹底批判の一冊である。
 超常現象や宗教的な世界観と、科学的知見の折り合いのつけ方として、納得できる記述になっている。
 ただ、専門外の領域について「筆が滑っている」と思える箇所がいくつか目に付いた。
 私が気付いたのは内容の本筋に関わる部分ではないけれども、「ノリで書き飛ばしてしまうこともある著者」ということには留意しながら読むのが良いと思う。

 2000年以降、苫米地英人の本はたまに手に取っていた。
 とくに日常意識から切り替わった「変性意識」についての解説は、宗教や呪術、創作の現場などで、私自身が見聞きしたり実体験したことと整合性を感じていた。
 ただ、先の本の紹介でも書いた通り、著者の人物像にちょっと取り扱い注意な部分を感じつつの読書だった。
 その疑問が一応解決したのは、月刊「KAMINOGE」のインタビュー記事を読んでからのことだった。
 この雑誌は、90年代のカルトプロレス雑誌「紙のプロレス」の元スタッフが手掛けたもので、往年の「世の中とプロレスする雑誌」の精神を受け継いでいるのが楽しくて、毎月読んでいる。
 ごく初期には苫米地英人がわりと頻繁に登場していて、今でも入手可能なのは、たとえば以下の号だ。


●「KAMINOGE vol.8」

 これはインタビュアーの「受け」の上手さだと思うが、かの人の「愛すべき胡散臭さ」の部分が存分に引き出されていて、人物像についての疑問が、むしろ好感に変わったのだった。

 以来、「洗脳技術のトリックスター」の活躍を、楽しみながら遠くから眺める感じで今に至っているのである。
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | 積ん読崩し | 更新情報をチェックする